第9話 絶望の兆し【死生の天秤】小説
■第9話の見どころ
・医者からの疑念
・イージーミス
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二人は病室を出ると、再びリラックスルームに戻った。
飲み物を買いに来たらしい人がいて、二人もなんとなく水とお茶を買って、先程と同じテーブルに座った。
「何? 何か……」
亜梨沙の不安そうな顔を見て、箕嶋は話をするか躊躇ったが、何でもないと言うこともできず、口を開いた。
「一緒に暮らす件は、ゆっくり話せばいいと思う。それより、ふと思ったことがあって……病院って場所だからかもしれないけど……」
「なんのこと……?」
「笛木さんには、優衣が心臓の病気でってことは話したけど、病名までは伝えてない」
「それが……?」
「優衣の体から、病気が取り除かれてるのかって話だ」
「あ……」
「再生技術は、医療技術の向上っていう副産物も生んで、俺たちの世界では治療できない病気も克服してると言ってた。だからおそらく、問題ないとは思うけど……」
「……」
「念の為、検査してみないか?」
「病気がないかってこと?」
「ああ」
「そうね、もし病気だとしたら、それは……」
「もう二度と、あんなことはごめんだ……」
箕嶋は拳を握った。
「もし、もし病気だったら……?」
亜梨沙が言った。絶望に飲まれまいとしている顔は、感情が溢れ出すのを必死に抑えているせいか、酷く力が入っているように見える。
「そのときは、笛木さんに相談する。そこしか、頼れるものはない……」
「そのときは、私も一緒に行くわ」
「ああ。
けどまずは、検査だ」
箕嶋は立ち上がった。
「看護師と話してくる。君は優衣のそばにいてくれ」
「分かった……」
「医者と話すことになったら、同席ってことになるだろうけど、ひとまずは……」
そこまで言って、箕嶋はリラックスルームを出ると、近くにいた看護師に声をかけて、優衣の病室を担当している看護師を呼んでもらえるように頼んだ。
「はい、どうされましたか? 退院の手続きなら受け付けで……」
「いや、別件です」
箕嶋の真剣な顔を見て、看護師は通路の端に体を寄せた。
「別件というのは?」
「実は、あの子は時々、体調を崩すことがあって……それで、前に人に聞いた話なんですけど、心臓の病気の可能性もあるって……だからその、検査してもらいたいんです」
「心臓病の検査を、ということですか?」
「そうです」
「なるほど……失礼ですが、娘さんの体調がって、どんな症状なんですか?」
看護師の至極当然の質問に、箕嶋は答えるのを躊躇った。
どんな症状か、ずっと見てきたから分かる……
「すみません、ただの、親としての気持ちの問題というか……」
「……?」
「安心したいだけなんです。あの子は大丈夫だって。友人の子供が病気で亡くなって、それからずっと、頭からそのことが離れなくて……だから検査して、大丈夫だって思いたいんです」
咄嗟に言ってしまったことだったが、嘘ではなかった。
今後優衣とどうしていくかはまだ分からないが、何もしなければ、ずっと不安がつきまとうことになる。
「私の一存では決められないので、先生と話してきます」
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