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文化的アイデンティティを大切に守る潮汕人【日本まで伝わってこない中国の話】

中国の情報に関心はなくとも、知っている人もいると思いますが、大富豪の李嘉誠(りかせい)は、広東省潮州市生まれの潮汕人ChaoShanRenです。日本では、アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)と言えば、ソフトバンクの孫正義氏との関係が、かつてはよく話題に出ましたが、李嘉誠がジャック・マーの育成の親でもあると言われています。

私は潮汕人の人たちと同じ釜の飯を食べさせていただいたり、ビジネスをご一緒したりと、潮汕人にはずいぶんとお世話になってきました。潮汕人の酒席には、中国のお酒である白酒BaiJiu紹興酒ShaoXingJiu(中国語では「黄酒HuangJiu」と言います)ではなく、王侯や貴族の酒というイメージをもつブランデーがよく出されます。そこに潮汕人のプライドの高さが見て取れるかもしれませんが、アルコール度数40度を超すブランデーの一気飲みのお誘いを永遠と何度も受けます。高級酒は味わって飲むべきだと考える余裕すらなく、浴びるように飲んだ私は何度も記憶を失いました。

このnoteでは、潮汕人について、私なりに整理していきたいと思います。潮汕人を潮州人と言ったりもしますが、ここでは潮汕人に統一していきます。

潮汕人の本拠地である潮汕地区は、中国華南の広東省の東北域に位置する海沿いの地方ですが、潮汕人が力を持っている地域は、潮汕地区内に限らず、世界のあらゆる地域に広がっていて、経済的に強いネットワークを持っています。

潮汕人には能力の高い商売人が多いというのが私の印象ですが、その中でも世界的に影響力をもつ有名な財界人を挙げみたいと思います。(現職・歴任問わず、列挙させていただきます)

☆马化腾・陈一丹:深圳に拠点を置くテンセントの創業者のうちの二人
☆许良杰:新浪(NASDAQ:SINA)の総裁・Ciscoグローバル副総裁・eBayグローバル副総裁
☆彭少彬:新浪(NASDAQ:SINA)の副総裁
☆曾茂朝:联想集団(Lenovo)創業者・董事長
☆杨贤足:中国联通(チャイナユニコム)董事長
☆黄光裕:中国家電販売の先駆者、「国美」の創始者
☆郭子龙 :映画配給会社大手、中凯文化集团の董事長
☆陈湖雄:中国最大手文具メーカー晨光文具の創業者・総裁
☆蔡东青:中国最大手玩具アニメ会社奥迪公司(AULDEY)の董事長

香港
☆庄世平 :南洋商业银行、澳门南通银行の創業者
☆杨受成:英皇集团(エンペラーグループ)の創業者
☆颜成坤:中华巴士(中華バス:CMB)、香港巴士(香港バス)の父
☆戴德丰:香港四洲集团の董事長。食品大王とも呼ばれる。

この他に、タイの正大グループの創業者の謝易初やバンコク銀行の元総裁の陳有漢など、欧米はもちろん、シンガポールやマレーシアなど、潮汕人の経済的な力は世界中に及び、一人や二人に限らず、枚挙に暇がありません。これらの財界人はすべてといっていいほど、地元の潮汕地区にとどまらず、外の地で成功を収めています。

潮汕人のビジネスのやり方を見ていると、とにかく潮汕人同士の結束が固く、特に海外にいる、つまり華僑としての潮汕人のネットワークは強固なものがあります。

日本人の結束は会社単位がメインです。会社を超えて華僑が独自の経済ネットワークを作るように、日本人は日本人独自の経済ネットワークを作るのがあまり得意でないように思います。これは日本人の「郷に入っては郷に従え」という考え方が影響しているのではないかと私はひそかに考えています。

私は「郷に入っては郷に従え」の典型的なタイプで、中国にいる時は、日本人色を消して、中国人になりきろうと「心がけて」いました。日本食を食べずに(日本料理屋がそもそもない土地にいた)、5元(100円くらい)のチャーハンを食べたり、1元(20円くらい)で乗れる公共のバスに乗ったり、20元(400円くらい)で散髪してもらったりしていました。

ところが最近になって、「郷に入っては郷に従え」の姿勢が本当に良かったのか疑問に思うようになりました。そう思ったきっかけは、日本語教員試験の勉強で、ベリーの文化変容モデルのことを知ったことです。

文化変容モデルは、カナダの心理学者であるジョン・ウィドアップ・ベリー(Jonh.Widdup Berry:1939~)が提唱したもので、文化変容とは、ある人が異なった文化と接触したときに、異文化に接触した人と受け入れる側がどのような対応をするかによって、その後の人間関係や社会の在り方が変わってくることを示したもので、「自文化の保持」と「周囲との関係」を指標として考えられたものです。

【参入者側からみた・文化変容モデル】
参入者が自分の文化的アイデンティティを保持するか喪失するか、受け入れ側(周囲)との関係が良いか悪いかによって、文化変容のモデルを「統合」「同化」「離脱」「周辺化(境界化)」の4つで示す。
統合
自文化を保持し、相手の文化も受け入れ共存している状態。4つのうち最も理想的な状態とされる。
同化
自文化を失い、相手の文化に馴染んでいる状態。文化的アイデンティティの喪失などの問題が出て来る可能性がある。
離脱(分離)
自文化は保持し、相手の文化に馴染めていない状態。
周辺化(境界化)
自文化を失い、相手の文化にも馴染めていない状態。2つの文化に接しているにも関わらず、どちらの文化にも自分の居場所を見いだせない状況になる可能性がある。

受け入れ側からみた・文化変容モデル】
参入者がどれだけ自分化を保持しているかと、受け入れ側が参入者をどのくらい受け入れているかで、「多文化」「同化」「隔離」「差別」の4つで示す。
多文化
参入者が自文化を保持し、受け入れ側が参入者を社会の一員として認めている状態。最も理想的な状態で、お互いに認め合い、尊重しあう多文化共生社会へと向かう。
同化
参入者は自文化を失い、受け入れ側は参入者を社会の一員として認めている状態。
隔離
参入者は自文化を保持しているものの、受け入れ側の社会に受け入れられていない状態。
差別
参入者は自文化も失い、受け入れ側の社会にも受け入れられていない状態で、差別の対象になる恐れもある。

この文化変容モデルに照らし合わせると、私の場合は「同化」に当てはまります。同化することで、中国語を覚えるのが速いとか、中国文化をダイレクトに体感できるなどのメリットはあったかもしれませんが、中国人とのお互いの関係の発展性からすると、私はただ中国文化を素直に受け入れるだけで、日本人として何も貢献していなかった(いい刺激を与えられなかった?)のではないかとはっとしました。

また、「文化的アイデンティティの喪失」とありますが、私は中国文化に同化することで、日本人としての文化的アイデンティティの喪失状態であったことが否めません。「郷に入っては郷に従え」ということは、海外に出て円滑な人間関係を築くのに大切なことだと思います。

しかし一方で、様々な文化が交流し合い、お互いが刺激し合える関係が、どんな場所であっても大切だと考えるのダイバーシティの時代だとすれば、文化的アイデンティティを喪失するほど、同化するのは、ダイバーシティに逆行していたのではないかと、今さらながらにベリーの文化変容モデルを知って考えさせられました。

私は文化的アイデンティティを喪失していましたが、潮汕人を見てきた経験から振り返ると、彼らは文化的アイデンティティをしっかり保持しているように思います。彼らは海外のどこにいても地元の言葉である潮汕方言を手放していないということが、文化的アイデンティティの保持につながっているのではないかと思います。

潮汕人が話す潮汕方言(以後、日本語的に潮汕語と言いいます)は、闽南语MinNanYuである福建人や台湾人が話す方言の系統と一緒です。だから、福建人や台湾人と潮汕人が話す言い回しや発音は似ていて、それぞれに違いはあるものの、お互いに聞き取れるようです。

また、潮汕語の歴史は古く、「先秦」と言って、秦の時代より前にさかのぼり、中国の古文(中国語では「文言文WenYanWen」と言います)を踏襲しているので、現代の中国の公用語である普通語とはまったく異なる発音体系の言語です。潮汕語を話す人は、中国国内では1000万人位いて、華僑や香港・マカオにいる人を含めると、2500万人以上いるとされています。

ちなみに、2015年出版の「中国国際移民報告」によると、華僑は198の国や地区に6000万人以上いると報告されていますが、そのうち、1500万人以上の潮汕人が潮汕語で団結しているとすれば、かなりの勢力となります。潮汕人の結束のポイントはやはり先祖代々引き継がれてきた潮汕語だと考えることができると思います。


潮汕人がよく飲むお茶は、烏龍茶系の单丛茶DanCongChaと言われるものですが、とても香ばしくておいしいお茶です。彼らはお茶を飲みながら、じっくりと語り明かす習慣だったり、お酒(先程登場のブランデー)を通して親交を深めたりといった習慣が根強くあります。

そして、潮汕人は道教文化との関わりも深く、彼らの文化には興味深いものがたくさんあります。

また、潮汕人の食事ですが、日本料理と似て質素なところがあります。

中国によく行かれる方ならご存知だと思いますが、中国では川魚が出されることが多く土臭いものが多いですが、潮汕地方は海に面しているので、新鮮な海の幸を食べることができます。高級料理店(念のためですが、日本料理店ではないお店です)に行けば、白身魚などの刺身も出してくれます。

また、家庭ではとれたての魚やイカや貝などの魚介類をお湯でゆでて醬油につけて食べます。湯豆腐ならぬ「湯魚」みたいですが、素朴でとてもおいしいです。私は図々しくいくつかのご家庭にお邪魔して家庭料理をごちそうになりましたが、どのご家庭の料理も、海鮮や野菜などの素材を活かした質素な味付けで、親近感を覚えました。

最後にご紹介したいのが、「潮汕式の牛肉のしゃぶしゃぶ」です。

鍋底は、牛の出汁で、上の写真のように牛のあるゆる部位をしゃぶしゃぶして楽しむことができます。日本のしゃぶしゃぶでは食べることのない部位もたくさんあります。日本からのゲストが中国の広東省に来ると、私は必ず潮汕式牛肉しゃぶしゃぶ店にご案内しましたが、皆さん「こんなしゃぶしゃぶは初めてだ!めちゃおいしい!」と感動して日本にお帰りになりました。

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日出丸
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