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【書籍】祖父からの教え:業即信仰と米倉満氏の理容哲学
『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』(致知出版社、2022年)のp78「2月19日:業即信仰(米倉 満 理容 「米倉」社長)」を取り上げたいと思います。
米倉理容の社長である米倉満氏は、まだ理容師としてのキャリアをスタートさせたばかりの頃、祖父に連れられて熊本県阿蘇で開催された松下電器(現パナソニック)の代理店大会に参加する機会を得ました。大会自体は賑やかで、代理店同士の情報交換や新製品の紹介などで活気に満ちていましたが、米倉氏にとって最も印象深かったのは、その夜、宿泊先の静かな部屋で祖父から聞かされた話でした。
祖父は、信仰心の厚い母親の影響で、幼い頃から毎月18日には観音様にお参りに行くことを習慣としていました。しかし、ある朝、うっかり寝坊してしまい、慌ててお参りを済ませたものの、店の開店時間に間に合いませんでした。焦る気持ちで店を開けると、そこには既に松竹の大谷竹次郎氏が客として待っていました。後日、改めて来店した大谷氏は、開口一番「君は何か自信をなくしたことでもあるのか」と尋ねました。驚いた祖父が理由を尋ねると、大谷氏は観音様にお参りに行くこと自体は良いが、開店時間中に店を閉めて客を待たせるのは本末転倒ではないか、と諭したのです。そして最後に、「客商売は、客が店の信者なのだ」という言葉を残しました。
この言葉は、若き日の祖父の心に深く突き刺さりました。客をないがしろにして自分だけのご利益を求めても意味がない。真の信仰とは、自分の仕事に真摯に向き合い、客に最高のサービスを提供することなのだ。この経験から、祖父は「業即信仰」という言葉を自身の信条としました。それは、理容という仕事に全身全霊で打ち込むことこそが、自分自身を高め、社会に貢献する道であるという信念でした。
祖父は、技術の向上だけでなく、人間としての成長も重要視していました。読書や芸術鑑賞などを通して教養を深め、常に謙虚な姿勢で客と接することを心がけていました。また、「毎日が開業日」という言葉を口癖のように繰り返し、常に初心を忘れず、新たな気持ちで仕事に取り組むことの大切さを説いていました。
また祖父は、日頃から「毎日が開業日」と口癖のように言っていたことを思い出します。店というのは古くなると惰性に流れだらしなくなるから、毎日が開業日のように新鮮な気持ちで場を清めれば、自然と仕事に励む気分が湧き上がってくるというのです。
米倉氏は、祖父の教えを深く心に刻み、40年間にわたって理容師としての道を歩んできました。その間、技術を磨き、人間性を高める努力を怠りませんでした。そして、祖父の言葉通り、仕事に打ち込む中で、自分自身も成長し、多くのお客様に喜びと満足を提供できたことを実感しています。
米倉氏は、これからも「業即信仰」の精神を忘れず、理容師としての道を究めていく決意を新たにしています。それは、単に髪を切るだけでなく、お客様の心にも癒しを提供できる、真のプロフェッショナルを目指すという決意です。祖父の教えは、米倉氏にとって、生涯を通じての道しるべとなるでしょう。
理容「米倉」は四年前に創業九十周年を迎え、その間祖父の業に対する信仰心の如き思いは父、叔父を経て四代目である私へと受け継がれてきました。業を高めることが、そのまま自己を高めることになる――。これが理容師として、四十年間歩み続けてきた私の実感です。業即信仰という祖父の祈るような仕事に対する姿勢を胸に、理容師として生涯を全うできるようこれからも一途に歩み続けたいと思います。
人事の視点から考えること
この事例は、人事の視点から見ても非常に興味深いものです。特に、「業即信仰」という考え方は、企業の成長と従業員の働きがいの両方を促進する上で、重要な示唆を与えてくれます。いくつか、事例をもって取り上げてみたいと思います。
まず、採用においては、「業即信仰」の考え方に共感する人材を採用することで、企業文化への適合度を高め、定着率の向上に繋げることが期待できます。また、研修プログラムにこの考え方を組み込むことで、従業員が仕事への誇りや責任感を持ち、技術向上だけでなく人間的な成長も促すことができます。評価制度においても、技術的なスキルだけでなく、顧客とのコミュニケーション能力やホスピタリティ、自己研鑽の姿勢なども評価項目に含めることで、「業即信仰」の精神を体現する従業員を正当に評価し、モチベーション向上に繋げることができます。
さらに、従業員のモチベーションやエンゲージメントを高める上でも有効です。仕事が単なる収入を得る手段ではなく、自己成長や社会貢献に繋がるという認識を持つことで、従業員の働きがいを高めることができます。また、共通の価値観を持つ仲間と働くことで、企業への帰属意識を高め、チームワークの向上にも繋がります。
リーダーシップの観点からも重要な示唆を与えてくれます。米倉氏の祖父のように、リーダーが率先してこの精神を体現することで、従業員にとっての模範となり、組織全体の士気を高めることができます。
企業文化の醸成においても重要な役割を果たします。社内報やミーティングなどでこの考え方を共有し、従業員同士が互いに刺激し合い、高め合う文化を醸成することができます。これにより、顧客満足度が向上し、企業の評判向上にも繋がります。
このように、「業即信仰」の考え方は、人事の視点から見ると、採用、育成、評価、モチベーション、エンゲージメント、企業文化など、多岐にわたる側面に良い影響を与える可能性があります。米倉理容の事例は、他の企業にとっても、従業員の働きがいや企業の成長を促進するための貴重な教訓となるでしょう。
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祖父からの教えを受ける米倉満氏の若き日の姿(イメージ)です。静かな夜、星空の下、伝統的な和室で真剣に話を聞く姿が印象的です。この瞬間が、米倉氏の「業即信仰」という信念の原点であり、その後の人生に大きな影響を与えたことを象徴しています。
1日1話、「生き方」のバイブルとなるような滋味に富む感動実話を中心に365篇収録されています。素晴らしい書籍です。