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【書籍】ポジティブフィードバック:上司のための育成術とその詳細な手順ーTHE21 中原淳氏
The21 2025年2月号の中で、中原淳氏の「ポジティブフィードバックの効果と基本手順」(p74)は大変参考になりました。
この記事では、上司が部下の成長を促進するために不可欠な「ポジティブフィードバック」に焦点を当て、その重要性、具体的な手順、そして陥りがちな誤解について詳しく解説しています。
従来のフィードバックは、改善点や課題を指摘する「ネガティブフィードバック」に偏りがちでしたが、この記事では、部下の強みや成功体験を積極的に認め、それを成長の糧とする「ポジティブフィードバック」の重要性を強調しています。本記事は連載ですが、今回は効果と基本手順という基本的な内容でした。
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なぜ今、ポジティブフィードバックが必要なのか
従来のフィードバックは、主に部下の欠点を指摘し、改善を促すものでした。しかし、ハラスメントに対する意識の高まりや、部下に対する接し方の変化に伴い、ネガティブフィードバックだけでは部下の成長を十分には促せないという問題が顕在化しています。記事では、ポジティブフィードバックは、単に「褒める」という行為ではなく、部下の行動を客観的に捉え、成長を促すための重要なコミュニケーションツールであると定義しています。
ポジティブフィードバックは、部下が自分の強みや成功体験を認識し、それをさらに伸ばそうというモチベーションに繋がります。また、上司が部下の良い点を意識的に観察し、認めることで、両者の間に信頼関係が築かれ、よりオープンなコミュニケーションが可能になります。さらに、現代の若い世代は、成長の実感を求めており、ポジティブフィードバックによって、自分が成長しているという実感を得ることは、彼らのエンゲージメントを高め、離職を防ぐ上で非常に有効です。
ポジティブフィードバックがもたらす3つの効果
記事では、ポジティブフィードバックがもたらす具体的な効果を3つ挙げています。
1.部下の仕事の満足度とモチベーションの向上
部下の成果や努力を正当に評価し、具体的な言葉で伝えることで、部下は自分の仕事に対する満足度を高め、さらに困難な目標に挑戦しようという意欲を掻き立てられます。また、自分の強みや得意なことを理解することで、自身のキャリアパスを具体的にイメージしやすくなり、日々の仕事に対するモチベーションが向上します。
2.上司と部下の「信頼の貯金」の形成
上司が日頃から部下の良い点を観察し、ポジティブなフィードバックを積極的に行うことで、両者の関係性はより良好なものになります。これは、お互いの信頼度を高め、「信頼の貯金」を形成することにつながり、ネガティブフィードバックが必要になった際にも、部下が上司からの指摘を素直に受け止めやすくなります。
3.優秀な部下の離職防止
特に、20代後半から30代の若手社員は、自身の成長やキャリアについて不安を感じやすい時期です。彼らは、自分がこの会社で成長できるのか、自分の強みを活かせるのかといった不安を抱えやすく、その不安を放置しておくと、優秀な人材ほど離職につながりやすい傾向があります。そのため、ポジティブフィードバックによって、自分が組織の中で必要とされているという実感と、成長できるという希望を与えることが、彼らの離職を防ぐ上で非常に重要です。
ポジティブフィードバックを効果的に行うための5ステップ
記事では、ポジティブフィードバックを効果的に行うための具体的な手順を、以下の5つのステップに分けて説明しています。
ステップ1:観察 - ポジティブなフィードバックの「源泉」を見つける
まずは、部下の行動や成果を注意深く観察し、ポジティブなフィードバックの「源泉」となる情報を集めることが重要です。部下の日常業務での行動や、プロジェクトでの貢献、プレゼンテーションでの工夫など、具体的な事例を把握することで、より効果的なフィードバックが可能になります。普段からの観察、やはり重要ですね。
ステップ2:場づくり - 信頼関係を築き、安心して話せる環境を整える
フィードバックを行う前に、まず部下が安心して話せる環境を整えることが重要です。「今日はありがとう」「いつも頑張ってくれているね」といった感謝やねぎらいの言葉をかけ、部下がリラックスできる雰囲気を作りましょう。
ステップ3:強みの通知 - 具体的な事例をもとに、強みを言語化する
集めた情報に基づき、部下の具体的な行動や成果を振り返り、その強みを言語化して伝えます。この時、抽象的な言葉ではなく、具体的な事例を交えながら、「SBI情報(状況・行動・影響)」を意識して伝えることが重要です。例えば、「昨日のプレゼンで、〇〇さんのあの返し方が非常に良かった。あれのおかげで、場の雰囲気が良くなり、プレゼンもスムーズに進めることができた」といったように、具体的なエピソードを交えながら伝えることで、フィードバックの説得力が増します。
ステップ4:対話 - 部下の理解度を確認し、腹落ちを促す
単に強みを伝えるだけでなく、部下がフィードバックの内容を理解し、腹落ちしているかを確認することも重要です。「この点についてどう思う?」「他に何か意見はある?」といった問いかけを通じて、部下の考えや意見を引き出し、お互いの認識を擦り合わせることで、より効果的なフィードバックが期待できます。
ステップ5:行動づくり - 今後の成長につながる具体的な行動を部下と共に考える
部下の強みを伸ばし、さらなる成長につなげるために、今後の具体的な行動を部下と一緒に考えます。上司が一方的に指示するのではなく、部下自身の意見や考えを尊重しながら、具体的な目標を設定することが、部下の主体性を引き出し、成長を促進するために不可欠です。
ステップ6:感謝と期待の通知 - ポジティブなメッセージで締めくくる
最後に、「いつもありがとう」「これからも期待しているよ」といった感謝と今後の期待を伝えることで、ポジティブなメッセージで締めくくり、部下の自己肯定感を高めましょう。
日常的なポジティブフィードバック:1分間でも効果あり
記事では、面談形式だけでなく、日常的な場面でのポジティブフィードバックも重要であると述べています。1分程度の短い時間でも、良い点や変化に気づいたら、すぐに言葉で伝えることで、部下のモチベーションを高めることができます。
次回予告:陥りやすい失敗例とその対策
今回の記事では、ポジティブフィードバックの基本的な考え方と実践方法について解説しましたが、次回は、実際にポジティブフィードバックを実践する際に陥りがちな失敗例と、その対策について詳しく解説します。ポジティブフィードバックは、正しい知識と理解のもとで行われることで、その効果を最大限に発揮することができます。
企業人事戦略におけるポジティブフィードバックの深化と実装:組織成長を牽引する戦略的アプローチ
企業人事の視点から、ポジティブフィードバックの重要性をより深く掘り下げ、その戦略的な意義と組織への実装における具体的なアプローチを、多角的な視点から詳細に考察してみます。
単なるコミュニケーションスキルを超え、組織全体のパフォーマンス向上、人材育成の加速、従業員エンゲージメントの深化、そして持続的な成長を支える基盤としてのポジティブフィードバックの役割を、人事戦略の観点から多角的に分析します。
人事戦略におけるポジティブフィードバックの多層的な意義
人事戦略において、ポジティブフィードバックは、単なる従業員への動機付けを超え、以下のような多層的な意義を持ちます。
戦略的な人材開発と組織能力の向上
従来のネガティブフィードバック偏重の育成アプローチでは、従業員の自己肯定感を損ない、成長意欲を減退させるリスクがありました。ポジティブフィードバックは、従業員の強みや可能性に着目し、それを積極的に伸ばすことで、個々の能力開発を加速させ、組織全体の能力向上に繋げます。
個々の従業員が自身の強みを認識し、それを組織内で最大限に活かすことで、チームとしてのパフォーマンスが向上し、組織全体の競争優位性を確立します。
また、ポジティブなフィードバックを通じて、従業員は自らの成長プロセスを可視化し、学習意欲を高め、自己主導的なキャリア形成を支援します。これにより、組織は将来にわたって必要とされる人材を育成し、持続的な成長を実現します。
従業員エンゲージメントの深化と離職率の低減
従業員が自身の貢献を認められ、組織から必要とされていると感じることで、エンゲージメントが向上し、組織への愛着と貢献意欲が高まります。特に、ミレニアル世代やZ世代といった若い世代は、自己成長や社会貢献を重視する傾向があり、ポジティブフィードバックは、彼らのエンゲージメントを高める上で非常に有効な手段となります。
上司が部下の良い点を積極的に評価し、ポジティブなフィードバックを継続的に行うことで、両者間の信頼関係が深まり、コミュニケーションが円滑になります。これにより、従業員は安心して業務に取り組めるようになり、心理的安全性も向上します。
エンゲージメントの高い従業員は、組織への定着意欲も高いため、離職率を低減させ、採用コストや育成コストを抑制し、組織の安定的な成長に貢献します。
イノベーション文化の醸成と組織の持続的な成長
ポジティブフィードバックが浸透した組織では、従業員がお互いの貢献を認め合い、称賛し合う文化が醸成されます。これにより、従業員は安心して新しいアイデアを発想し、積極的に挑戦することができるようになり、組織全体のイノベーション能力が向上します。
失敗を恐れず挑戦する文化が根付くことで、組織は変化に柔軟に対応し、持続的な成長を遂げることが可能になります。また、ポジティブな組織文化は、企業の評判を高め、優秀な人材を獲得する上で有利に働きます。
企業のブランド価値向上と競争優位性の確立
ポジティブなフィードバックが根付いた企業は、従業員からの満足度が高く、企業の評判も向上します。従業員が働きがいを感じ、自身の成長を実感できる企業として認知されることで、優秀な人材を獲得しやすくなり、企業としての競争優位性を確立できます。
また、顧客に対しても、従業員のエンゲージメントの高さが好影響を与え、顧客満足度の向上に繋がり、ブランドイメージの向上に貢献します。
ポジティブフィードバックを組織に根付かせるための戦略的アプローチ
組織全体にポジティブフィードバックを浸透させ、その効果を最大化するためには、人事部門がリーダーシップを発揮し、以下の戦略的な取り組みを計画的に実行する必要があります。
体系的な研修プログラムの設計と展開
階層別・職種別に合わせた、実践的なポジティブフィードバック研修プログラムを設計し、管理職、リーダー層、そしてすべての従業員を対象に実施します。
研修プログラムでは、ポジティブフィードバックの理論的な背景、具体的な実施方法、効果的なフィードバックのポイント、陥りがちな失敗例、そしてフィードバック後のフォローアップなどについて、体系的に学習できるようにします。
ロールプレイング、ケーススタディ、グループワークなどの実践的な演習を多く取り入れ、研修で学んだことを実際の業務で効果的に活用できるように支援します。
研修後も、継続的なフォローアップやサポートを行い、研修効果の定着を促進します。
評価制度と連動したフィードバックシステムの構築
従来の業績評価制度を、ポジティブフィードバックを促進する観点から見直し、業績だけでなく、行動やプロセスも評価対象に加えます。
多面評価など、多角的な視点を取り入れた評価制度を導入し、従業員の強みや貢献をより正確に把握します。
評価結果をフィードバックに活用し、従業員一人ひとりの成長を支援します。また、フィードバックされた内容を、人材育成計画やキャリア形成支援に活かします。
評価制度を、個人の能力だけでなく、チーム全体の成果や貢献を評価する制度へと見直し、チームワークを促進し、組織全体のパフォーマンス向上を目指します。
デジタル技術を活用したフィードバックプラットフォームの構築
リアルタイムでフィードバックを共有し、可視化できるデジタルツールやプラットフォームを導入することで、フィードバックの実施を促進し、その効果を最大化します。
従業員は、いつでもどこでも、同僚や上司からのフィードバックを確認できる環境を構築します。これにより、従業員は自身の強みや成長点をいつでも確認でき、成長へのモチベーションを高められます。
蓄積されたフィードバックデータを分析し、人材育成計画やキャリア形成支援に活かすことで、組織全体の人材力を向上させます。
匿名でのフィードバック機能を取り入れることで、より率直な意見交換を促し、改善点を見つけやすくします。
ポジティブな企業文化を醸成するための取り組み
社内報やイントラネット、社内SNSなどを活用し、ポジティブフィードバックの事例や成功体験を積極的に共有します。また、社内イベントや表彰制度などを通じて、ポジティブフィードバックを実践した従業員を称賛し、その行動を奨励します。
企業理念や行動指針の中に、ポジティブフィードバックの重要性を明記し、組織全体で共有する文化を醸成します。
経営層や管理職が率先してポジティブフィードバックを実践することで、組織全体にポジティブな雰囲気を醸成し、従業員の意識改革を促進します。
チームでの目標達成や成功体験を共有する機会を設け、チームワークを向上させ、ポジティブな組織文化を根付かせます。
継続的な効果測定と改善サイクル
従業員満足度調査やエンゲージメント調査を定期的に実施し、ポジティブフィードバックの効果を測定し、可視化します。調査結果に基づき、研修プログラムや評価制度、フィードバックシステムなどの見直しを継続的に行い、組織への浸透度を高めます。
従業員からのフィードバックや意見を積極的に収集し、改善点を把握し、より効果的なポジティブフィードバックシステムを構築します。
最新のHRテクノロジーや人材開発に関する情報を収集し、常に最適なポジティブフィードバックシステムを構築し、組織の成長を加速させます。
人事担当者が留意すべき点:ポジティブフィードバックの落とし穴
次回移行の記事ポジティブフィードバックを組織に導入する上で、人事担当者は以下の点に注意する必要があります。
ポジティブフィードバックの形骸化を防ぐ
単なるお世辞や形だけの褒め言葉にならないよう、具体的な根拠に基づいた建設的なフィードバックを行うことが重要です。
フィードバックの内容が抽象的でなく、具体的な行動や成果、その影響について言及するように意識する必要があります。
フィードバックを行う側が、常に誠意をもって、従業員一人ひとりの成長を真剣に願っていることを明確に示す必要があります。
フィードバックのバランスを意識する
ポジティブフィードバックだけでなく、改善点や課題を指摘するネガティブフィードバックも、成長を促すために不可欠です。ただし、ネガティブフィードバックを行う際は、従業員の自己肯定感を損なわないよう、慎重に行う必要があります。
フィードバックを行う際は、ポジティブな側面とネガティブな側面の両方をバランスよく伝え、従業員の成長を総合的に支援する必要があります。
ネガティブフィードバックを行う際は、具体的な改善点と、それをどのように克服すれば良いかを具体的に伝え、建設的なアドバイスとなるよう意識します。
文化や個性を考慮する
ポジティブフィードバックの文化は、組織の文化や従業員の個性を考慮して設計する必要があります。
個々の従業員が受け止めやすい方法でフィードバックを行うことが重要であり、画一的なアプローチに固執するのではなく、柔軟に対応する必要があります。
特に、多様な価値観を持つ従業員に対しては、個々の価値観を尊重し、よりパーソナライズされたフィードバックを提供する必要があります。
まとめ
ポジティブフィードバックは、組織の成長を加速させるための重要な戦略であり、人事部門は、その導入と浸透において主導的な役割を果たす必要があります。体系的な研修プログラム、評価制度の見直し、テクノロジーの活用、そして組織文化の醸成を通じて、ポジティブフィードバックを組織に根付かせ、従業員の成長と組織の持続的な成長を支援していくことが重要です。