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翔太の林檎畑(プロット)

山々に囲まれた小さな村に暮らすその人は背が高くがっしりしていて、大きな荷物を軽々と運ぶ人だった。

その姿は頼もしいが、性格は穏やかで、おっとりとしていた。村の人たちのためなら、自分の作業を後回しにしてでも手を貸すとても頼りになるその人を、村人たちは「ねえさん」と呼んでいた。

春には田植え、秋には稲刈。村の一年はいつも変わらない。

炊事場のかまどから立ち上がる煙が山の中にのまれていく。川で子どもたちがイワナ獲りを競う。

村には電気も通っておらず、夜は焚き火で過ごしていた。

ねえさんは村人のために猪を狩り、木樵の仕事もする。

そんなねえさんには5歳の息子、翔太がいた。翔太は母の愛情をたくさん受けて育ち、二人は言葉を交わさなくても通じ合う仲だった。ねえさんは生まれつき耳が聴こえず、話すことはできなかったが、翔太にはそんなことは全く関係なかった。

ある冬の日、村は深い雪に覆われていた。その日、ねえさんは突然倒れた。村には医者がなく、三日後、息子の翔太と村の人たちに見守られながら息を引き取った。

ねえさんがいなくなったことで、村にはどこかぽっかりと穴が開いてしまった。

たった一人の家族をなくした翔太を見捨てる者は誰ひとりいなかった。村人たちは相談し、交代で翔太を自分たちの家に泊め、食事を与えた。

村人はなけなしのお金をみなで出し合って、翔太を支えたのだった。

10歳になる頃、翔太は村を出て学問をする決意をする。母の形見の筆を持つ翔太を涙を隠して村人たちは送った。

「村の貧乏をなんとかしたい。恩返しがしたい。」

母を思わせる辛抱強さと粘り強さで翔太は、町で働きながら必死で学んだ。

20歳になって村に帰る翔太が持ち帰ったのは、たくさんの林檎の苗木だった。林檎畑を作るという翔太に村の人々は喜び勇んで協力した。

しかし、林檎の栽培は想像以上に難しかった。病害虫や天候の不順、問題が次々と起こり、ひとつも林檎はならなかった。

村の人々はもう無理だと手を引いていった。それでも翔太は一人で林檎畑の世話を続けた。しかし、何をやっても林檎は獲れなかった。

翔太も諦めの心でいっぱいになっていた。

ある晩、疲れ果てた翔太は、母とよく訪れた山の中伏に足を運んだ。

幼い頃、母と一緒にこの場で遠くの山々を眺めた記憶が鮮明に蘇る。母が亡くなった後も、この場所は彼にとっての心の拠り所だった。木に手を触れると、不思議と心が安らいだ。

冷たい風が頬を撫でる中、翔太はふと空を見上げた。たくさんの星が降っている。星空の東の方に母の面影が浮かんで見えた。

「翔太、あなたはよくやってるわ。さすが私の子。」

自然と涙が溢れ出し、翔太は母に静かに呟いた。

「母さん、僕、頑張るよ。」

その日を境に、翔太は再び奮起した。林檎作りを教えてくれた先輩をふたたび訪ねて学び直し、そして数年後、ついに翔太の畑は実を結ぶようになった。

翔太の畑は村に富をもたらした。収穫期には遠方からも買い手がわざわざ訪れるようになった。

かつて母が村の人々に寄り添い、助けていたように、翔太の畑も村を助けるものとなっていった。

村は豊かになった。

母と肩を並べたあの場所から林檎畑を見下ろす。翔太の目には微笑む母の面影が見えている。

「母さん、ありがとう。」

その声は、風に乗って遠い山の母のもとへと消えていった。

(了)

今日は成人の日。成人になった皆さん、おめでとうございます!

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日出丸
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