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マップラバーとマップヘイターが手を組んだら

今日は11月12日、試験まであと5日しかない。

日本語教員国家試験にはヒアリング試験がある。外国人などの日本語学習者の発音や発話の間違いを聴き分けて、どうやって直せばいいかなどが問われるのだが、これがかなり難しい。

昨今、日本に在住する外国人が増えているが、外国人と日本語で話すことが増えると、相手の発音や話し方がおかしくても、理解するために無意識のうちに間違いを修正して聞き取る癖が身につく。この癖は間違いを気にせず聴き流すことにもなり、コミュニケーションのリズムを壊さないための技術でもある。しかし、この技術が試験では仇となってしまう。つまり間違いを聴き取らなければならない問題にも関わらず、外国人話者の間違いを注意して聴き取ろうとしても耳が勝手にスルーしてしまうのである。

また逆に、英語、韓国語、中国語などを母語とする人にはそれぞれの癖があり、独特の日本語を話す。例えば、以下のようなものがある。

韓国人は「元気はつらつ」を「元気はちゅらつ」と発音しがち。(韓国語には「つ」の発音がないことによる発音の癖。調音点が違う)

中国人は「バランス」を「パランス」と発音しやすい。(声帯振動のある有声音を声帯振動のない有気音として発音してしまう。中国語には声帯振動の有無つまり有声音と無声音の区別はなく、”b”を無気音として、”p”を有気音として発音を使い分けるので、日本語の有声音を有気音として発音してしまうことがよくある)

アメリカ人は「もしもし」を「むしむし」や「こんにちは」を「くんにちは」のように、「も」と「む」の間位の発音をすることがある。(日本語の母音「お」がアメリカ人には「う」に近い発音に聞こえるらしい)

このように色々な癖に触れていくと、おかしな発音の傾向がつかめてくるようになる。そして、こうした傾向を体系的に理解しようと頭の中に「傾向と対策の地図」のようなものを作ろうとする。こういう思考を好む人をマップラバー(Map Lover)と言うが、マップラバーの人は、何らかの傾向や規則に当てはめながら、俯瞰して物事の全体像を見ようと演繹的アプローチをする傾向がある。

このマップラバーの思考も、ヒアリング問題においては、仇になることもある。試験ではわずか数秒で、日本語学習者がどのように発音や発話を間違えているのかを聴き分けて判断しなければならないが、「傾向と対策の地図」にない間違いに遭遇すると、聴き取りの糸口が見つからず焦って思考が停止して頭が真っ白になってしまう。つまり地図に信頼を置くことで、地図のないところでは簡単に迷ってしまうのである。

現に山登りなどでは、地図通りに歩けばいいが、仮に地図に載っていない道の分岐があったとき、どう進んだらいいか迷って立ち往生してしまうこともあるだろう。そういう場合、マップラバーよりもマップヘイター(Map Hater)の方がいいこともある。マップヘイターは地図を見ずにとにかく進んで、道に迷ったら引き返して、行き直せばいいのだと帰納的アプローチをする傾向がある。

私は典型的なマップラバーの人間で、演繹的アプローチが思考の癖になっている。この思考習慣がヒアリング問題では仇になった。もちろん単発の発音問題の聴き取りでは、「傾向と対策の地図」が役に立って、発音の間違いに気づくこともあるが、ある程度長い発話の中では、自分の経験知や先入観が足を引っ張る。自分の地図を頭の中に広げても、地図にない道ばかりだったらかえって混乱するし、そもそも自分の現在地が存在しない試験問題では地図は何の役にも立たない。

実際昨日、日本語教育能力検定試験の令和4年度のヒアリングの過去問をやったら惨憺たる結果だった。そこで私は、マップラバーでだめなら、マップヘイターで立ち向かったらどうだろうかと考えた。つまり、自分の経験知やルール(地図)をもとに演繹的アプローチでヒアリング問題を解いてダメなら、とにかく先入観をなるべく封印して、余計な予測をしないで帰納的にアプローチしたらどうかと考えたのである。

こうやって問題に対するアプローチを変えてみて、令和5年度のヒアリング問題にチャレンジしてみたところ、令和4年度の問題より13%正解率がアップした。かと言って、合格ラインには届いていないが、問題に対するアプローチを変えただけで効果が得られたことは、自分にとっては思いがけない収穫だった。

日本語教育能力検定試験は40年近い歴史のある試験なので、年度により試験のレベルにバラつきがないように「得点等化」が図られているはずで、令和5年度の試験がたまたま簡単で、偶然13%正解率が上がったということでもないだろうと思う。

しかしながら、私はマップラバーの傾向が強いので、マップヘイター的なアプローチを取り入れてみたところ一回だけ効果があったという偶然説も否定できない。現に効果に再現性があるかどうかもまだわかっていないし、そもそも合格ラインにも届いてもいない。

最後に、この文章にはマップラバーとマップヘイターのどちらがいいかという論点があることは否定できないが、私にはこのふたつの優劣を語ろうとする意図はなかった。むしろ、マップラバー的な演繹的アプローチとマップヘイター的な帰納的アプローチが手を組んで、それぞれの考え方を相互に交流させた方がいいのではないかということを言いたかったのだ。

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日出丸
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