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虹と石ころ。

「下を向いていたら虹を見つけることは出来ないよ」


これはかの有名な喜劇王であるチャールズ・チャップリンの言葉。

皆さんもよくご存知であろう、彼はイギリス出身の映画俳優であり、映画監督でもあり、コメディアンでもある。
数々のコメディ映画を作り上げ、「世界の喜劇王」という異名を手に入れた人物でです。

けれど、彼のそのコメディ映画作品は、ユーモアの裏に鋭い社会諷刺が描かれており、単純にお笑いのみで作られたコメディ映画とは一線を画しているものが少なくない。

彼の代表的な作品「モダンタイム」では資本主義への批判を繰り広げ、「独裁者」ではナチスドイツへの批判を描き、コメディ映画を通した社会批判或いは政治批判をも行うものであり、「殺人狂時代」という作品に至っては、当時の非難の的ともなっている。

クリスマスの日に亡くなったということも、喜劇王としての彼にふさわしい最後であったのだろうと俺は思う。

果たして彼は、上を眺めてどれだけのきれいな虹を見つけることができたのだろか。

きっと彼が路上にたたずみ、天空を眺めたとき、彼のその姿につられて行きかう人たちもまた上空を眺めて、大空に架かる大きな七色の橋を彼と一緒に眺めることが出来ていたのかも知れない。

確かに空を仰ぎ見ないと、虹の架け橋を見つけることは出来ない。

でもね、
上ばかり見ていると、足元の小さな石ころに躓くことも少なくないと思うんだ。

遠く空を見上げて虹を見つけることよりも、足元に転がる石ころにつまずかないように避けることの方が大事なときがあって、
どちらかというと、俺の場合、その頻度は後者の方がはるかに多いと思う。

でも、それは俺だけに限らないんじゃないかな。

「上ばかり見ていると石ころに蹴躓く」

これは高望みを断念した俺の言葉。

俺は喜劇王にもコメディアンにもなれないけれど、足元の石ころに転んでばかりの悲劇王になることは、ことさら避け続けてきた。
上を見上げることも大事だけど、自分の足元を確認することはさらに大事なこと。

もしかしたら、
思わぬ落とし物を見つけることがあるかも知れない。

「虹」と「石ころ」

これは喩えていうと、

「夢」と「現実」

夢を追いかけることも大事だけれど、夢ばかりを追い求めることは大きな間違いだと思う。
しっかり現実を見つめ、それから、その先の夢を探しに進んでみても遅くはない。

そんなことを言いながらも、俺は夢を探し求めるには少々歳を取り過ぎた。

今更だけど、石ころに躓くことばかり恐れていて、自分の夢を探し求めることさえ忘れてしまっていたことに気付いた。

それでも、俺が足元に注意して見つけた石ころや落し物の中には、チャップリンが見つけた虹に劣らない落とし物もあったのかも知れない。
夢の代わりに、価値のある小さな石ころや落とし物を拾って、たくさんポケットに詰め込んだんだ俺。

その価値はたぶん俺だけにしかわからないけどね。

つか、落し物は交番へ。

チャンチャン


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小太郎
「一場面小説」という日常の中の一コマを切り取った1分程度で読めるような短い物語を書いています。稚拙な文章や表現でお恥ずかしい限りではありますが、自分なりのジャンルとして綴り続けていきたいと思います。宜しくお願いします。