第7話 黒い砂 テケテケ誕生の物語【伏見警部補の都市伝説シリーズ】
-16-
「三人も……」
佐々木たちが殺害された翌日、瑞江はニュースを見て、震えた。
わずか二日の間に、畑中の取り巻きである三人が死んだ。
そのせいなのか、母親の新規顧客の仕事は急遽キャンセルになり、悪夢は保留されて、瑞江はホッとしたものの、それでも少し、心が傷んだ。
(殺人……いったい誰が……)
疑問を浮かべると、胃の辺りに痛みが走った。
自分以外にも、畑中たちを憎んでいる人はたくさんいるはず。その中の誰かが……と思ったが、瑞江にとってタイミングが良すぎる気がした。もし事件が起こっていなかったら、今頃どうなっていたか分からない。
「おはよう、瑞江」
「……!」
体を屈めてニュース記事に見入っていると、慶子が欠伸をしながらリビングに入ってきた。
「おはよう、お母さん」
「少し、体調が戻ったみたいね。何日か前より顔色がいいわよ」
「え? そうかな。あ、でもそうかも、疲れが少し取れたから……」
「それなら良かったわ。でも無理しちゃダメよ? 土曜日だし、休むことも大事」
「うん、分かっている……あ、ごめん、すぐ朝ご飯作るね」
「いいわよ、座ってて。今日は私が作る」
「ありがとう」
笑顔を向けたものの、瑞江の中で、ある懸念が形を作ろうとしていた。
あの日、絶望のどん底にあった三日前の夜、由美にすべてを話してから、由美は一度も、瑞江の前に姿を見せていない。どこで何をしているのか、泣き言ばかりで愛想を尽かされたのか……そんなふうに考えもしたが、畑中たちがやろうとしていたことを知っていたのは、自分と由美だけ。翌日から由美はいなくなり、代わりに畑中の取り巻きが殺されている……
(由美……)
朝食を口に運び、慶子と談笑しながら、瑞江は頭の中は事件のことでいっぱいになっていた。警察は畑中たちを調べているはずで、いずれ自分のところにもやってくる。そうなったら……
朝食を終え、部屋に戻ると、慶子が仕事に行くのを待って、瑞江は家を出た。
-17-
「あの伏見って刑事、目障りだな」
畑中は、ハンドルを握る手に力を入れた。
勉強部屋で殺人事件が起こり、刑事が調べに来る……なんでよりによってこのタイミングで? 証拠は残していないはずだが、うまく立ち回る必要がある。倉持の件についても、何も分かっていない。なぜ殺されたのか、誰が殺したのか。
そんな状況の中で、佐々木と葉子まで殺され、畑中は居心地の悪さを感じていた。犯人が誰であれ、自分たちを狙っていることは間違いない。
「どこの誰だか知らねぇけど、見つけたら絶対に叩き潰してやる……」
感情の高ぶりがアクセルに伝わり、危うく信号無視をしそうになって、急ブレーキをかけた。鳴り響いたクラクションに、ドアに手を掛けたが、奥歯に力を入れてハンドルに手を戻した。
今は、つまらないことに時間を使っている場合ではない。警察より早く犯人を見つけ、誰に喧嘩を売ったのか分からせる……
「江守さんの病室はどこですか?」
奈々が入院している病院に着くと、畑中は受付の看護師に声をかけた。
「江守さん? フルネームは分かりますか?」
「さっき電話した畑中です。江守奈々さんのお見舞いに来ました」
「ああ、畑中さんですね。
案内しますので、こちらにお名前の記入、お願いできますか?」
タブレットに名前を書くと、入室時間が表示され、それを確認すると、看護師は「こちらです」と言って、畑中を病室へ案内した。
「まだほとんど会話できる状態じゃないので、ご家族以外の面会はお断りしてるんですが、あなたは大切な友人と伺ってます。でも、呼びかけは慎重にお願いします」
「ええ、ありがとうございます」
畑中は看護師に軽く頭を下げると、病室に入った。
奈々は、30度ぐらいの角度で固定されたベッドに横になっていた。前を向いているが、焦点は合っておらず、口元だけが動き、何やらブツブツと言っている。
「奈々」
畑中が呼びかけると、一瞬口を止めて振り向いたが、無表情のまま、再びブツブツと言い始めた。
「奈々、俺だ。畑中だ」
「……」
「記憶がおかしくなってるのか? 畑中だよ」
「ハタナカ、ハタナカ?」
「そうだ。俺だ。
奈々、教えてくれ。佐々木と葉子に何があった?」
「ササキとヨウコ?」
「そうだ。おまえは一緒にいた。二人が殺されたとき、おまえもその場にいただろ? 誰が殺したんだ?」
「ササキと、ヨウコ、誰にコロサレタ……?」
「そう、そうだ。見てたんだろ? 教えてくれ。犯人が分かれば、俺が始末をつけてやる。だから……」
「見てた……ミテタ……」
「奈々?」
「いやあぁぁぁぁ!!!!!!」
奈々は、奇声にも近い叫び声を上げて、頭を抱えた。
「奈々、落ち着け。大丈夫だ。教えてくれ、何を見たんだ」
「テケテケ……テケテケ……」
「……? テケテケ?
おい奈々、わけの分からないこと言ってないで質問に答えろ!! 佐々木と葉子をやったのは誰だ!!」
「テケテケ、テケテケ……」
「テケテケってなんだよ……
……テケテケ?」
『テケテケの話をしてやったら、真中ったら本気でビビっちゃって、ウケるよね』
一週間、いや、もっと前に、葉子が話していたこと……真中にテケテケの話をしたと。
確か、都市伝説の化物……
「奈々、どういうことだ? テケテケが二人を殺したってのか!?」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?