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【書籍】変わらぬ制度、変わる運用:富士フイルムの人材マネジメントの核心

 日経ビジネス2024/12/4の記事に『富士フイルム、「配属ガチャ」防ぐ徹底説明 古い人事制度が変態生む』が出ていました。

 本記事では、守島基博氏(学習院大学教授)が富士フイルムの人事制度を評価、いわゆる「配属ガチャ」を防ぐための「説明」について説明しています。この記事をもとに考察をしてみます。

古いが忠実な人事制度の特徴

 富士フイルムの人事制度は、制度そのものが非常に古めかしいものであることが特徴です。最新の人的資本経営やフレキシブルな雇用形態といったトレンドを積極的に取り入れるような改革は行われていません。しかし、この制度の運用においては、社員一人ひとりの能力や潜在力、過去の実績をしっかりと把握し、それに基づいた適材適所の配置を徹底するという、極めて丁寧かつ基本に忠実な姿勢が際立っています。このような基本的なアプローチが、社員のモチベーションを高め、企業の成長を支える重要な要素となっています。制度自体に変革を加えなくても、運用次第で制度の効果を最大化できるという好例です。

 また、社員の能力に応じて部署を適切に変更したり、必要に応じて育成の機会を提供するなど、社員の成長を企業全体の成長に繋げるという視点が浸透しています。こうした徹底した基本重視のアプローチは、多くの企業が見習うべき点といえるでしょう。特に最近では、人事業務における形式的な運用や効率重視の風潮が広がる中で、このような丁寧な姿勢は非常に際立っています。

現場主導のマネジメント

 富士フイルムのもう一つの大きな特徴は、現場主導のマネジメントが強く根付いていることです。他社では、人事制度がしばしば「上層部からの指示を実行するためのツール」として使われることが多く、現場がその意図を深く考えることなく受動的に従うケースが目立ちます。
 しかし、富士フイルムでは、制度に頼るのではなく、現場の管理職が主体的に社員を育て、マネジメントするという文化が強く根付いています。この姿勢は、企業全体の柔軟性や組織力を高める要因となっています。

 特に管理職が社員の能力を引き出し、その成長をサポートすることに重点を置いており、単なる業務指示を超えた「育成型マネジメント」が実践されています。こうした現場主導の取り組みが、制度自体の新しさに依存しなくても、組織の強化や社員のエンゲージメント向上につながっているのです。

「配属ガチャ」を防ぐ仕組み

 最近話題になる「配属ガチャ」という問題についても、富士フイルムではこの概念がほとんど存在しません。その背景には、社員に対して異動や配置転換の必要性を丁寧に説明し、納得を得るという文化が長年培われてきたことがあります。この文化は、写真フィルム事業が衰退する以前、すなわち事業転換を迫られる前からすでに存在していました。このように、異動や配置転換を丁寧に説明し、社員の理解と納得を得ることで、エンゲージメントの高い状態を維持してきたのです。

 特に、社員の異動後のフォローアップを重視している点が注目に値します。多くの企業では、異動が決まるとそれを最終的なゴールとみなし、異動後の社員を即戦力として扱う傾向があります。しかし、富士フイルムでは、異動後の適応に十分な時間とリソースを割き、社員が新しい環境で力を発揮できるように支援しています。こうした細やかな対応が、社員の信頼を得る大きな要因となっています。

メンバーシップ型の利点

 人事制度においては、ジョブ型とメンバーシップ型のどちらを採用するかという議論が盛んですが、富士フイルムは完全にメンバーシップ型に寄った人事運営を行っています。このアプローチは、多くのメーカーにおいても有効である可能性があります。特に、社員を異なる部署に異動させ、さまざまな経験を積ませることで、会社全体の事業への理解を深めさせるという点で、非常に効果的です。

 また、社員が異動を通じて新たなスキルや知識を獲得することで、個々のキャリアの幅が広がるだけでなく、会社全体の変革力が高まります。このように、メンバーシップ型の人事制度は、雇用の安定を前提としつつ、社員と会社の双方にとってメリットがある仕組みとして機能しています。

リーダーシップ重視の採用と育成

 富士フイルムでは、採用の段階からリーダーシップを重視しています。トップ層だけでなく、中間管理職や現場リーダー層にもリーダーを育成する方針を持ち、変革に対応できる柔軟な人材の育成に力を入れています。これにより、社員一人ひとりが会社の変革に対して主体的に関与し、積極的に行動する組織風土が形成されています。

社員の強みを引き出す取り組み

 「+STORY」などの取り組みによって、社員が自らのキャリアを振り返り、自身の強みを再認識する機会が設けられています。これにより、社員と会社が強みをすり合わせることが可能となり、ミスマッチを防ぐ効果が期待されています。また、社員のキャリアを他者と共有することで、他の社員にも自身の将来像を描きやすくするなど、エンゲージメント向上にも寄与しています。

STPDサイクルの活用

 「See-Think-Plan-Do」という独自のサイクルを活用し、現場で発生する問題に対して、その原因や背景を深く考える文化を醸成しています。これにより、表面的な解決ではなく、根本的な改善が進められるようになり、結果として企業全体の成長につながっています。

まとめ

 富士フイルムは、伝統的な人事制度を基盤としながら、その運用において現場主導のマネジメントを重視し、社員のエンゲージメントを高める取り組みを続けています。制度の新しさに依存するのではなく、丁寧な説明や対話、フォローアップによって組織を強化し、企業の変革を支える強固な基盤を築いています。これにより、富士フイルムは競争の激しい市場環境においても持続的な成長を実現しているのです。

人事の視点から考えること

 富士フイルムの人事制度とその運用方法は、企業人事の立場で考えるべき多くの示唆を提供しています。特に、古い制度を基盤としながらも、その運用の丁寧さによって社員のエンゲージメントを高め、企業全体の変革力を向上させている点は、多くの企業にとって参考になる事例です。この事例をもとに、企業人事の視点から具体的に考察を深め、他の企業にも応用可能なポイントを以下にて考察します。

1. 古い制度でも運用次第で成果を生む「基本の徹底」の重要性

 富士フイルムの人事制度は、形式的には古めかしいものであり、最近話題の「人的資本経営」や「ジョブ型雇用」といった新しい潮流を積極的に採用していません。しかし、その運用が非常に丁寧であり、基本に忠実な人事の実践によって社員の能力を最大限に引き出し、企業の成長に貢献しています。この点から、企業人事としての重要な示唆は、制度そのものの新しさに固執するのではなく、その運用方法にこそ力を注ぐべきだということです。

 例えば、社員の能力や潜在力、成果を正確に把握し、その情報に基づいて適材適所の配置を行うプロセスを徹底することが挙げられます。この運用が丁寧であればあるほど、社員一人ひとりの成長が促進され、それが企業全体の競争力向上につながります。また、異動や配置転換を行う際には、十分な情報と納得感を提供することが重要です。異動が単なる「命令」として伝えられるのではなく、社員のキャリア形成や企業の戦略との関連性を丁寧に説明することで、社員の理解と協力を得られるでしょう。

 さらに、人事運用を基本から見直す際には、評価制度の透明性を高めることも有効です。評価基準やプロセスを明確にし、社員が自身の成長を実感できるようなフィードバックを定期的に行うことで、社員のモチベーションやエンゲージメントを高めることが可能です。

2. 現場主導のマネジメント文化の醸成

 富士フイルムの人事運営の大きな特徴は、現場の管理職が主体的に人材の育成と配置転換を担っている点です。この現場主導のアプローチは、単なる上層部からの指示を現場が受動的に実行するだけではなく、現場の管理職が自ら考え、社員一人ひとりの成長をサポートする文化を形成しています。企業人事の立場からは、このような現場主導の人材マネジメントを推進するための環境づくりが非常に重要です。

 具体的には、管理職に対して適切な権限を与え、部下の育成に必要なリソースやツールを提供することが求められます。また、管理職自身が社員の成長を自分の成果の一部と認識できるよう、管理職の評価基準に「部下育成」を明確に組み込むことも効果的です。例えば、管理職が部下のスキルアップやキャリア形成を支援した実績を評価する仕組みを導入することで、育成への意識がさらに高まるでしょう。

 また、富士フイルムのように、管理職自身が大胆な異動を経験することで、異動の必要性やその影響を実感し、それを部下に丁寧に説明する文化を育むことも有効です。このように、管理職が現場で主体的に動ける仕組みを整えることで、組織全体の柔軟性と強さが向上します。

3. 「配属ガチャ」を防ぐ透明性と対話の徹底

 富士フイルムのように、「配属ガチャ」を防ぐためには、社員の配置転換や異動についての透明性を確保し、丁寧な説明と対話を徹底することが不可欠です。企業人事の立場からは、この透明性をどう確保し、社員との対話をどう充実させるかが課題となります。

 異動や配置転換が行われる際には、社員の適性や将来的な成長プランについて具体的に説明することが必要です。また、異動後のフォローアップを継続的に行うことで、社員が新しい環境に適応できるようサポートすることが求められます。例えば、異動後の数か月間は定期的な面談を実施し、社員の悩みや課題を共有しながら解決策を模索するプロセスを取り入れることが効果的です。

4. メンバーシップ型の人事運営の可能性

 ジョブ型雇用が注目される中で、富士フイルムはメンバーシップ型の人事制度を採用し、その運用を成功させています。この事例は、すべての業種や企業がジョブ型にシフトすべきという風潮に一石を投じるものです。特に、社員を異なる部署に異動させることで多様な経験を積ませ、企業全体の変革力を高めるアプローチは、メンバーシップ型の大きな強みと言えます。

 企業人事としては、自社の業態や文化に適した雇用形態を選択することが重要です。また、メンバーシップ型の運用においては、社員が異動を通じてスキルアップやキャリアの幅を広げられるよう、異動先でのサポート体制を整えることが必要です。

5. 変革を支える文化とエンゲージメントの向上

 富士フイルムでは、社員が自らのキャリアを振り返る機会を提供する「+STORY」や、問題の根本原因を考える「STPDサイクル」など、変革を支える文化が醸成されています。企業人事としては、こうした文化を参考に、社員が自らの強みを認識し、組織全体で共有できる仕組みを構築することが求められます。

 特に、社員のキャリアの棚卸しを促進するプログラムや、現場での成功事例や失敗事例を共有する場を設けることで、組織全体の学びを促進することが効果的です。また、社員のエンゲージメントを高めるためには、透明性のある評価制度や、成長を支援するためのリスキリングプログラムを充実させることが必要です。

総まとめ

 富士フイルムの事例は、企業人事が直面する多くの課題に対する貴重な示唆を与えてくれます。特に、制度の新しさに頼らず、丁寧な運用や現場主導の文化を通じて社員のエンゲージメントを高めるアプローチは、多くの企業にとって参考になるでしょう。企業人事としては、こうした取り組みを自社の状況に応じて適用し、社員と企業が共に成長できる仕組みを構築していくことが求められます。


職場の温かく協力的な雰囲気が表現されています。上司と社員がモダンなオフィスデスクを挟んで向き合い、キャリア開発についての前向きな会話をしている様子が描かれています。背景には本棚やホワイトボード、観葉植物があり、大きな窓から柔らかな日差しが差し込んでいます。上司はビジネスカジュアルな服装で、親しみやすい笑顔とともに話を進め、社員はノートとペンを手に真剣に耳を傾けています。職場の信頼関係や前向きなエネルギーが伝わってくる場面です。このシーンは、富士フイルムの丁寧で誠実な人事制度の理念を体現しているように感じられます。


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