第4話 失踪事件【口裂け女の殺人/伏見警部補の都市伝説シリーズ】小説
■第4話の見どころ
・ありえない指紋
・被害者の父親が……
・伏見始動
第1話を読んでみる(第1話はフルで読めます)
-1-
奈津美と竹神は、駅近くにあるファミレスに入った。
以前は24時間営業だったチェーン店だが、人手不足や客入りの変化で、今では22時で営業が終了するようになった。まだ夕飯時だからか、店内に人は多めだが、待ちが発生するほどではなく、二人は窓際の四人席に案内された。
「改めて聞きますけど」
注文を終えると、竹神が言った。
「彼女は本当に……だと思いますか?」
途中が聞き取れず、奈津美は少し体を前に出してから、
「口裂け女かどうか、ですか?」
と小声で聞いた。
「そうです」
「本物だと、思います。本当に信じてるのかって言われると、絶対にって言えるわけじゃないですけど、作り物には見えなかったから」
思い出すと、少し鳥肌が立った。
耳のあたりまで裂けた口……それ以外は人間にしか見えなかったが、会社の同僚や街ですれ違う人とは違っている気がする。
「俺も、本物だと思ってます。でも信じきれてるかというと、そういうものでもなくて」
竹神は言葉を止めて、奈津美に目を見た。
「彼女は、本当に、人を……?」
殺したのかという言葉は聞こえなかったが、聞き返すまでもなかった。
彼女は本当に、人を殺したか。
家族連れもいるファミレスとは、酷く距離がある問いかけに思えた。ミステリーの考察でも、同じような言葉は出るかもしれない。そういう意味では、周囲に聞こえても問題はない気もする。だが、それが本物の事件で、捜査している刑事にまで接触した状況では、自然、声は存在を隠そうとする。
「私が見ただけだったら、見間違いの可能性もあったと思います。離れていたし、顔がハッキリ見えたわけじゃなかったから。でも、彼女は自分で、そうだって……」
「だとしたら、やっぱり警察に話したほうがいいのかもしれない」
「警察には、話しました。あの常磐って人じゃなくて、伏見さんっていう人に」
「そうじゃなくて」
竹神はまた、少し言葉を止めてから、
「雨草さんが、その伏見って刑事に話した後にあったこと。俺が神社で話したことも含めて」
と言った。
「でも、それじゃあ彼女は、自分のことが分からないまま……」
「それって、俺達にとっては重要なことじゃないと思う」
「そんな言い方……苦しい過去と向き合おうとしてる人に対してそんな……」
「分かります、言いたいことは。俺も、彼女がただ、自分の過去を知りたいって思ってるなら、見つかればいいなと思います。でも彼女は、その……だから、過去云々以前に、まずは自分のしたことの責任を取るべきだと思う」
「そうなった理由は、男のほうにあったかもしれないんですよ……少なくとも、私にはそう見えました」
「それは俺達が決めることじゃないですよ。証拠を集めて、警察が判断することです」
「それは分かってますけど……」
先程まで空腹感を感じていた体が、気づくと胃の収縮を始めていて、目の前で湯気を立てているハンバーグを見ても、ナイフを入れる気になれなかった。
警察に言うべき……おそらくは、正しいのは竹神なのだろう。殺人犯の優先事項など、気にかける必要はない。もし、あれが正当防衛じゃなかった場合、黙っていたことが遠因になって、また誰かが殺されるかもしれない。想像するだけで、体の内側から拒絶が出そうになる。
「竹神さんの言ってること、分かります。でも、その前にもう一度、彼女と話したいです、私は」
奈津美は言った。
「話して、どうするんですか?」
「警察に行ってほしいと、お願いしてみます」
「お願いって……そんなこと言われて、素直に言う事聞くとは思えませんけど」
「そうですね。でも竹神さんだって、このまま彼女と話せなかったら、後悔しませんか?」
「俺が? なんでそんな……」
「気になってるんですよね、彼女のこと。なぜ彼女がそうなのか。それだって、過去を知らないと分からないことだと思います」
「そうかもしれないけど……」
竹神は、窓の外に目を向けて、観念したようにため息をついた。
「分かりました。興味があるのは確かです。あとで警察に、なんで早く言わなかったって、問題にされるのは面倒ですけど、そこはまあ、彼女が有名なそれだとは思わなくてとか、適当にごまかしましょう」
竹神が言うと、奈津美は空腹を感じて、ハンバーグを切って口に運んだ。竹神も、止まっていた箸を動かして、二人は食事を終えると、連絡先の交換をして別れた。
「……」
ふと空を見ると、三日月が浮かんでいるのが見えた。雲はなく、星も見える。
(今、何を思ってるんだろう。向き合うって、どれぐらい怖いんだろう)
ゆっくりと、家に向かって足を進める。ほとんど無意識に、明かりが多い方を通りながら歩いて、住宅街に入って、家に近づいても、同じ疑問が木霊していた。
一体何を、期待しているの?
頭に浮かんだ言葉が、心臓に痛みを与えても、奈津美の思考は、そこに留まった。
-2-
捜査一課のデスクで、伏見は被害者である茂田郁彦のプロフィールを眺めていた。
(強姦未遂に傷害……返り討ちや仕返しで殺されても驚きはないな、コイツは)
「伏見さん」
頭の上あたりから声がして、視線を上げると、谷山の何か言いたそうな顔が見えた。
「どうした?」
「例の件、見てるんでしょ?」
「なんで分かった?」
「分かりますよ。伏見さんの顔を見れば」
「そんなに分かりやすい何かが出てるのか?」
「なんとなくです。たぶん、一緒に捜査してる時間が長い僕だからこそ気づくことです」
「なるほど」
伏見は腕を組んで椅子にもたれた。
「で、何があった?」
「外に出れますか?」
「ここじゃダメなのか?」
「念の為です。僕だけの問題じゃなくなるかもしれないので」
「?」
二人は捜査一課を出て、休憩室に入った。
以前、泊まり込みで捜査しなければならなくなったときに、捜査資料をそのままに、いつでも確認や捜査の続きができるようにと作られた部屋で、壁にはタバコの色が残っている。臭いは完全に消えているが、タバコを吸わない伏見にとっては、あまり気分のいい部屋ではなかった。時代の流れで閉鎖され、今では休憩室として使われているが、使う人間は限られる。
「なんか飲むか?」
壁際に設置された自販機を見ながら、伏見は聞いた。
「え? あ、いえ、大丈夫です」
「そうか」
伏見は、自分用に緑茶を買うと、ギシっと音のなる椅子に座った。
「何かあったのか?」
「茂田の事件のことです」
「なるほど、内容は?」
「木野ちゃんから聞いて。あ、でも木野ちゃんは常磐さんから、伏見さんには絶対言うなって言われてるらしいので」
「まあそこは、予想がつく。心配するな。木野が教えてくれたことは言わないし、何かあれば、俺が対応する」
「その点は心配してないんですけどね、一応と思って」
「それで、木野が教えてくれたことっていうのは?」
「現場で見つかったハサミについていた、指紋のことです」
「犯人が特定できたのか?」
「それが……」
「ん?」
「この事件は、伏見さん向けかもしれません」
「どういう意味で、そう思うんだ?」
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