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死刑遊戯 第6話 動機の解明という名の延命措置【小説/シリアス】
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「玉木さん、あなたが所属する弁護士会は以前、日本の犯罪史上、最悪とも言える凶悪事件を起こしたテロリストが死刑になったとき、それに反対する声明を出してましたね?」
主犯の男が言うと、玉木は顔色を変えずに、
「それがどうかしたのかね?」
「あの声明については、弁護士会内部でも意見が割れて、賛成に投じたのは、弁護士としてやっていくためにしかたなくという人が多かったという話もあります。ところであなた自身は、そういった組織のしがらみがなくても、賛成なんですか?」
「賛成だよ。君のように、人を拉致して討論だなどと、野蛮なことしかできない人間と違って、我々弁護士は知性があるからね」
「組織的な圧をかけないと賛成票を多く取れないようなことを、組織の声明として発表するのは妙だと思いますが?」
「所属してる弁護士は五万人近い。いろいろな意見があって当然だろう。言論の自由が保証された国なんだからね。でも結局は、死刑に反対という意見が多かったから、組織の声明として出しただけだよ。圧力なんてありはしない。多数決だよ」
「多数決ですが、なるほど」
「なんだ、何か言いたそうじゃないか」
「いえ別に。
それはそうと、あなたはなぜ、テロリストの死刑に反対したんですか?」
「まずね、君のテロリストという言い方が問題なのだよ。やったことは確かに恐ろしいことだが、それをテロリストの一言で片付けてしまっては、何にもならんのだ。幹部だった人間には、エリートと呼ばれる人が多かった。そういった優秀な人達が、なぜあんな恐ろしいことをしたのか。マインドコントロールを解明するためにも、もっと調べなければいけなかったのだよ」
「マインドコントロールの手法なら、もう充分解明されていますし、たとえ30年調べても、目新しいものは出ませんよ。
エリートの彼らがなぜあんな恐ろしいことをしたか?
まず、頭がいいと言われる人ならカルトにハマらないという前提が間違っています。高学歴で陰謀論にのめり込む人も珍しくありません。なまじ頭が良く、自分は分かっていると思うからこそ、間違っているかもしれないという思考が抜け落ちてしまう。
頭がいい彼らは、社会に出てもうまくと考えたことでしょう。しかし社会はそんな単純ではない。自分より学歴がなくても遥かに稼いでいる人もいれば、問題が起こっても解決することができる、答えのないものに答えを出せる、本当の頭の良さをもった人もいる。敗北することも、うまくいかないのも普通のこと。自分が正しい方向に向かっていけているのかも分からない。そういった不確実性は、心に不安を生みます。
不安には、カルトやインチキ占い師、詐欺師が付け入る隙が生まれる。カルトは、最初は思いやりをもって近づき、ターゲットの信頼を得てから、徐々に外との関係を断ち切らせて取り込んでいく。そして気づいたときには、抜け出せなくなっています。
彼らはそうやって、隔離された世界に置かれ、カルトお得意の終末論から、世界を変えるためには自分たちが立ち上がるしかない、と思い込んだ」
「だから、そう思い込ませたやり方を解明する必要があるんじゃないか! 終末論なんて馬鹿げたものを信じてしまうのはなぜかと……」
「カルト教祖は、答えを与えているようで、与えてはいません。そこにこそ、のめり込ませる罠があります。カルト教祖がすることは答えを与えることではなく、世界を変えなければならないという強い問題意識と、自分たちは世界を変えられるという期待を芽生えさせることです。
強い問題意識と期待によって高まっていく感情は、今すぐ行動しなければという切迫感も生み出します。そして、世界を一気に変えようとするから、手段も短絡的で無茶なものになる」
「君のこれも、物事を一気に変えようとする、短絡的で無茶なことじゃないのかね?」
「これは議論を促すためのものです。急な変化は求めていないし、議論が活性化する、そのキッカケになればいいのです。変化はそのあと。急に変えようとすれば、人間は必ず反発します。良い変化でも、悪い変化でも。だからまず、今すぐ変化する必要がない、変化のためのキッカケが必要なのです」
「君の話が正しいなら、信者は心が弱っているところを突かれたということになる。なら、信者は悪くないということになるんじゃないのかね?」
「そうでしょうか? 心が弱っているところを突かれたのかもしれないし、燻っていた心を刺激されたのかもしれません。でもすべてが教祖のせいですか? 信じてしまったとしても、中に入ってみて実態を見れば、おかしいと思うところはあったはずです。気づけなかったとしても、あのテロ事件を起こすことが具体化したとき、おかしいと思うことはできたんじゃないでしょうか。
実行すればどうなるか、頭がいいなら想像できたはずです。でも実行した。ハッキリ言いますが、想像できなかったとしても、それは言い訳にはなりません。想像できてもやったのであれば、それはとんでもないことになると理解した上で実行したということになります。まあ、もし裏切るようなことがあれば、殺されるという恐怖もあったかもしれません。カルトでは珍しくない、粛清も行われていたわけですしね」
「だったらそれは、しかたなかったということになるじゃないか!」
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