第4話 黒い砂 テケテケ誕生の物語【伏見警部補の都市伝説シリーズ】
-9-
「収穫なしでしたね、今日も」
山城警察署に戻る車の中で、谷山は言った。
「そう言うな。捜査っていうのはそんなもんだ。地味で、自分たちが向かっている先が正しいのかどうかも分からない。これが正解だと思って進んでも行き止まりだったとか、落とし穴に落ちたなんてケースも珍しくない」
「それはそうなんですけど……だとしても、手がかりがなさすぎませんか?」
「まあな」
このまま捜査を続けても、おそらくは事件は解決できない……伏見はそう感じていた。犯人が次の事件を起こせば別だが、それでは解決しても意味がない。現時点でできることは……
「谷山」
「はい」
「俺はここで降りる」
「え? 降りるって、事件の担当から外れるってことですか?」
「なんでそうなる(笑)
車から降りるってことだよ」
「あ……ですよね、すみません。
どこか行くんですか?」
「古い知り合いに会いにな」
「……?」
「捜査の一環だ。このままじゃ、解決の糸口が見えない。だからできることはやろうと思ってな」
「情報屋に会う……?」
「半分正解だ。共通の知り合いがいる……いや、”いた”、だな。まあとにかく、解決に役立つ話が聞けるかもしれないってことだ」
「分かりました。じゃあ、次の信号曲がったところで、いったん停めます」
「ああ」
伏見は車を降りると、タクシーを拾って、谷山の車とは反対方面に向かった。
20年ほど前からほとんど変わっていない雑居ビルの間を抜けて、一般人は昼間でもあまり通らない道を歩いていく。
ビルに入っている会社や、建ち並ぶ店は多少入れ替わっているものの、場末のスナック街、昭和の裏町といった雰囲気は変わらず、中には美味い飯屋もあるが、女性を連れてきたい場所ではない。
(こういう場所が不思議と落ち着く俺は、やっぱり変なんだろうな)
そんなことを考えながら、伏見は一軒の店の前で足を止めた。
「おやおや、ずいぶんと久しぶりだね、伏見ちゃん」
骨董品屋、“又兵衛”のドアをくぐると、女店主がメガネを上げながら言った。
「旭子さん、さすがに伏見ちゃんって呼び方はそろそろ……」
「あたしからしたら、親戚の息子みたいなもんだからね、あんたは」
路端旭子(ろばた あきこ)は、怪しげな品々が入ったガラスケースの向こうで座ったまま、笑顔を見せた。
「まあ、それもそうか。最初に会ったのは、俺が高校生のときだし」
「あの頃はあたしも現役だったね。あんたもかわいいもんだった」
「俺からすると、旭子さんはあまり変わってないように見えるよ、当時と」
「お世辞も言えるようになったかい。成長したね~、伏見ちゃん」
「いろいろあったからね」
伏見は、ガラスケースの向かいにある椅子に腰を下ろした。
「でも今日は、昔話をしにきたわけじゃない」
「じゃあ、買い物かい?」
「いや、残念ながら」
「ふふ、分かってるよ。それで?」
「ニュース、見てるか?」
「まあサラッとならね」
「猟奇殺人のニュースは見た?」
「見たよ。物騒な話だね」
「あの事件の捜査をしてるんだ」
「伏見ちゃんがかい?」
「ああ」
「なんとまあ……でもそうだよね、今や捜査一課の警部補さんだ。じゃあ、捜査責任者ってことになるのかい?」
「現場の責任者だよ」
「えらくなったもんだ」
「そんな大したもんじゃないよ」
「それで、その事件がどうかしたのかい?」
「まだそうだと言い切れないけど、どう考えても、人間にできる殺し方じゃなくてね」
「……ほう」
「何か心当たりがないかなと思って」
「心当たりねぇ……何か協力してやりたいところだけど、あれ以来、そういうことに関わることはなくなっちまったからね」
「そうか、まあ、そうだよな……」
伏見は立ち上がると、ガラスケースの上に置いてある、小さな木彫りの置物を手に取った。猫が人間の頭蓋骨の上に乗っている黒い置物で、いろいろなポーズのものが並んでいる。
「そりゃあ、あたしの手作りだよ。骨董品じゃない」
「旭子さんの手作りなのか? いつのまにこんな技術を……」
「こう見えて暇なんでね(笑)」
「自慢げにいうことか(笑)
これ、一つもらうよ。いくら?」
「500万だね」
「500円だな」
伏見は小銭入れから500円玉を出すと、ガラスケースの上に置いた。
「また時間ができたら来るよ」
「まあ、ちょっとおまちよ」
背中を向けかけた伏見に、旭子は言った。
「一つ思い出したことがある」
「なに?」
「何十年も前のことだったと思うけど、首をねじ切られた死体が発見されたって話を聞いたことがある」
「ねじ切られた?」
「そう、人形の首を外すみたいにね、クルッと」
「どこで?」
「そこまでは分からんよ。あたしが生まれる前の話だしね、確か」
「……」
「な~に深刻な顔してんだい。本当かどうかも分からないよ。伏見ちゃんが捜査中の事件と関係してるかもわかりゃあしない」
「噂のレベルってことか。それも、信憑性の薄い」
「わざわざ来てくれたんだから、何かしらお土産を持たせてやろうと思ってね。必死に思い出したんだよ」
「それはどうも」
「もっと詳しいこと思い出せたら、話してやるさね」
「ああ、また来るよ」
「ああ、今度来るときは連絡よこしな。茶ぐらい出してやるから」
「分かった。ありがとう」
伏見は店を出ると、空を見上げた。
日は沈みかけ、遠くに、かすかにオレンジ色が残っているが、あと30分もしないうちに青黒い空に変わるだろう。
「署に戻るか」
呟くと、最寄りの駅に向かった。
-10-
畑中に会ってから、二日が過ぎていた。
あれ以来、奈々も葉子も学校に来ておらず、不気味なほど平穏な時間が続いていたが、瑞江の中に芽生えた不安は、時間が過ぎるごとに心を圧迫していた。
「瑞江、何かあったの?」
夜、リビングのテーブルで食事をしていると、慶子が言った。
「え? 何かって?」
「なんか体調悪そうよ? 大丈夫?」
「うん、平気。ちょっと疲れてるみたい。講義も難しいのが多くて、バイトも忙しかったりで……だからだよ」
「そう。でも、たまにはちゃんと休まないとダメよ? 瑞江はただでさえ頑張りすぎるんだから」
「うん、そうだよね、気をつける……」
胸が、ズキンとした。本当のことを言えない……どうにかしなきゃいけないのに、何も浮かんでこないまま、ただ心配だけさせている……
さらに二日が過ぎた。
何も起こらないまま、静かな時間が流れ、瑞江はいつものように、慶子と二人で夕食を取っていた。
「あ、そうだ」
慶子は思いつたように言った。
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