能動的傾聴:アクティブ・リスニングで築く信頼関係ー川上真史氏より
川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #10 アクティブ・リスニング」というテーマ。アクティブ・リスニングは、単に相手の話を一生懸命に聞くだけではなく、聞き手が能動的に質問や働きかけを行いながら、話し手の発言内容を深く理解しようとする技法です。この技法の目的は、話し手自身が今まで気づいていなかった自分の真の思いや感情、意図などに気づくことを促進することにあります。
私も時々取り上げている、リーダー・エフェクティブ・トレーニング(L.E.T.)においても核となる技術で、習得すると、あらゆる局面で使うことができます。
アクティブ・リスニングを実践する上で重要なポイントがいくつかあります。
第一に、話し手が本当に伝えたいと思っている内容を、正確に聞き取ることが大切です。話し手の言葉の表面的な意味だけでなく、その背後にある真意や感情、コンテクストなどを汲み取るように努めます。
第二に、話し手の発言内容に対して、聞き手が自分の意見や評価、批評などを安易に返すことは避けるべきです。もし聞き手が自分の考えを述べてしまうと、話し手はそれに反論したくなったり、自分の考えを押し通そうとしたりして、自身の内面を見つめ直すことから遠ざかってしまう恐れがあるからです。聞き手は自分の意見を言うのではなく、話し手の気持ちを受け止め、共感的な態度で接することが求められます。
アクティブ・リスニングでは、話し手の気づきを促すために、いくつかの具体的な技法が用いられます。
その一つが「繰り返し(リフレクション)」です。これは、話し手の発言をそのまま繰り返す、いわゆる「オウム返し」のことを指します。話し手は自分の言葉が聞き手に繰り返されることで、自分が何を言おうとしているのかを改めて認識し、自分の考えや感情を整理することができます。聞き手が話し手の言葉を正確に繰り返すことで、話し手は自分のメッセージが相手に伝わっていることを実感でき、安心して自己開示を進められるようになります。
もう一つの技法が「明確化(クラリフィケーション)」です。これは、話し手の発言内容を聞き手側で整理し、要約した上で返すことを意味します。複雑に入り組んだ話を整理されることで、話し手は自分の考えをより明確に理解できるようになります。話の要点を簡潔にまとめることで、話し手は自分の中で何が重要なのかを再確認し、問題の核心により近づくことができるのです。
そして三つ目の技法が「質問(クエスチョニング)」です。聞き手は話し手に対して、オープンかつ拡散的な質問を投げかけます。これは、イエスかノーで答えられるような限定的な質問ではなく、様々な答え方ができる発展的な質問のことです。話し手は聞き手からの質問に答えようとする中で、自身の内面と向き合い、これまで気づかなかった自分の思いや考え方に気づくことを促されます。質問の内容は、話し手の発言内容を深く掘り下げたり、新たな視点を提供したりするものであることが望ましいでしょう。
以上の技法を適切に組み合わせながら、アクティブ・リスニングでは、話し手自身も気づいていないような、本人の意思や思い、感情などに気づかせることを目指します。聞き手から投げかけられる質問は、そのための重要なツールだと言えます。話し手は質問に答える中で、自分の考えや感情を言語化し、整理していくことができるのです。
アクティブ・リスニングは、内発的動機づけの一種だと考えられています。内発的動機づけとは、外部からの刺激や報酬ではなく、本人の内面から湧き上がってくる動機のことを指します。アクティブ・リスニングでは、話し手自身が自発的に「気づく」ことを重視するため、この内発的動機づけに分類されるわけです。話し手は自分の内面と向き合い、自ら行動を起こしたいという意欲を高めていくことができます。
一方で、外発的動機づけは、外部の環境を変化させることで人の行動を変えようとするアプローチです。報酬を与えたり、ペナルティを課したりすることで、特定の行動を促したり抑制したりするのが外発的動機づけだと言えます。アクティブ・リスニングが目指すのは、このような外的な刺激ではなく、話し手の内発的な動機を引き出すことなのです。
内発的動機づけと外発的動機づけには、それぞれ一長一短があります。外発的動機づけは比較的短期間で効果が現れやすい反面、長続きしにくいというデメリットがあります。環境が変われば、人の行動も変わってしまうことが多いのです。他方、内発的動機づけは行動変容に時間がかかる場合が多いものの、一度動機づけられるとその効果が持続しやすいというメリットがあります。自分自身で納得して行動を起こすため、その行動が習慣化しやすいのです。つまり、状況に応じて、この二つの動機づけを使い分けることが肝要だと言えます。短期的な行動変容を促したければ外発的動機づけを、長期的な成長を目指すなら内発的動機づけを重視する、といった具合です。
アクティブ・リスニングについて学ぶ際には、「積極的傾聴」という言葉の持つニュアンスに注意が必要です。日本語の「積極的」という言葉からは、単に一生懸命聞くことを想像しがちですが、アクティブ・リスニングの本来の意味は、もっと能動的に関わることにあります。英語の "active" という言葉は「能動的」というニュアンスが強いため、日本語訳としては「能動的傾聴」とした方が適切かもしれません。つまり、ただ熱心に耳を傾けるだけでなく、質問や明確化、リフレクションなどを通して、話し手の内面に積極的に関与していくことが求められるのです。
以上のように、アクティブ・リスニングは話し手の内面に働きかけ、自発的な気づきを促すための有効な技法だと言えます。表面的な発言の背後にある真意を汲み取り、適切な質問を投げかけることで、話し手は自身の内面と向き合い、これまで気づかなかった思いや感情、考え方に気づくことができるのです。内発的動機づけのアプローチの一つとして、状況に応じてアクティブ・リスニングを活用していくことが望ましいでしょう。それは、話し手の自己理解を深め、主体的な行動変容を促す上で、非常に有効な手立てとなるはずです。
ただし、アクティブ・リスニングを実践するためには、聞き手に高度なスキルが求められることも事実です。話し手の発言内容を正確に理解し、適切なタイミングで質問したり、要約したりすることは容易ではありません。また、話し手の感情に共感しつつも、自分の意見は差し挟まないようにするのも、相当な訓練が必要でしょう。アクティブ・リスニングを習得するためには、継続的な学習と実践を積み重ねていくことが不可欠なのです。
加えて、アクティブ・リスニングが万能ではないことも理解しておく必要があります。話し手の性格や置かれた状況、抱えている問題の性質などによっては、アクティブ・リスニングが逆効果になってしまう可能性もあります。例えば、話し手が極度に防衛的であったり、聞き手に対して強い不信感を抱いていたりする場合、質問されることを脅威に感じ、かえって心を閉ざしてしまうかもしれません。また、話し手が深刻な精神的問題を抱えている場合、専門的なカウンセリングが必要になることもあるでしょう。アクティブ・リスニングはあくまでも対人コミュニケーションの一技法であり、状況に応じて柔軟に使い分けていく必要があるのです。
とはいえ、日常の様々な場面で、アクティブ・リスニングの考え方を取り入れることは、非常に有意義だと言えます。ビジネスの場では、上司が部下の話を能動的に聞くことで、部下の能力を最大限に引き出し、組織の生産性を高めることができるでしょう。教育の現場では、教師が児童・生徒に寄り添い、その内面を理解しようと努めることで、児童・生徒の主体的な学びを促進できるはずです。そして、私的な人間関係においても、アクティブ・リスニングを心がけることで、相手との信頼関係を深め、お互いの理解を促進することができるに違いありません。
アクティブ・リスニングは、聞き手に一定の労力を要求する技法ではありますが、その効果は計り知れません。相手の話に耳を傾け、その内面を理解しようと努めることは、人と人とのつながりを深め、互いの成長を促す上で、非常に重要な営みなのです。アクティブ・リスニングの考え方を広く社会に浸透させていくことで、より豊かなコミュニケーションが生まれ、人々の相互理解が進んでいくことでしょう。
リアルなビジネスシーンを写真風に描いたもので、上司と部下がアクティブ・リスニングを実践している様子を捉えています。上司はノートを持ち、真剣に部下の話を聞いています。自然光が差し込む会議室の中で、温かくプロフェッショナルな雰囲気が表現されています。このようなシチュエーションは、効果的なコミュニケーションの重要性を強調しています。
リーダー・エフェクティブ・トレーニング(L.E.T.)関連の記事も是非ご確認ください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?