第3話 黒い砂 テケテケ誕生の物語【伏見警部補の都市伝説シリーズ】
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「目撃情報はこれだけか?」
谷山からの報告を受けると、伏見は顔を上げた。
「夜中ですからね。それでもいただけ良かったかなと」
「まあな」
遺体が発見された周辺の目撃情報は二件だけで、数としては乏しかったが、ともに”女を見かけた”というもので、特徴も一致していた。
「髪はミディアムボブぐらいですね、目撃者二人の話からすると。細身で、赤い服。顔まではハッキリ分かりませんけど」
「周辺にあるコンビニの防犯カメラとかには? 近頃は個人宅でも付けてる人もいるだろ」
「はい。周辺は夜になると真っ暗っていうか、死角になるような場所もあるので、町内会の中で取り決めて、一部の家にはカメラが設置されてますが、どこにも映ってませんでした。避けて通ってたとしたら、あの辺りを熟知してるってことですかね」
「そうなると町内の人間が一番怪しいってことになる」
「近所付き合いのもつれ、とかですかね」
「人を殺人にまで駆り立てる何かは、長い時間をかけて蓄積されることもあるしな。けど、あの殺し方は異様だ。怨恨とも違う気がするしな」
「司法解剖の結果を見ると、ますます分からなくなりますね」
「ああ。どうやればあんな殺し方ができるのか……被害者は殺されるような理由がありそうか?」
「いえ、これといって。独身で、恋人もなし、女性関係でのトラブルもありません。飲むのは好きだったようで、よく飲み歩いてたみたいですけど、店とトラブルを起こしたこともないし、仕事も、出世とは無縁だったみたいですが、真面目にこなしていたようです」
「最初から手詰まりだな」
伏見はため息をついた。
現場にも遺体にも、犯人に繋がりそうな証拠はなく、殺害の方法が特殊なので、それが最大の証拠とも考えられるが、世界一の怪力を連れてきても再現できないやり方は、常識的な思考では答えにたどり着けない気がした。
「またおかしなこと考えてます?」
谷山が呆れるように言った。
「どうかな。まあひとまず、目撃された女を探してみるか。もしかしたら、殺人は続くかもしれないし」
「連続殺人になりえるってことですか?」
「今のところ、怨恨の可能性は低いし、あの殺し方だ。日本にはあまりいない、猟奇的な連続殺人犯かもしれない。しかも犯人は女だ、目撃された赤い服の女が犯人なら、だけどな」
「レア中のレアですね、もしそうだったら」
「そういうことだ」
伏見は立ち上がった。
「どこか行くんですか?」
「現場周辺をもう一度調べてみる。一緒に来るか?」
「なるほど、はい、行きます」
現場に向かう車の中で、伏見は”常識の外”を考えていた。
あんな殺し方は、人間にはできない。伏見にとって、そう考えることは違和感のあることではなかったが、当然、大半の人間には理解されないことでもある。
(あの人なら、どう考えたかな)
「え? 何か言いました?」
「いや、なにも」
伏見は首を横に振って窓を開けると、思考を再開した。
-7-
「はぁ、つまんないね。
葉子、なんか面白いことないの?」
奈々は、テーブルに置いたスマホを弄りながら言った。
「人に聞かないで、奈々も考えなよ」
葉子は、少しふやけてしまったポテトをかじって、頬杖をついている。
学校の最寄り駅前にあるファーストフード店に入ってから、かれこれ二時間は経っていたが、二人は何をするでもなく、スマホを弄り、時々話し、時間を溶かしていた。
「あれ? 奈々、今日バイトじゃなかった?」
「ああ、なんかダルいから休むって連絡した」
「また? そろそろクビになるんじゃない?」
「だって、安藤の講義しんどいんだもん。アイツ、すっごい細かく見てるからさ、いい感じでサボれないし」
「それは言えてる」
「でしょ?」
「あ、そうだ」
葉子は突然頬杖を解いて、体を上げた。
「なに? びっくりするじゃん」
「真中はどうなったかな?」
「どうなったって?」
「ほら、テケテケの話したじゃん。あの後どうなったかなって」
「知らない。でも死んだって話聞かないし、生きてんじゃない?」
「ちょっと確認しに行こうよ」
「え? これから?」
「うん、そろそろ講義終わるでしょ? あの子真面目だから、ちゃんと最後までいるよ」
「でも、行ってどうすんの?」
「決まってんじゃん。様子見て、まだビビってたら煽るのよ。面白いじゃん」
「あんたってほんと性格悪いよね~(笑)」
「何いってんの。奈々だって楽しんでるくせに(笑)」
「まあね(笑)」
二人は、残ったポテトを流し込むように食べると、学校へ急いだ。
「じゃあ、また明日ね」
瑞江は、妙子に手を振ると、バイト先へ向かった。午後の実技は体力を使ったが、今日は朝から調子がよく、あまり疲れはない。由美のおかげかもしれない……そう思うと、少し頬が緩んだ。
「お疲れ様、真中さん」
「……!」
背後から急に声がして、反射的に直立不動になった。
振り返ると、ニヤニヤと、ベトつくような笑みを浮かべた奈々と葉子がいて、瑞江は体が固くなった。
「江守さん、小泉さんも……なに?」
「なに? じゃないよ。ねえ、テケテケはどうなった? 来たの? 真中さんところに」
「来ないよ。来るわけないでしょ、そんなの」
「今来てないだけで、これから来るかもよ? たとえば今夜とか……」
「来たって大丈夫。
私、用事あるから、これで……」
「ずいぶん強気じゃない。何かあったわけ?」
「何もないよ。ただ、都市伝説なんて信じてないから」
「あらそうなの? でもその割には、こないだ話したとき怖がってたじゃん」
「そんなことないよ……じゃあ、私急ぐから。
さよなら」
瑞江は二人に背中を向けると、早足でその場を離れた。
由美のことを、二人に話すつもりはなかった。テケテケはあなたたちが言うような存在じゃないと、否定したい気持ちもあったが、話したところで、きっとろくなことにはならない……
背後から何やら声がしたが、無視して先を急いだ。
「なにあれ」
奈々は不満そうに言った。
「何かあるわね、あの態度」
「どうする?」
「何があるのか分かんないけど、あの態度は許されないよね」
「同感」
「畑中くんに話そう」
「あ、いいね」
二人は学校を離れ、タクシーを拾いやすそうな場所まで歩くと、スマホを取り出した。
『奈々か。どうした?』
「今話せる?」
『いいぞ』
「こないだ話したじゃん、真中のこと」
『ああ、なんか面白いことになったか?』
「それがね……」
奈々が先程のやり取りを話すと、畑中は「ふ~ん」と言ってから、沈黙した。
「あ、ごめん、なんか悪いこと言った……?」
『いや、考えてたんだ。
なるほどな、あの真中が。そりゃあお仕置きが必要だな』
「あ、やっぱりそう思う?」
『ああ。そんな態度は許されねぇ。しっかりお仕置きしねぇとな。立場をわきまえるように』
「何をするの?」
『は、電話じゃ話せねぇよ。こっちに来れるか?』
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