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【書籍】龍野勝彦氏が学んだ榊原仟氏の教えー若手医師への信頼と挑戦の姿勢
『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』(致知出版社、2022年)のp341「10月28日:榊原仟の医療信条(龍野勝彦 タツノ内科・循環器科院長)」を取り上げたいと思います。
榊原仟医師のもとで研修を受けた龍野勝彦医師による回顧録から、榊原医師の指導方法と彼の人格についての深い洞察が語られています。
龍野医師は、昭和42年に大学を卒業後、東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所の外科に入局しました。この研究所で彼は、榊原医師の直接の指導を受けることになり、その指導のもとで心臓外科医としてのキャリアを歩み始めました。
入局当初から、龍野医師は「あんぱん会」と呼ばれる朝のミーティングに参加していました。これは若手研究者が自らの研究成果を発表する場であり、朝7時半に集まり、あんぱんを食べながら行われるというアットホームな会でした。ある日、龍野医師の同僚がファロー四徴症という難病に対する治療法について発表し、榊原医師の手法について批判的な意見を述べました。この発言は、榊原医師の高弟たちから激しい反発を招きましたが、榊原医師自身は非常に冷静かつ謙虚に対応し、「あなたの言う通りに手術しよう」と提案しました。
この出来事は龍野医師にとって大きな転機となり、彼の心臓外科医としての情熱を再燃させました。その後、彼は高橋幸宏医師と共にファロー四徴症の治療に取り組み、顕著な成果を上げることに成功しました。彼らのチームは、当時としては画期的な成果を挙げ、100例の患者を治療して一例の死亡もなしという記録を達成しました。この成功は、心臓外科の専門医たちからも高く評価され、専門家会議で発表された際には、聴衆から感嘆の声が上がりました。
その場にいた人たちがみんな、榊原先生のこの対応に感動しちゃってね。私は当時、千葉から通っていたんですけど、朝五時半に家を出て、七時に病院に着く。夜は十一時頃に出て、夜中に帰る。で、また朝五時半に家を出るという生活で、給料も安いし、辞めようと思っていたんです。でも、榊原先生のその言葉を聞いて、辞めようという思いは完全に吹き飛びました。この人についていこうと。榊原先生の「あなたの言う通りに手術しましょう」という言葉が頭から離れず、いつか心臓外科の責任者になったら、ファロー四徴症の患者を絶対に死なせないようにしようと決意したんです。それで高橋幸宏先生たちが来てから一緒に取り組み、百例やって一例も死なせなかった。
榊原医師の指導哲学は、彼の人間性と深く結びついていました。彼は、独自のプライドや偏見に囚われることなく、常にオープンマインドで、若手医師の意見に耳を傾けることを厭わない姿勢を持っていました。そのため、榊原医師は真のリーダーシップを発揮し、多くの医師たちにとって模範となる存在でした。彼は口先だけでなく、実際の行動においても率先垂範の姿勢を示し続けました。
龍野医師は、榊原医師のこの人間的な偉大さと専門的な卓越性に深く感銘を受け、その後の長いキャリアにわたって、榊原医師から学んだ教えを実践し続けています。このエピソードからは、単なる技術的な能力以上に、患者への深い共感と理解、そして医療現場における人間関係の重要性が浮かび上がります。榊原医師のような指導者の下で学ぶことができた龍野医師は、医療人としての道を歩む上で、計り知れない貴重な経験を得たのです。
人事視点でもう少し深掘りする
榊原医師のリーダーシップや指導方法は、組織内のコミュニケーション、教育、人材管理における深い洞察を与えています。この事例は、医療分野に限らず、様々な業界のリーダーにとって価値ある学びを提供するものです。今回の具体的なエピソードを基に、リーダーシップ、コミュニケーション、教育の重要性について考察します。
リーダーシップスタイル
榊原医師のリーダーシップは、従来の権威に依存するスタイルとは異なり、対話と実践に基づいています。研修医が新しい手術方法を提案した際の榊原先生の反応は、彼のリーダーシップの柔軟性を象徴しています。このアプローチは、組織の革新と成長を促進するために、新たなアイデアや異なる意見を受け入れることの重要性を示しています。
(1)柔軟性と適応性
榊原医師のケースから、リーダーとしての柔軟性が明らかになります。彼は自身の方法に疑問を投げかけられたとき、防御的になることなく、新しい提案を受け入れ、試してみることを選びました。これは、リーダーが変化に適応し、継続的な改善を追求する姿勢の重要性を示しています。
(2)イノベーションへの開かれた姿勢
新しい手法の試行は、組織全体にイノベーションを促す影響を与えます。榊原先生のようなリーダーが新しいアイデアを受け入れることで、組織内の他のメンバーも自由に意見を表明し、革新を推進する気運が高まります。この環境は、創造的な問題解決と継続的な学習を促進します。
人材育成と教育への影響
榊原医師の教育へのアプローチは、リーダーがどのようにして部下の成長と発展を支援するかについての洞察を提供します。部下からのフィードバックを受け入れることで、彼は教育の過程を双方向の学びの場として機能させ、組織全体の能力向上を図りました。
(1)教育の双方向性
榊原医師は、教育が上から下への一方通行ではなく、相互の学びのプロセスであるべきだという考えを実践しました。これにより、若い医師たちは自らの意見が価値を持つと感じ、積極的に参加し、自己のスキルを向上させる機会を得ました。
(2)成長への継続的な投資
リーダーとしての榊原医師の手法は、研修医の技術だけでなく、彼らの自信と専門性を育てることにも寄与しました。彼の指導下で医師たちは、臨床技術の向上だけでなく、臨床判断と独立した思考の能力を養うことができました。研修が終われば、どのみち判断は必要になります。
組織内コミュニケーションの改善
榊原医師からは、リーダーが如何にして組織内のコミュニケーションを改善し、より効果的なチームワークを構築するかについての重要な教訓を得ることができます。公開の場で若手医師の意見を受け入れることで、彼は開かれたコミュニケーションの価値を組織に浸透させました。
(1)コミュニケーションの開放性と透明性
榊原医師の対応は、組織内での透明性とオープンなコミュニケーションがいかに重要であるかを示しています。彼のようなリーダーが意見の交換を奨励することで、信頼と相互尊重の文化が育まれます。
(2)エンゲージメントとモチベーションの促進
開かれたコミュニケーション環境は、従業員のエンゲージメントとモチベーションを高めます。榊原医師のように、意見を尊重し、実際の意思決定に反映させることで、従業員は自分たちの貢献が評価されていると感じ、さらに組織の目標達成に向けて積極的に努力するようになります。
まとめ
榊原医師のリーダーシップと教育へのアプローチは、医療の現場だけでなく、あらゆる組織において参考になる価値があります。彼のようなリーダーシップスタイルを模範として、組織はより柔軟で革新的、そして全員が参加する学びの場を提供することが可能です。その結果として、組織全体の能力が向上し、より高いレベルの成果を達成することができるでしょう。
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若手医療研究者たちが朝早くから集まり、あんぱんを食べながら研究成果を議論している様子です。部屋は朝日に照らされ、温かく招き入れる雰囲気が演出されています。柔らかな印象派スタイルで、医療研究における協力と指導の本質を捉えています
1日1話、「生き方」のバイブルとなるような滋味に富む感動実話を中心に365篇収録されています。素晴らしい書籍です。