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エコーチェンバー現象と空気

エコーチェンバー現象とは、ネット上の掲示板やSNSなど自分と似たような考えや価値観、趣味嗜好を持った人たちが集まる閉鎖的な空間でコミュニケーションが繰り返され、自分の意見や思想が肯定されることで、自身の主張する意見や思想が、あたかも世の中一般的にそうである、世の中における正解であるかのごとく勘違いしてしまう現象のことである。

グロービス経営大学院

現在使われている「エコーチェンバー」は元々は音響効果や実験のため人工的にエコー(反響)を作り出す部屋「残響室」を指す言葉からのメタファーですが、エコーチェンバーを文字通りに捉えれば、エコーチェンバー現象はSNSやオンラインサロンなどの閉鎖的な空間で個人の声が共鳴して残響(エコー)のように普遍的な共通認識が形成される現象ということになります。

私はエコーチェンバーを拡大解釈して、日本全体が閉鎖的な空間であるという見方をしています。

日本人は世界一「空気」を読むのが上手だと思います。一方で「空気」に水を差すことが苦手です。このことは、日本全体がある「空気」に覆われやすい国だとも言えます。国民がかつて戦争一色になったのも日本全体を覆っていた「空気」の仕業だと、山本七平は言いました。

戦争社会にしろ、忖度社会にしろ、日本人は逆らい難い”強固な”「空気」を知らず知らずのうちに醸成してきたわけです。それを英語風に言うと「エコーチェンバー現象」ともなりそうですが、実際は似て非なるものです。「現象」は認識しようとすれば認識できますが、「空気」は捉えどころのないところがあります。しかし、エコーチェンバー現象は「空気」醸成を加速させるものではあると思います。

私は昨日、花粉症は公害か?というイシューを提示しました。

このnoteを書くささやかな目的に、戦争は終わったもの、公害は過去のものというような「空気」があるとすれば、その「空気」に水を差すというものがありました。

目下のところ、AIにある種これまでにない可能性を感じる人ほど、AIブームに乗り遅れないようにしようという「空気」がすでにあり、それに対して「AIにお熱で一途な日本人」と揶揄すると、その「空気」に水を差すことにもなりそうです。私もAIに可能性を見出そうとする一人ですが、AIにも功罪の功の面もあれば、罪の面もあるはずです。

マスコミ始め、日本の論壇では、中国脅威論が当たり前のように語られています。それに対して「誰が中国に脅威を感じているでしょうか?」と問うたら、中国脅威論者の方々はどう答えるのでしょうか?中国脅威論に基づいた備えを否定するつもりはありませんが、中国の脅威が現前化していない限り机上の空論かもしれないということも否定できないのではないでしょうか。

AIが神がかってる感じにしろ、中国脅威論にしろ、日本が欧米列強の近代文明と軍事力に恐れを抱いて必死になって対抗しようとした時と同じように、日本全体にエコーチェンバー現象が働いていると私は見ていて、これから日本がどのような「空気」に覆われていくのか気になっています。

自分にはささやかながら「空気」に水を差すことくらいしかできませんが、今のご時世、水を差すことで陰謀論が生まれるきっかけを作ってしまう可能性もゼロではありません。そして、エコーチェンバー現象によって陰謀論が広がるということにも注意が必要だと思います。

日本人はかつて戦争に勝つことが正義だという、今から見れば「陰謀論」とも言いかねないような「空気」に全体的に支配された経験があります。

今も日本全体を覆う「空気」のようなものがあります。「空気」の内容は違いますが、「空気」に支配されてしまう構造は戦前も今も変わっていないと思います。むしろエコーチェンバー現象により、「空気」の支配にバイアスがかかりやすくなっているかもしれません。

陰謀論が騒がれるうちはまだ社会が健全な状態です。それよりも「空気」に支配された「正しさ」の方が時にはたちの悪いものとなります。かつての日本も「正しさ」を以って文化的な活動を弾圧し、戦争一辺倒になり自由な発言もできなくなりました。「空気」ゆえの「正しさ」に囚われるのは危険です。

人はどこでどう間違っているのか自分ではわからない生き物です。だからエコーチェンバー現象に流されない精神の独立性と成熟を求めることが、今の時代、最も必要なのかもしれません。

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日出丸
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