死刑遊戯 第2話 前夜【小説/シリアス】
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「ここまでは順調だ。残すは明日だけ……」
公開された動画の反応を見ながら、主犯の男は言った。
「何が討論会だ……」
細田が睨む。
「おや、細田さん、何か不満でも?」
「不満も何も……我々を拉致しておいて、何が討論会だ!! 討論を望むなら、出るところに出てやればいいだろう!!」
「最初はそれも考えましたよ。しかし、あなた方は呼びかけても応じないでしょう? 凶悪な事件を起こしたテロリストの死刑が執行されたときも、覚悟を持って指示した法務大臣、政府、死刑制度を批判して、体制批判だけを正とするメディアにしか出なかった。
ただの罵声や批判なら、無視しても構わないと、私も思う。だが、あなた方はそれなりに発言力がある人達であるにもかかわらず、まっとうな議論の場にも出てこない。議論せず、自分の立場を絶対と正義として、相手を叩くという手段に出る。まるで芸能人の不倫を叩く人たちのようにね。だからやむを得ず、こうして来てもらったわけですよ」
「ふざけるな!! 私がいつ議論から逃げた!!」
「いつもですよ、細田さん」
「なにを……! だいたい、椅子に縛り付けられて銃を突きつけられた状態で、まともな議論などできるものか……!!」
「私はあなた方に危害を加えるつもりはない。明日の討論が終われば、家に帰ってもらって問題ないですよ。拘束も、あなた方が大人しく討論に応じるというなら、解いてもいい。殺す気があるなら、とっくに殺していますよ」
「そんな話が信用できるか!!」
「まあまあ細田さん、落ち着いて」
玉木は、丸い顔に少し汗をかいているが、落ち着いた口調で言った。
「玉木さん……何を悠長なことを言ってるんだ……!! 私達は殺されるのかもしれないんだぞ!!」
「いや、おそらく大丈夫でしょう。彼は、そんなことをするようには見えない」
「この男を知っているのか……?」
「いえ、知りません。顔も見えませんしね。ただ、彼は終始、落ち着いている。部下らしい人間たちは、確かに銃を持っていますが、本気で撃つ気があるようにも見えない。本気で殺す気がある人間は、それと分かる雰囲気をもっているものですよ」
「そういえば、あんたは以前にも同じような経験をしてるんだったな……」
「ええ、まあ……とにかく、ここは落ち着いて、彼らの要求に応じましょう。実際の犯罪現場にいたとなれば、話題性もあるし、弁護士として今後の仕事にプラスになりそうですからね」
「ふん、変態め……」
主犯の男は、彼らを見ながら、この勢いがどこまで続くか考えていた。テレビのようにCMもなく、討論から逃げられる状況にもない。そんな中で、彼らが質問に対して、どう対応するのか……
「さて、では今日はもう休むとしよう。明日が楽しみだ」
「待て貴様!! 私達を部屋に戻せ!!」
細田が叫んだ。
「ご心配なく。部下たちが対応しますよ。部屋に戻ったら夕食を用意させますので、食べたら、明日に備えてゆっくり休んでください。この一週間と同じようにね」
「いったい何を考えているんでしょうねぇ、あの男は」
主犯の男が部屋から出ていくと、枝野がいった。枝野は犯罪ジャーナリストで、主に死刑囚を取材し、普通はあまり見ることができない、死刑囚の背景や素顔を記事にすることを得意としている。
「あんたも落ち着いているな、枝野さん……」
「犯罪者に接する機会が多いですからねぇ、僕は。あの男が何者か知りませんが、死刑囚と接することに慣れてる僕からすると、あの男はまったく危ない気配がない。
さっき玉木弁護士も言ってたとおり、殺意のようなものは感じられないし、僕たちを騙そうとしているわけでも、何か要求があるわけでもなさそうです。本当に、純粋に討論をしたいのかも……」
「そんなバカな……!!」
「憶測ですよ。まあ、今は抵抗してもどうにもならないわけだし、落ち着いて対応しましょう。討論がしたいなら応じればいい」
「あんたたちには危機感がないのか……?」
「そういう細田さんは、ちょっと興奮しすぎじゃないかしら?」
三谷深雪は、鼻で笑った。
三谷は、女性の権利や人権について、よくテレビやネット番組で発言しているコメンテーターで、何が専門なのかよく分からず、偏りはあるものの、いろいろな番組に出てコメントをしている。年齢不詳で、見栄えはわりとよく、どんな話題についても口を挟みたがる。
しかし、よく喋るわりには中身がなく、自身の考えや信念など、実はないのだという噂もあり、本人はそれを、名誉毀損だなどと騒いでいるが、騒ぐだけで、まともな反論はしていない。
「犯人たちの要求は、討論に応じること。素直に応じてあげればいいじゃない?」
「ふん、ここはテレビ局じゃないんだぞ。台本なしで討論なんかできるのか? あんたに」
「失礼ね!! そんなものなくても話ぐらいできるわよ!!」
「どうだかな」
「なんですって!!」
「まぁまぁ二人とも、落ち着きましょう。僕たちは今、置かれている状況は同じ、仲間です。仲間内で言い争いせずに、明日に備えましょう」
「枝野さん……分かったわ。ここで細田さんと言い争ってもしょうがないしね」
六人が部屋に戻され、夕食を食べ終わり、眠りについたころ、主犯の男は、自分の部屋で一人、ワインを飲んでいた。
自分の部屋といっても、簡易なもので、私物は一つもない。5.5畳の洋室、白い壁に覆われた部屋にあるのは、折りたたみ式の丸テーブルと、一人掛けのソファ。テーブルの上に置かれた書類と、予備のノートパソコンに、ワイングラスと赤ワインのボトル。
窓のない部屋は窮屈で、一週間経っても慣れないが、それももう終わる。
これが人生最後のワインになるのか、それとも……
すべては明日、決まる。
自分が決めたことをやり終えたとき、何が起こるのか分からない。
何も起こらない可能性もある。
それならそれで構わない。
やらなければ、結果は出ない。
結果が出なければ、次に進めない。
「私に次を考える必要はないか……」
男は自嘲気味に呟くと、空になったグラスにワインを注いだ。
-2-
「いないか……」
動画を見た翌日の昼、北沢は、何度も通った青峰の家を訪ねた。
都心から電車で30分ほどの住宅地の中に佇む、黄土色の屋根と、白い外壁。家庭菜園でトマトやキュウリを育てている庭には、記憶の中には存在しない、雑草が生い茂っている。
ポストに溜まった郵便物と、定期便なのか、玄関前に置かれた段ボールは、先日の暴風雨の影響だろう、少し湿っている。
北沢は、段ボールを玄関の屋根の下に押し込むと、パタパタと手を払った。玄関ドアと道とを隔てる石畳と、インターホンを携えた門扉。昔と変わらないのは、門扉には鍵がかかっておらず、入ろうと思えば誰でも、玄関前までは行けるということ。
「……」
玄関横のインターホンを押す。
やはり、返事はない。
青峰本人がいないなら、この家には誰もいない。今はもう、誰も……
熱くなった目を拭って、もう一度インターホンを押してから、門扉を開けて外に出た。
「青峰さんなら、一ヶ月ぐらいかな、見てないね」
向かいの家から出てきた年配の男性に尋ねると、寂しそうに答えた。
「家族で住んでいた家に一人っていうのは、やっぱり辛いんだろうねぇ。俺も半年前にばあさんがいなくなってから、なんだかやる気がなくなってしまった。最近は、朝起きるのも面倒に感じるよ。いなくなった直後は、がんばろうとしたんだけどねぇ」
男性が寂しそうに言うと、北沢は礼を言って、駅の方へ歩き出した。
先生も、先程の男性と同じように感じたのだろうか。
家族のいなくなった家で、一人目覚める朝は、どんなものなのだろう……
「……」
想像すると、苦しくなった。
それでも、北沢は信じたくなかった。
どんな凶悪犯であっても、彼らの中に良心がないわけじゃなく、埋もれているだけ。だからそれを掘り返せば、分かってくれる、彼らは過ちに気づける……それは、綺麗事のように思えたが、本気で信じて実践する青峰の姿は、信念に従って生きる人の理想のようにすら思えた。その姿に、憧れていた。
もし、動画に映っている主犯らしい男が青峰ならば、止めなければならない……だけど、どうやって? 居場所も分からなければ、そもそも先生だという確証もない。
北沢は、駅に向かう足を止めて、俯いた。
どうする、どうすればいい? このまま家に帰っても……
「……」
もし主犯の男が青峰なら、止める必要があるが、居場所が分かったとしても自分だけではどうにもならない。あそこまでのことをする以上、相当の覚悟をもっているはず。それなら……
北沢は再び足を踏み出し、駅に向かった。
向かう先は家とは別方向、今まさに事件と対峙している組織。霞が関の警視庁へ。
-3-
昨日の夜、あまり話ができなかった坂下は、不満を抑えながら上司の部屋をノックした。昨日よりも感触は良かったものの、反応は予想通りで、部屋を出ると、思わずため息をついた。
「上に行くと、ああやってメンツばかり気にするようになるのか?」
うんざりと呟く。
初めてのことではない。今までも、そういうものは見てきたし、警察はそういう組織だと分かっているつもりではいる。そして、印象が大事なのも理解している。それでも捜査する身としては、拉致された六人の人命を、警察の印象のために助けろと”感じられる”上の言い分は、納得できるものではなかった。人命を救うことによって、結果として警察の面目は保たれるわけで、面目を保つために救うわけではない。
捜査本部に戻ってくると、坂下は固いパイプ椅子に座って、パソコンで再度動画を再生した。主犯の男が言った通りなら、今日の20時に”討論”が開始される。それまでに、最悪でも討論が終わる前までに踏み込めなければ、拉致された六人は全員……
「くそ……!」
主犯の男は、六人には危害を加えないと言った。動画で見る限り、この一週間は食事も与えられ、危害も加えられていないのは確かに思えた。精神的に疲れているのは確かだろうが、肌の状態もよく、外傷もない。
だがそれは、この後もそうだという確証にはならない。
そんなことを素直に信じられるほど、警視庁の刑事はナイーブではない。本当の凶悪犯というものがどういうものか、嫌と言うほど分かっている、頭がおかしくなるほど……
(主犯の男は、”開始する”と言った。今日の20時から開始する……この言葉を信じるなら、討論は編集された動画ではなく、ライブ……)
「坂下警部!」
長テーブルに肘をついて、このあとの対応を考えていると、片岡が走ってきた。
「場所が分かったか?」
「いえ、残念ながら……」
「本当に残念だよ。で、何があった?」
「それがその、手紙が届きまして……」
「手紙?」
片岡は、汗を拭いながら、右手に持った封筒を差し出した。
封筒の表には、「警視庁捜査一課 捜査責任者殿」と書かれており、裏面には何も書かれていない。
「……」
封がされたままということは、まだ誰も中身を確認していないらしい。坂下は、片岡に手袋とカッターを持ってくるように言って、片岡が戻ってくると、手袋をはめて、カッターを入れた。中に入っていたのは、A4の紙一枚で、どこにでもあるコピー用のもの。文字はパソコンで打ったもので、パッと見た限りでは、犯人を特定できそうなものは何もない。
『警視庁捜査一課 捜査責任者殿
今頃あなた方は、失踪した六人と、その犯人を必死に探していることでしょう。動画を見て、六人が無事なことに胸をなでおろしながらも、場所と犯人の目星もつかないため、焦りと苛立ちがあることとお察しします。
メンツを重んじるあなた、いえ、あなたの上司と警察組織そのものは、きっと六人の命よりも警察としてのメンツを優先していることでしょう。だが現場の人たちは違う。凶悪犯の実像を肌で感じているあなたやあなたの部下なら、私が主張することの意味が分かると思います。想像力の足りない裁判官や、無罪を勝ち取ることが正義だと思っている弁護士に、不快な思いをすることもあるでしょう。だからあなたとあなたの部下にも、ぜひ見ていただきたい。最後まで、止めることなく。そうすれば、あなた方が恐れているような結果には、決してならない』
読み終えると、坂下は手紙をスマホで撮って、封筒に戻した。
「たぶん出ないだろうが、指紋や犯人に繋がるものがないか、鑑識に回せ。おまえの指紋がついてることも伝えろよ」
「はい、すみません……」
「送り主は?」
「分かりません。郵便の人が置いていったらしいんですが、郵便局に問い合わせても、分からなくて……」
「手紙を置いてった郵便局員も、本物じゃないのかもな」
「え?」
「送り主の情報もない、ただの手紙が、動画が公開されたこのタイミングで届く。最初から仕込んであったと考えるのが妥当だ」
「でも、なんでわざわざこんな手紙を……」
「書かれてるとおりだと思う。現場で捜査にあたる俺たちなら、凶悪犯の実像を知ってる。なぜ死刑にしなければならないか……犯人の主張はともかく、その理由、分かる気がしないか?」
「凶悪犯を死刑にしなきゃいけない理由、ですか?」
「ああ」
「……そうですね、僕はあまり、死刑をいいとは思ってないんですが、それでも、言ってることは、分かります……」
「だから俺たち向けに手紙を送ってきた。犯行の邪魔をさせないためか、それとも……」
スマホが鳴って、坂下はテーブルに置いたまま通話を押した。
『坂下警部、お疲れ様です』
電話の向こうの声は、少し動揺しているように聞こえる。
番号は内線。
「おつかれ。どうした?」
『受付に人が来てまして、その……』
「ん?」
『犯人を知ってるかもしれないと、言ってます』
「六人失踪事件の犯人ってことか?」
『はい』
「分かった、すぐに行く」
坂下は、すぐに受付に向かった。
付いてこようとした片岡に、「おまえは手紙を鑑識に持っていけ」と伝えて、走った。
受付に着くと、若い男が立っているのが見えた。
おそらくはまだ、20代半ばから後半、少しダボッとしたシャツとパンツで身を包み、黒縁の丸メガネを掛けた顔は小さく、髪はセンター分けで、耳は綺麗に出ている。
「坂下さん」
受付の女性職員が手を上げた。
坂下は、軽く手を上げてから近寄り、立っている男に声をかけた。
「あなたが?」
「はい……」
悲痛さを浮かべた顔で、男は頷いた。
「私は坂下と言います。お名前を伺っても?」
「北沢です。北沢悠真」
「北沢さんですね」
坂下は、周囲をざっと見て、人がいないのを確認すると、
「犯人に心当たりがあるというのは、本当ですか?」
と聞いた。
「本当です」
「犯人は誰だと?」
「すみません、心当たりがあると言っても、確証があるわけじゃないんです。犯人の主張も、僕が知ってるその人とはまったく違うし、声も同じじゃないし……でも口調とか、そういうのは少し、似てるっていうか……いや、意図的に違うように話してるけど、所々に懐かしさを感じるみたいな」
「なるほど、自分が知っている人と、特徴が一致する……一致すると思われる癖みたいなものがあるわけですね」
「そんな感じです」
「で、その人の名前は?」
「青峰豪紀、です」
「青峰豪紀……どんな漢字ですか?」
坂下は、北沢から聞いた名前を、メモ帳に書き込んだ。
知らない名前だが、どこかで見たことがある気がした。重要ではないが、記憶をかすめているような、たまたま映り込んだ人物のような感覚……
「青峰先生は、慶長大学の教授でした。心理学の……犯罪心理学も専門で、僕は大学生のとき、講義を受けてました。先生の家にもお邪魔して……」
「慶長大学の青峰……思い出した、何年か前、犯罪心理学の講義を受けたとき、講師だった男だ。講義だったから、何か主張のような話はしてなかったはず……もししていたら、もう少し覚えていただろうし」
「青峰先生は、死刑制度に反対でした。加害者も人間、必ず良心はある、罪の意識に気づくように導いていくことが重要だと……」
「もしあなたの予想どおり、主犯の男が青峰だとしたら、ほとんど真逆のことを言ってることになりますね」
「はい。だから、確証は持てないんです。でも……」
「情報提供感謝します。調べてみますよ」
「よろしくお願いします。じゃあ、僕はこれで……」
「ああ、ちょっと待ってください」
「はい?」
「北沢さんが、最後に青峰と会ったのはいつですか?」
「四ヶ月前です」
「わりと最近ですね」
「偶然会ったんです。大学時代の友達に会いに、川崎に行ったんですけど、その帰りに」
「どこで会ったんですか?」
「住所は分かりません。目印になるような建物はなかったので。先生は、知り合いだっていう、同世代ぐらいの男の人と一緒で、その人が会社を辞めて飲食店を始めるから、店舗の候補を内見してきたんだと言ってました」
「何か、以前と比べて変わった様子はありましたか?」
「少し痩せた気はしましたけど、その前に会ったのは、大学を卒業したときで……6年ぐらい前だから、はっきりとは……」
「そうですか、分かりました」
「じゃあ、失礼します」
北沢は頭を下げると、外に出ていったが、坂下は少し、あっさりし過ぎている気がした。北沢にとって、おそらく青峰は恩師のような存在……その人物が、死刑肯定を訴え、六人の人間を拉致し、議論の活性化という理由を使って、自らの主張が正しいことを示そうとしている。もっと強い反応を示しそうなものだが、話しているときの表情も、悲痛さこそあったが、取り乱すような雰囲気はなかった。
(少し引っかかるが……犯行に関わっていることはないだろうし、そこまで気にすることもないか)
坂下は、受付の女性職員に礼を言って、捜査本部に足を向けた。
青峰を調べる必要がある。
死刑廃止を訴えていた人間が、肯定に変わり、こんな事件まで起こしたのだとしたら、相応の理由があるはず……
-4-
「時間だな」
部屋のノックとともに、主犯の男は立ち上がり、マスクを被った。
部屋を出ると、すでに六人は揃っており、椅子に座って腕を縛られている。周囲には、銃を持った、黒尽くめでマスクを被った数人が、遠巻きに六人を取り囲むようにして立っている。六人の正面にはカメラがあって、いつでも放送を始められるようになっている。
「さて」
腕時計を確認して、主犯の男は言った。
「始めましょう」
「どういうつもりだ?」
主犯の男が、放送を始めるように指示を出すと同時に、細田が言った。
「どういうつもりとは?」
「本気で討論するつもりなのか?」
「本気ですよ、そう言ったでしょう?
ただし、終わるまで逃げることはできません。縛ったままなのは申し訳ないですがね」
「私の言ったとおりだったわね、細田さん。やっぱり、あなたはビクビクしすぎなのよ」
三谷が言った。
「うるさい!! 厚化粧女め!!!」
「なんですって!!」
「まあ落ち着こう。彼がせっかく話し合いのしやすい場を作ってくれたんだから、みなさん、それぞれの意見を戦わせればいい。大事なのは話し合いだ」
枝野が言った。
「ではみなさん、始めますよ」
主犯の男の合図で、カメラの端が赤く光った。
その背後では、会議所にあるような長テーブルにノートパソコンが置かれ、犯人グループの一人が画面を見ながら何やら操作している。
主犯の男は、周囲を確認してから頷き、パソコンを操作している人物が、どうぞというように右手を出すと、話は始めた。
「昨日告知したとおり、これから彼ら六人と、死刑制度の是非について話し合いたいと思う。基本的な流れは、私から一人ひとりに質問し、それぞれの考えを語ってもらう。全員で話そうとすると、横道に逸れて話が滞ってしまうこともあるので、ご理解いただきたい。全員の意見が出揃ったところで、それらを総合して、結論を出す」
主犯の男は、そこで言葉を止めて、細田を見た。
「細田さん、あなたからいきましょうか」
「ふん、いいだろう」
「ではまず、彼がどんな人物か、最初に紹介しておきましょう。
細田さんは、NPO法人、青少年育成コンサルの代表をしていて、グレてしまったり、心に問題を抱えた子供たちの話を聞いて、子供自身はもちろん、親にも協力してもらい、学校や社会に復帰する支援をしている方です。
立派だと思うし、その取組を否定する気はありません。しかしやはり、そこは甘さがある」
「甘さだって?」
「細田さん、あなただけじゃない。他の五人の方も含めて、あなた方が言っていることがどれほど甘いことなのか、嫌でも理解することになるでしょう」
主犯の男が言った。
「本物の凶悪犯罪者が、どういう存在なのかも」
六人は、主犯の男が、一瞬笑ったように感じた。
それは、楽しげなものでもなく、馬鹿にするようなものでもなく、悪魔が獲物を前にして漏らしたものに思えて、六人は等しく、全身に悪寒を感じた。だが、逃げる術はなかった。逃げ道は、どこにもなかった。
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