袋小路で見えたモノ(ショートストーリー)
-1- 追いかけてくる
「はぁ、はぁ、はぁ……」
限界、もうもたない……
私は角を曲がると、両手で口を押さえて壁に寄りかかった。
足がガクガクする。でも座ったら立ち上がれなくなる。
"それ"は、ずっと私を付け狙っている。
灰色の迷路に出口はなく、最初に来たときより黒みが強くなっている。
"それ"から逃げ切る方法は一つ。
迷路に光が差すまで逃げ切る。
光が差すタイミングは毎回ランダムで、これという制限時間はない。
捕まればどうなるか、分からない。
ろくなことにならないのは間違いない。
下手をすれば……
私は、頭を横に振った。
角から少し顔を出して、様子を伺う。
近くには来ていない。
なんとか撒けたらしい。
"それ"が何者かは、私は知らない。
いや、知っていたかもしれない。
でも以前はもっと、小さかった気がする。
だから気にならなかった。
でも今は、私を飲み込むほど大きくなって、つきまとってくる。
「……!」
いないことに安心して呼吸が漏れた瞬間、音が近づいてきた。
"それ"の音は、足音ではなく声。
最初は何を言っているのか分からなかった。
でも分かったとき、悪寒が走った。
『ワタシを見て……』
男とも女ともつかない、読経のような声で、ブツブツと繰り返す。
私はまだ震える足に力を入れて、走り出した。
-2- 袋小路
どれぐらい走ったのか。
まだ光は差さない。
"それ"は私を見失わず、追いかけてくる。
(なんで……いつもならもう……)
道は内側に、渦巻きのように続いていく。
どこかで進路を変えないと、このままじゃ……
「そんな……」
角を曲がったとき、私は勢い、壁に手をついた。
右を見ても左を見ても、道はない。
正方形の壁が行く手を阻み、逃げるには一度戻るしかない。
私は振り返り、吐きそうになる呼吸を抑えて踏み出して、足を止めた。
近づいてくる……
"それ"の黒い影が見える。
角の向こうにいる。
後ろと左右には壁。
逃げ場はない。
「ゲホ……! カハ……!!」
無理やり抑えた呼吸が耐えきれずに漏れて、"それ"は足を早めた。
(どうしようもない……光も差さない、もう……)
立っていられる力は残っていない。
とっくに限界を越えていた。
"それ"が来る前に光が差すことが最後の望みだったが、叶わず。
"それ"は、壁に寄り掛かる私の数センチ先で、止まった。
-3- 正体
さっきまで震えていた体は、もう動きを止めていた。
完全な諦めの中では、心は無になるらしい。
恐怖も、不安も、すべてが遠い。
『ワタシを見て……』
"それ"の声が聞こえる。
ミテ? なにをミルの?
虚無に染まった私の目が、呼吸を感じるほど近くにいる"それ"を見る。
「え……? なに、これ……」
おぞましい何かを想像していた。
考えうるすべての恐怖が襲ってきて、飲まれて、沈んでいくのだと思っていた。
ポッカリと空いた"それ"の穴の中には、三人の小人がいた。
アニメで見るような、二頭身サイズの小人で、性別は女の子が二人と男の子が一人。
昔、ファンタジー映画で見た妖精のような服を着ていて、緑、青、オレンジと、それぞれ色が違う。
「あなたたちは……? あなたたちが、"それ"の正体……?」
「私達を見て、おねえちゃん」
女の子の一人が言った。
「どういう……」
途端、迷路に光が差した。
「……?」
遠くに、目覚ましの音が聞こえる。
私はベッドから上半身を起こして、スマホのアラームを止めた。
(途中まではいつもの夢……でも最後のあれは……)
『私達を見て』
「私たちを、見て。私たちを見る、私たち……」
私は無意識にベッドから足を降ろして、立ち上がった。
体が軽い。
軽いのは気持ち?
いつもと違う朝。
明確な理由は分からない。
分かることは一つ、"それ"を見て、一緒に歩くことが、"いままで"を変えるということ……
私は大股に歩いて、洗面台に向かった。
鏡の前で、一緒に歯を磨いている三人が見えた気がして、私は新章を予感した。