見出し画像

第3話 黒い砂 テケテケ誕生の物語【伏見警部補の都市伝説シリーズ】

-6-

「目撃情報はこれだけか?」

谷山からの報告を受けると、伏見は顔を上げた。

「夜中ですからね。それでもいただけ良かったかなと」

「まあな」

遺体が発見された周辺の目撃情報は二件だけで、数としては乏しかったが、ともに”女を見かけた”というもので、特徴も一致していた。

「髪はミディアムボブぐらいですね、目撃者二人の話からすると。細身で、赤い服。顔まではハッキリ分かりませんけど」

「周辺にあるコンビニの防犯カメラとかには? 近頃は個人宅でも付けてる人もいるだろ」

「はい。周辺は夜になると真っ暗っていうか、死角になるような場所もあるので、町内会の中で取り決めて、一部の家にはカメラが設置されてますが、どこにも映ってませんでした。避けて通ってたとしたら、あの辺りを熟知してるってことですかね」

「そうなると町内の人間が一番怪しいってことになる」

「近所付き合いのもつれ、とかですかね」

「人を殺人にまで駆り立てる何かは、長い時間をかけて蓄積されることもあるしな。けど、あの殺し方は異様だ。怨恨とも違う気がするしな」

「司法解剖の結果を見ると、ますます分からなくなりますね」

「ああ。どうやればあんな殺し方ができるのか……被害者は殺されるような理由がありそうか?」

「いえ、これといって。独身で、恋人もなし、女性関係でのトラブルもありません。飲むのは好きだったようで、よく飲み歩いてたみたいですけど、店とトラブルを起こしたこともないし、仕事も、出世とは無縁だったみたいですが、真面目にこなしていたようです」

「最初から手詰まりだな」

伏見はため息をついた。
現場にも遺体にも、犯人に繋がりそうな証拠はなく、殺害の方法が特殊なので、それが最大の証拠とも考えられるが、世界一の怪力を連れてきても再現できないやり方は、常識的な思考では答えにたどり着けない気がした。

「またおかしなこと考えてます?」

谷山が呆れるように言った。

「どうかな。まあひとまず、目撃された女を探してみるか。もしかしたら、殺人は続くかもしれないし」

「連続殺人になりえるってことですか?」

「今のところ、怨恨の可能性は低いし、あの殺し方だ。日本にはあまりいない、猟奇的な連続殺人犯かもしれない。しかも犯人は女だ、目撃された赤い服の女が犯人なら、だけどな」

「レア中のレアですね、もしそうだったら」

「そういうことだ」

伏見は立ち上がった。

「どこか行くんですか?」

「現場周辺をもう一度調べてみる。一緒に来るか?」

「なるほど、はい、行きます」

現場に向かう車の中で、伏見は”常識の外”を考えていた。
あんな殺し方は、人間にはできない。伏見にとって、そう考えることは違和感のあることではなかったが、当然、大半の人間には理解されないことでもある。

(あの人なら、どう考えたかな)

「え? 何か言いました?」

「いや、なにも」

伏見は首を横に振って窓を開けると、思考を再開した。

-7-

「はぁ、つまんないね。
葉子、なんか面白いことないの?」

奈々は、テーブルに置いたスマホを弄りながら言った。

「人に聞かないで、奈々も考えなよ」

葉子は、少しふやけてしまったポテトをかじって、頬杖をついている。

学校の最寄り駅前にあるファーストフード店に入ってから、かれこれ二時間は経っていたが、二人は何をするでもなく、スマホを弄り、時々話し、時間を溶かしていた。

「あれ? 奈々、今日バイトじゃなかった?」

「ああ、なんかダルいから休むって連絡した」

「また? そろそろクビになるんじゃない?」

「だって、安藤の講義しんどいんだもん。アイツ、すっごい細かく見てるからさ、いい感じでサボれないし」

「それは言えてる」

「でしょ?」

「あ、そうだ」

葉子は突然頬杖を解いて、体を上げた。

「なに? びっくりするじゃん」

「真中はどうなったかな?」

「どうなったって?」

「ほら、テケテケの話したじゃん。あの後どうなったかなって」

「知らない。でも死んだって話聞かないし、生きてんじゃない?」

「ちょっと確認しに行こうよ」

「え? これから?」

「うん、そろそろ講義終わるでしょ? あの子真面目だから、ちゃんと最後までいるよ」

「でも、行ってどうすんの?」

「決まってんじゃん。様子見て、まだビビってたら煽るのよ。面白いじゃん」

「あんたってほんと性格悪いよね~(笑)」

「何いってんの。奈々だって楽しんでるくせに(笑)」

「まあね(笑)」

二人は、残ったポテトを流し込むように食べると、学校へ急いだ。

「じゃあ、また明日ね」

瑞江は、妙子に手を振ると、バイト先へ向かった。午後の実技は体力を使ったが、今日は朝から調子がよく、あまり疲れはない。由美のおかげかもしれない……そう思うと、少し頬が緩んだ。

「お疲れ様、真中さん」

「……!」

背後から急に声がして、反射的に直立不動になった。
振り返ると、ニヤニヤと、ベトつくような笑みを浮かべた奈々と葉子がいて、瑞江は体が固くなった。

「江守さん、小泉さんも……なに?」

「なに? じゃないよ。ねえ、テケテケはどうなった? 来たの? 真中さんところに」

「来ないよ。来るわけないでしょ、そんなの」

「今来てないだけで、これから来るかもよ? たとえば今夜とか……」

「来たって大丈夫。
私、用事あるから、これで……」

「ずいぶん強気じゃない。何かあったわけ?」

「何もないよ。ただ、都市伝説なんて信じてないから」

「あらそうなの? でもその割には、こないだ話したとき怖がってたじゃん」

「そんなことないよ……じゃあ、私急ぐから。
さよなら」

瑞江は二人に背中を向けると、早足でその場を離れた。
由美のことを、二人に話すつもりはなかった。テケテケはあなたたちが言うような存在じゃないと、否定したい気持ちもあったが、話したところで、きっとろくなことにはならない……

背後から何やら声がしたが、無視して先を急いだ。

「なにあれ」

奈々は不満そうに言った。

「何かあるわね、あの態度」

「どうする?」

「何があるのか分かんないけど、あの態度は許されないよね」

「同感」

「畑中くんに話そう」

「あ、いいね」

二人は学校を離れ、タクシーを拾いやすそうな場所まで歩くと、スマホを取り出した。

『奈々か。どうした?』

「今話せる?」

『いいぞ』

「こないだ話したじゃん、真中のこと」

『ああ、なんか面白いことになったか?』

「それがね……」

奈々が先程のやり取りを話すと、畑中は「ふ~ん」と言ってから、沈黙した。

「あ、ごめん、なんか悪いこと言った……?」

『いや、考えてたんだ。
なるほどな、あの真中が。そりゃあお仕置きが必要だな』

「あ、やっぱりそう思う?」

『ああ。そんな態度は許されねぇ。しっかりお仕置きしねぇとな。立場をわきまえるように』

「何をするの?」

『は、電話じゃ話せねぇよ。こっちに来れるか?』

ここから先は

3,524字

スタンダードプラン

¥630 / 月
初月無料
このメンバーシップの詳細

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?