
【論文】対人関係とリーダーシップの相互作用:理論から実践への架け橋ーDe Vries, R.E.氏の論文から
以下論文を拝読しました。この論文では、リーダーシップのスタイルと、リーダーの人格特性との間に存在する複雑で深層的な関係を掘り下げています。
De Vries, R.E. (2008). What are we measuring? Convergence of leadership with interpersonal and non-interpersonal personality. Leadership, 4(4), 403-417.
De Vries, R.E.(2008)。「私たちは何を測定しているのか?リーダーシップと対人および非対人パーソナリティの収束について」。Leadership, 4(4), 403-417.
従来、リーダーシップは、他者に影響を与え、集団や組織を共通の目標達成に導く能力として定義されてきました。
しかし、この研究は、リーダーシップのスタイルを単なる行動のパターンとして捉えるのではなく、リーダーの根底にある人格、特に社会的な相互作用に影響を与える人格の側面と密接に結びついているという視点から、その関係性を詳細に分析しています。
リーダーシップは、その本質的な定義において、対人関係的な影響力という側面が強調されていることから、リーダーの人格、特に社会的な相互作用に関連する側面が、リーダーシップのスタイルに大きな影響を与えているのではないか、という仮説のもと、研究が進められました。この仮説を検証するために、様々なリーダーシップスタイルと、リーダーの性格特性を測定し、その関連性を多角的に分析しています。
研究の枠組みと分析対象:リーダーシップスタイルと人格の多角的測定
研究では、リーダーシップのスタイルを多角的に測定するために、複数のリーダーシップ理論に基づいた、多様なリーダーシップスタイルを分析対象としています。具体的には、カリスマ的なリーダーシップ、トランザクショナル・リーダーシップ、受動的なリーダーシップ、配慮、構造の初期化という、代表的なリーダーシップスタイルを測定しました。これらの測定と併せて、リーダーの人格特性を把握するために、HEXACO人格モデルという、現代的な人格理論に基づいたモデルを使用しています。
HEXACOモデルは、正直さ・謙虚さ、感情性、外向性、協調性、誠実性、開放性という、6つの主要な人格特性を測定することができます。さらに、対人関係の行動を測定するために、対人関係円環モデルという、円形のパターンで対人関係行動を分類するモデルを使用しています。対人関係円環モデルは、支配性(自己主張の強さ)と親和性(他者への配慮の度合い)という2つの軸で、対人関係の行動を分類し、他者との相互作用における行動パターンを把握することができます。これらの、リーダーシップスタイル、人格特性、対人関係行動の3つの側面を測定し、それぞれの関連性を分析することにより、リーダーシップスタイルと人格との間の複雑な関係を解明することを目指しています。
研究結果:対人関係的人格とカリスマ的、配慮型リーダーシップの密接な関係
研究の結果、カリスマ的なリーダーシップと、リーダーシップにおける配慮という2つのリーダーシップスタイルが、対人関係的な人格と非常に強い関連を持つことが明らかになりました。これらのリーダーシップスタイルは、対人関係円環モデルにおいて、特に「温かくて好感の持てる」領域に関連が深く、リーダーが周囲の人々と良好な関係を築く能力、共感性、他者への配慮といった特性が、これらのリーダーシップスタイルを形成する上で重要な役割を果たしていることが示唆されました。
さらに、HEXACOモデルを用いた詳細な分析の結果、カリスマ的なリーダーは、外向性が高く、誠実で協調的、開放的であり、正直さ・謙虚さも持ち合わせている一方で、感情的な側面は低いという特徴があることが示されました。これは、カリスマ的なリーダーは、高いコミュニケーション能力と誠実な人柄で周囲を魅了し、斬新なアイデアで人々を刺激する一方で、感情的な動揺が少なく、冷静に判断を下せるタイプであることを示唆しています。
また、配慮を示すリーダーは、協調性が高く、外向的で、誠実、正直さ・謙虚さも兼ね備えていることに加えて、感情的な側面も高いという特徴があることが明らかになりました。これは、配慮型のリーダーは、他者への共感性が高く、周囲の感情に敏感であり、温かい人柄で人々を惹きつけ、支持を集めるタイプであることを示唆しています。
研究結果:対人関係的要素の低い、トランザクショナル、受動的、タスク指向リーダーシップ
一方、トランザクショナル・リーダーシップ、受動的なリーダーシップ、タスク指向のリーダーシップは、対人関係的な人格とは、あまり強く関連していないことがわかりました。トランザクショナル・リーダーシップは、目標達成と報酬を重視するリーダーシップスタイルであり、受動的なリーダーシップは、問題や紛争を避ける傾向があるリーダーシップスタイルです。これらのスタイルは、対人関係よりも、タスクの遂行や組織のルールに重点を置いているため、人格の対人関係的な側面との関連が弱いと考えられます。
分析の結果、トランザクショナル・リーダーシップは誠実さと関連があることが判明しましたが、受動的なリーダーシップは誠実さと負の相関を示すことがわかりました。これは、トランザクショナルなリーダーは、ルールや組織の規律を重視し、誠実な態度で職務を遂行する傾向がある一方で、受動的なリーダーは、責任を回避し、不誠実な行動を取る傾向があることを示唆しています。
さらに、構造の初期化を重視するリーダーシップスタイルは、誠実さとは正の関連を持つ一方で、協調性とは負の関連があることが示されました。これは、構造の初期化を重視するリーダーは、組織の目標達成のために、ルールやプロセスを厳格に遵守する一方で、周囲の意見に耳を傾けず、協調性に欠ける可能性があることを示唆しています。
考察:リーダーシップスタイルと人格の密接な一致
この研究の最も重要な結論の一つは、カリスマ的なリーダーシップと、リーダーシップにおける配慮という2つのリーダーシップスタイルが、リーダーの根底にある人格特性とほぼ完全に一致しており、これらのスタイルが実際には人格を測定している可能性が高いということです。
このことは、これらのリーダーシップスタイルが、単なる行動の組み合わせではなく、リーダーの人格的な側面から生じていることを意味しています。また、この結果は、リーダーシップの評価を行う際に、人格評価を考慮に入れるべきであることを示唆しています。
これまで、リーダーシップの評価は、リーダーの行動や業績に重点が置かれていましたが、この研究では、リーダーの根底にある人格特性が、そのリーダーシップスタイルを強く規定している可能性を示唆しているため、人格評価をリーダーシップ評価と併せて行うことで、リーダーシップの可能性をより総合的に評価できるようになるでしょう。
実践的な意義:リーダーシップ評価と人材育成への応用
さらに、この研究は、リーダーシップの評価において、人格を測定することで、リーダーの強みや弱みをより詳細に把握できる可能性を示唆しています。たとえば、カリスマ的なリーダーは、対人関係的な側面が強い一方で、感情的な側面が低いことから、時に冷酷に見えてしまう可能性があります。
また、配慮を示すリーダーは、対人関係的な側面が強い一方で、感情的な側面も高いことから、時に優柔不断に見えてしまう可能性があります。人格評価は、これらの弱点を特定し、リーダーシップ開発のための具体的な目標を立てるのに役立つと考えられます。この研究結果を踏まえ、企業の人材育成プログラムやリーダーシップ開発プログラムにおいて、リーダーシップ評価に人格評価を組み合わせることで、より効果的なリーダーシップ開発が可能になるでしょう。
リーダーシップ概念の再検討:管理とリーダーシップの区別
最後に、この論文は、リーダーシップのスタイルを「管理」の側面と「リーダーシップ」の側面から区別することを提案しています。この区別によれば、トランザクショナル・リーダーシップや構造の初期化などのスタイルは、どちらかといえば「管理」に焦点を当てており、リーダーのタスク遂行能力や組織運営能力を測定している可能性があると指摘しています。
一方、カリスマ的なリーダーシップや配慮は、「リーダーシップ」に焦点を当てており、リーダーが他者に影響を与え、組織を目標達成に導く能力を測定している可能性があると指摘しています。この区別は、リーダーシップの概念をより明確に理解する上で役立ち、今後のリーダーシップ研究の方向性を示すものと考えられます。この視点を取り入れることで、組織は、より適切なリーダーを選抜し、より効果的なリーダーシップ開発戦略を策定することができるでしょう。
まとめ:リーダーシップと人格の統合的理解
総じて、この研究は、リーダーシップと人格との間の強い結びつきを明らかにし、リーダーシップの評価と開発において、人格評価を考慮に入れることの重要性を示唆しています。
また、リーダーシップのスタイルをより深く理解するための新たな視点を提供し、今後のリーダーシップ研究の発展に貢献するものと言えるでしょう。この研究は、リーダーシップが単なるスキルや行動の集合ではなく、人格というより根深い要素に影響されているということを示唆することで、リーダーシップの理解を一段階深め、より効果的なリーダーシップ開発に貢献するものと期待されます。
人事の視点から見たリーダーシップと人格:戦略的な人材マネジメントへの応用
この論文を詳細に読み解くと、リーダーシップのスタイルとリーダーの人格特性との間にある密接な関係が、組織の人材マネジメント戦略を根本的に変革する可能性を秘めていると感じます。
この研究は、単にリーダーシップの理解を深めるだけでなく、採用、育成、評価、配置という、人事機能の核となる領域において、より効果的かつ戦略的な意思決定を行うための具体的な指針を提供してくれます。この視点から、組織がより競争力を高め、持続的な成長を遂げるための人材マネジメントのあり方を、いくつかの観点で考察してみます。
採用戦略:人格特性を重視したリーダー候補の選抜プロセスの再構築
採用活動において、この研究は、従来重視されてきたスキルや経験だけでなく、応募者の人格特性が、リーダーシップスタイルを大きく左右するという重要な事実を明らかにしています。
例えば、組織が求めるリーダーシップ像が、高いカリスマ性と他者への配慮を兼ね備えている場合、採用担当者は、単に過去のリーダーシップ経験や業績だけでなく、応募者の人格特性にも目を向ける必要があります。具体的には、HEXACOモデルで測定される外向性、協調性、誠実性、開放性、正直さ・謙虚さ、そして感情性の側面を評価することが、組織文化に適合し、効果的なリーダーシップを発揮できる人材を選抜するための鍵となります。
これまでの採用選考プロセスは、履歴書や職務経歴書に基づく書類選考と、面接における質疑応答が中心でした。しかし、この研究結果を踏まえれば、採用選考プロセスに、信頼性の高い人格アセスメントツールを導入することが不可欠です。これにより、面接だけでは見抜けない応募者の根底にある人格特性を、客観的に評価することが可能になります。
また、面接においても、行動面接のような手法を取り入れ、過去の具体的な行動事例を通して、応募者の人格特性や行動パターンをより深く理解する必要があります。さらに、チームワークや協調性を重視する職種においては、グループ面接やロールプレイング形式の選考を取り入れることで、応募者の対人関係スキルや協調性を評価することも有効です。
人材育成戦略:個別最適化されたリーダーシップ開発プログラムの構築
人材育成においては、この研究は、リーダーシップ開発を画一的な研修プログラムではなく、個々人の人格特性や潜在的なリーダーシップスタイルに合わせた、個別最適化されたアプローチで行うべきだと示唆しています。リーダーシップ研修は、一般的に、リーダーシップ理論の解説や、コミュニケーションスキル、問題解決能力などのトレーニングが中心ですが、この研究結果を踏まえれば、個々人の人格特性を踏まえた上で、より具体的かつ実践的な育成プログラムを策定する必要があります。
例えば、カリスマ的なリーダーシップを伸ばしたい人材には、ビジョン形成能力や戦略的思考力を高めるトレーニングに加え、自己表現力やプレゼンテーションスキルを強化するトレーニングが有効でしょう。また、配慮型のリーダーシップを伸ばしたい人材には、傾聴力、共感力、フィードバックスキルを高めるトレーニングが効果的です。一方、トランザクショナルなリーダーシップを伸ばしたい人材には、目標設定、計画立案、進捗管理に関するトレーニングが適切でしょう。さらに、構造の初期化を重視するリーダーには、組織運営、意思決定、リスク管理に関するトレーニングが役立ちます。
このように、個々人の人格特性や潜在的なリーダーシップスタイルを特定し、その特性を最大限に活かす育成計画を策定することが、リーダーシップ開発の効果を最大化する上で不可欠です。また、定期的なフォローアップやメンタリングを通じて、育成プログラムの効果を検証し、個々のニーズに合わせて柔軟にプログラムを調整していくことも重要です。
評価戦略:多角的かつ継続的なリーダーシップ評価システムの確立
リーダーシップ評価においては、この研究が強調するように、単に業績や行動だけでなく、リーダーの人格的な側面を包括的に評価することが不可欠です。従来の評価システムは、上司による評価に偏っている傾向がありますが、この研究結果を踏まえれば、部下からのフィードバック、同僚からの評価、自己評価など、多角的な視点を取り入れた多面的評価を導入することが推奨されます。多面的評価は、リーダー自身の盲点になりがちな行動や人格特性に関する情報を集めることで、リーダーシップ開発の課題を特定し、自己成長を促す効果が期待できます。
また、評価は、単に業績を評価するだけでなく、リーダーシップスタイルや人格特性が、組織の価値観や文化に適合しているかを評価することも重要です。例えば、高い目標達成能力を持つ一方で、部下とのコミュニケーションに課題があるリーダーは、組織全体のパフォーマンスを最大化できない可能性があります。このため、評価システムは、リーダーシップスタイルと人格特性を総合的に評価し、組織全体の目標達成に貢献できる人材を育成・配置することを目的とすべきです。さらに、評価は一度きりではなく、定期的に実施し、評価結果をフィードバックすることで、リーダーシップ開発を継続的に支援していくことが重要です。
配置戦略:組織戦略とリーダーシップスタイルの整合性を重視した適材適所の人材配置
組織内での人材配置においては、この研究が示すように、リーダーシップスタイルと組織のニーズとの適合性を考慮することが不可欠です。例えば、変革期にある組織や、新規事業開発チームには、高いカリスマ性を持つリーダーが適しているかもしれません。一方、既存事業の安定的な運営を重視する部署や、リスク管理が重要な部署には、トランザクショナルなリーダーシップを発揮できる人材が適しているかもしれません。また、創造性を重視する部署には、配慮型で多様な意見を受け入れられるリーダーが適しているかもしれません。
このように、組織の戦略目標や部署の特性に合わせて、最適なリーダーシップスタイルを持つ人材を配置することで、組織全体のパフォーマンスを最大化することができます。配置においては、リーダーのスキルや経験だけでなく、人格特性も考慮に入れることで、より効果的な人材配置が可能になるでしょう。また、リーダーのキャリア目標や個人の強み、弱みを理解し、適材適所の人材配置を行うことで、リーダー自身のモチベーションを高め、組織への貢献意欲を向上させることができます。
人事戦略全体への影響:リーダーシップ開発の最適化と組織文化の醸成
この研究は、人事機能のあらゆる領域において、リーダーシップ開発をより戦略的に行うための、重要なフレームワークを提供してくれます。人事担当者は、この研究結果を単なる理論としてではなく、実践に繋げるための具体的なアクションを起こす必要があります。採用、育成、評価、配置の各プロセスにおいて、人格特性を考慮することで、より優秀なリーダーを育成し、組織全体のパフォーマンスを向上させることが可能になります。
さらに、この研究は、組織文化の醸成にも重要な示唆を与えてくれます。組織が目指すリーダーシップ像や、大切にしたい価値観を明確にし、それに基づいて人事戦略を策定することで、組織文化をより強化することができます。例えば、チームワークと協調性を重視する組織文化を醸成したいのであれば、配慮型のリーダーシップを発揮できる人材を積極的に育成し、評価システムにおいても、チームワークや協調性を重視する姿勢を評価する必要があります。このように、人事戦略と組織文化を整合させることで、より一体感のある組織を構築することができます。
人事担当者はどうすべきか:研究結果を実践に結びつけるために
この研究結果を組織の人材マネジメント戦略に具体的に落とし込むために、人事としても、以下の点を実践していくことが考えられます。
最新の科学的知見に基づいた人格評価ツールを導入する
HEXACOモデルのような、信頼性と妥当性が検証された人格評価ツールを導入し、採用選考や人材育成、キャリア開発において活用する。リーダーシップ開発プログラムをパーソナライズ化する
画一的な研修プログラムではなく、個々人の人格特性や潜在的なリーダーシップスタイルに合わせてカスタマイズされた、パーソナライズ化された育成計画を策定する。360度評価や行動観察を組み込んだ、多面的な評価システムを構築する
リーダーシップの多面性を評価するために、上司だけでなく、部下、同僚、顧客からのフィードバックを収集する多面的な評価システムを構築する。組織の戦略目標とリーダーシップスタイルとの整合性を確認する
組織の戦略目標や価値観を明確にし、それに合致したリーダーシップスタイルを持つ人材を配置することで、組織全体のパフォーマンスを最大化する。データに基づいた人事戦略を実践する
人格評価データやリーダーシップ評価データに基づき、人事戦略の進捗状況を定期的に評価し、必要に応じて改善策を講じることで、効果的な人材マネジメントを実現する。人事担当者の専門性を高める
人格心理学やリーダーシップ理論に関する最新の知見を習得し、専門性を高めることで、組織の人材マネジメントをより効果的に推進する。リーダーシップ開発を組織文化として定着させる
リーダーシップ開発を単なる研修イベントではなく、組織文化として定着させることで、持続的な成長を可能にする。
人事としても、この研究結果を積極的に活用することで、組織全体のリーダーシップ力を高め、持続的な成長と競争優位性を確保することができます。この研究は、現代の複雑な組織環境において、人事担当者がより戦略的かつ効果的な人材マネジメントを実践するための、重要な道標となるでしょう。

リーダーシップの多様性と人格の相互関連性を視覚的に表現しています。中心に配置されたHEXACOモデルは、人格の6つの側面を象徴しており、それぞれのリーダーシップスタイルが円状に配されています。柔らかい色調と調和のとれたレイアウトが、リーダーシップの多様性と一体感を演出しています。