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【書籍】人事変革の実践羅針盤:個と組織の共進化を導く全方位的アプローチー高倉千春氏

 高倉千春著『人事変革ストーリー』(光文社、2023年)を拝読しました。   
 本書は、自身の長年にわたるキャリアを振り返りながら、激変する社会において個人と組織が共に発展するための「人事変革」の必要性と具体的な方法論を提示しています。
 高倉氏は、公務員からグローバル企業の重役まで、多岐にわたる経験を通じて、従来の日本型雇用制度の限界と、グローバル化の波、そして個人の多様性を尊重しながら組織を成長させることの難しさを痛感してきました。
 そこで、本書では、個人が主体的にキャリアを築き、組織がそれを支えることで共に進化していくという「共進化」の考え方を提唱し、人事の役割を根本的に問い直しています。
 私も長く人事領域にて活動をしていますが、新たな気づきが得られる一冊でした。その観点からも考察を深めてみたいと思います。

はじめに:多様なキャリアパスと変革への強い動機

 高倉氏のキャリアは、公務員として農林水産省に入省したことに始まり、MBAを取得するためのアメリカ留学、戦略コンサルタントとしての経験、そして、ファイザー、ベクトン・ディッキンソン、ノバルティスファーマといった外資系大手企業での人事責任者としての経験、さらには、味の素やロート製薬といった日本を代表する企業での人事戦略を担うリーダーとしての経験と、非常に多岐にわたります。

 これらの多様な経験を通じて、旧態依然とした日本型雇用制度の限界、グローバル化の波、そして、個人の多様性と組織の成長を両立させることの難しさを痛感してきた高倉氏は、現代社会における人事の役割を問い直し、個人が主体的にキャリアを築き、組織がそれを支えることで、共に成長していく「共進化」の時代を築きたいという強い思いを抱くようになりました。

 特に、「適所適財」というキーワードは、従来の「適材適所」という考え方を根本的に見直し、戦略的に必要なポジションに最適な人材を配置する「動的な人材マネジメント」への転換を促す、本書の重要なテーマとなっています。

序章:変化する人事の役割と課題

 現代企業が直面する人事領域の課題を浮き彫りにし、企業が従業員をどのように捉えるべきか、そして、そのためにどのような取り組みが必要なのかを示唆しています。

 経済産業省の「人材版伊藤レポート」を引用し、企業価値の中心が人的資本へと移行していることを指摘した上で、過去の人材の捉え方を振り返り、従業員を「コスト」として捉える時代から、「資産」、そして「資本」として捉え、動的な人材マネジメントを重視する時代への変遷を解説します。

 さらに、欧米企業と日本企業の人材投資額の国際比較を示し、日本企業の遅れを指摘するとともに、人的資本には「ココロ」があることを強調し、従業員エンゲージメントの重要性を説いています。日本人のエンゲージメントが低い現状をデータで示し、その原因を「組織へのエンゲージメント」と「仕事へのエンゲージメント」の乖離に求め、持続可能なエンゲージメントと従業員経験価値の向上を提唱します。

 また、パーパス経営の浸透と、複業・兼業の解禁・奨励といった新しい働き方の必要性について言及。SDGsネイティブのZ世代が、企業のサステナビリティ経営に関心を持っていることを示唆し、採用活動における企業のパーパスと従業員のパーパスのすり合わせの重要性を指摘します。

 最後に、ジョブ型雇用の導入だけでなく、新たなジョブ創出の必要性を強調し、人的資本に関するストーリーを投資家に語れるかどうかが重要になっていると述べ、人的資本経営が流行語で終わらないために、社員のウェルビーイング(心身ともに満たされた状態)を重視した経営の重要性を強調しています。

第1章:霞が関からMBA、そしてコンサルタントへ:女性のキャリア形成

 高倉氏自身のキャリアの出発点となる、大学院進学の挫折から公務員への道、そして、MBA取得に至るまでの経緯が語られます。大学時代に抱いた国際的な視野への憧れや、国際関係論への興味が、その後のキャリア形成にどのように影響したかを説明しています。

 農林水産省での勤務を通じた、国際交渉の現場での経験や、自身のキャリアについて深く考えるようになった経緯を描いています。日米交渉の舞台裏で感じた、アメリカと日本の交渉団の違いや、世界がビジネスによってダイナミックに動いているという視点を獲得した過程を詳細に記述。

 ハーバード・ビジネススクールを卒業した女性起業家の著書に感銘を受け、留学を志す過程が綴られます。フルブライト奨学金制度を利用し、アメリカ留学のチャンスを掴むために、上司の推薦が必要となる中、当時の上司からの温かい言葉と応援が、著者にとって大きな励みとなったエピソードを紹介します。ビジネススクールでの学びや、異文化の中でサバイブする術を身につけた経験、組織開発やビジネス倫理の授業に触れ、自身の興味や関心に新たな発見があったこと、成績評価を左右するディスカッションへの参加、インド人留学生との協力関係など、異文化の中でサバイブするために自ら行動したエピソードを具体的に紹介します。

 MBA取得後、三和総合研究所で日本企業の国際化を支援するコンサルティングを手掛けた経験、インドネシアでの市場調査やODAに関するフィールド調査で経験した途上国の現実と問題点を述べ、専門性を磨くために外資系コンサルタント会社であるジェミニ・コンサルティング・ジャパンへ転職した経緯、同社で経験したアベグレン氏との交流や、理念やビジョンを掲げる経営の重要性を学んだエピソードについて紹介します。

 最後に、外資系製薬会社の経営改革に携わる中で、企業人事という新たな道への第一歩を踏み出した経緯について、外資系製薬会社が抱えていた、日本的経営と欧米流経営の矛盾点について、コンサルタントとして関わる中で直面した課題、深夜まで及ぶハードなコンサルティング業務の中で妊娠・出産を経験。仕事と育児の両立に葛藤する中で、ファイザーからオファーを受け、企業人事の世界へと飛び込むことを決意した経緯を述べています。

第2章:グローバルHRプロフェッショナルへの道:外資系企業での人事経験

 高倉氏がファイザー、ベクトン・ディッキンソン、ノバルティスという外資系企業で、人事として活躍した経験が詳細に語られます。

 ファイザーでの人事制度改革、ジョブ型の導入、ローパフォーマー対策、人材育成制度の構築、グローバル戦略に基づいた人事施策などについて詳細に説明し、欧米企業の「タレント」に対する考え方、聖書のたとえ話を引用しながら、常に高いパフォーマンスが求められる背景を解説します。本社の営業戦略を人事として遂行したエピソードとして、2400人規模の社員旅行を企画した事例を紹介し、「ナンバーワンを超える」という経営理念や「確率60%なら前進せよ」という意思決定の重要性について語り、M&Aにおける人材面での課題と、企業の株主資本主義に戸惑いを感じた経験を振り返っています。ベクトン・ディッキンソンでの事業部強化、本社幹部が関与する人材育成、M&Aにおける労働組合との交渉など、人事の現場で直面した具体的な事例を紹介。

 ノバルティスファーマでの、グローバルチームの一員としての経験や、グローバル人事戦略の展開について、本社と現地法人が連携し、組織開発やタレントマネジメントを推進していく中で、グローバルチームのメンバーとの交流や意見交換の重要性、新薬上市に備えた新組織の立ち上げ、グローバル展開するサクセッションプラン(後継者育成計画)の策定、社員のエンゲージメント向上のための組織風土改善について語ります。最後に、筑波研究所の閉鎖を経験し、外資系企業での経験を活かして日本企業のグローバル化に貢献したいという思いを抱いた経緯を紹介、日本の製薬業界が海外企業から見放され始めた現実を目の当たりにし、日本のグローバル競争力の低下を憂い、自身のキャリアを再考した経緯を述べています。

第3章:適材適所から適所適財へ:日本企業のグローバル人事制度改革

 高倉氏が味の素に入社し、グローバル人事制度改革に挑んだ経験について語られます。創業当初から海外展開に積極的だった味の素における、グローバル人事制度導入の必要性と、社内の抵抗勢力に対する粘り強い説得活動を詳述。「総論賛成・各論反対」という社内の空気や、日本人男性中心主義からの脱却の必要性を述べ、従来の「適材適所」から、将来の事業ポートフォリオをにらみ、戦略上必要なポジションに最適な人材を配置するという「適所適財」へのパラダイムシフトを提唱し、新しいグローバル人材マネジメント・プラットフォームの構築について説明します。ポジションマネジメントとタレントマネジメントの両輪の重要性、グローバル・キー・ポジションの定義、ジョブディスクリプションの作成について詳細に解説しています。「椅子のサイズ」をオープンにすることの意義や、リーダーシップ要件を定義する過程について説明し、優秀な人材は全社のアセットという考え方、最先端のリーダー育成研修の実施について触れています。

 企業理念であるASV(Ajinomoto Group Shared Value)を社員に「自分ごと化」してもらうための取り組み、ベトナム法人における学校給食プロジェクトでの成功事例を紹介し、ASVの実践と社員のエンゲージメント向上との関係性、グローバル基準を目指した働き方改革と、海外からの人材受け入れについて説明。「出島」構想に対する反論と、海士町の地方創生からヒントを得て、企業が内発的に成長するためのヒント、「未来への教室」の事例を引用し、社内の若手人材の自律的な活動を促すことの重要性を示唆しています。

第4章:ジョブ創出型企業の挑戦:プロの仕事人のウェルビーイング向上を目指して

 高倉氏がロート製薬で取締役CHRO(最高人事責任者)を務めた経験から、成長を続ける企業の特徴と、社員のウェルビーイングを重視した経営のあり方について考察します。

 社員を「プロの仕事人」と捉え、自律的な成長を支援する組織文化、複業・兼業を解禁・奨励する「社外チャレンジワーク」と「社内ダブルジョブ」という独自の制度、その意義や効果について説明しています。

 採用時に会社と個人のパーパスをすり合わせることの重要性を説き、ロート製薬の採用活動の事例を紹介。キャリア採用と高度専門人材確保の取り組みとして、アラムナイネットワークを活用したカムバック入社やプロ契約社員制度について詳細に解説し、1600人の社員を「育む目」と「貫く目」で見ることの重要性、昇格は「学び続ける覚悟」と「挑戦する勇気」で決まるという考え方について述べています。目標達成度ではなく仕事の価値を評価する仕組み、社員のウェルビーイングを向上させるための取り組みについて、「WILL」「CAN」「NEED」の3つの要素から仕事の価値を捉え、それを数値化する「ロートバリューポイント(RVP)」という評価制度、ウェルビーイングの指標として、社員が自己採点する「Well-beingポイント(WBP)」を紹介し、社員の自己認識を促す重要性について言及しています。

 プロの仕事人の定義について、大谷翔平選手や、羽田空港の清掃員である新津春子さんの例を挙げ、どのような人が「プロの仕事人」なのかを考察、若手社員が考える「プロの仕事人」像を具体的に提示し、社内制度を社員と共に作っていくことの重要性を示し、社内クラウドファンディング制度「明日ニハ」を通じて、社員の自発的な起業を支援し、個人の成長と会社の成長を両立させる取り組みについて紹介しています。

第5章:組織変革への道のり:日本企業の特性を踏まえたアプローチとは

 高倉氏が外資系と日本企業の両方で人事の仕事に携わった経験を踏まえ、雇用に関する考え方、事業戦略、人財育成、組織風土など、両者の違いを明らかにします。欧米企業は雇用の安定よりも自社の成長を優先する傾向があること、事業構造の転換に積極的であること、ジョブ型雇用システムが労働市場の流動化を前提としている点を指摘し、日本企業がジョブ型を導入する際の課題について述べています。

 日本企業が持つ特性を再評価しつつ、その課題についても考察。日本企業の長期的視野での人材育成、人のネットワーク、組織への帰属意識、多様な経験という強みを挙げつつ、変化の激しい時代においてはこれらの特性がうまく生かされない可能性があることを指摘します。企業がその特性を活かしながら、競争力と社員のウェルビーイングをともに高める「トランスフォーメーション(メビウス運動)」の必要性を提唱し、インプットと行動の循環を生み出す学習の重要性、社外ネットワークの拡大、地下水脈(企業文化)の明文化、複業・兼業を通じた越境学習の必要性について語ります。

 組織開発の重要性を強調し、個人の主体的な行動を促す組織風土の醸成を提唱、組織の力は個人の力の足し算ではなく、チームワークによる相乗効果で生み出されると説明しています。エンゲージメントサーベイの結果を深掘りし、改善策を講じることが重要であると述べ、リーダー自身が内省を深めるために、360度評価を活用することの意義を述べています。

第6章:今後の人事はどうあるべきか:人的資本経営の実現に向けて

 これからの時代における人事の役割について、CHRO(最高人事責任者)の役割と責任を、従来のスーパー人事部長との違いを明確化して説明します。CHROは経営戦略上重要なアジェンダに関与し、CEOと人材戦略を策定・実行する役割を担うと説明し、CHROには、経営戦略と人材戦略を結びつける専門性が求められ、事業部門での経験や投資家との対話能力が必要だと述べています。

 継続性のマネジメントから戦略性のマネジメントへの移行を提唱し、ウォーターフォール型とアジャイル型の両方の要素を兼ね備える必要性を説いています。アジャイル型の人事チームでは、各メンバーがチーム視点、全員リーダー視点、動的視点を持つことが重要であることを示し、これからの人事リーダーや人事担当者に求められる能力やスキルとして、経営層と対話する力、多様な個に寄り添う力、パラドクス・ナビゲーターとしての能力、高度なコミュニケーション能力などを挙げ、経営者視点で全体を見渡しつつ、多様な個に寄り添うことの重要性を説明しています。CoE(Center of Excellence)とHRBP(HR Business Partner)の役割分担の必要性、人事リーダーに必要なマインド(Authentic, Fun, Forward, Potential)について述べ、心理学、哲学、文学など、ビジネス書以外の分野にも触れることで人間への関心を深めることの重要性を説いています。

 これからの時代における人事が担うべき役割を提示し、人事が持つべき視点として、マクロ(全体)とミクロ(個別)の両方の視点が必要であると述べています。人事の機能として、人事データ管理や書類作成などのサービス業務を外部委託することや、オーガニゼーション・デベロップメント(OD)のような専門部署を設置する必要性についても触れています。

終章:私の「転職論」

 終章では、高倉氏自身の経験を踏まえ、「転職論」が展開されます。転職が身近になった現代において、転職の成否は本人次第であり、企業側も受け入れる側の責任として転職者の力を最大限に引き出すための努力が必要であると述べています。

 転職者が陥りやすい落とし穴として、新たな職場では自分の過去は知られていないということ、自分も新たな職場のことをよく知らないということを自覚すべきだと説き、転職者は「新たな要素」として期待されるということを自覚し、前向きに変化に対応していく必要があると述べます。転職先で「評価」よりも「評判」を高めることを意識する必要性についても強調しています。転職を越境学習の機会として捉え、葛藤を乗り越えて自己成長につなげる方法を解説し、転職は「自分は何者か」を深く掘り下げる機会であり、個人のパーパスを再確認するプロセスだと説明しています。

 新たな職場で活躍するためには、チャレンジ意欲を高め、社会に提供できる価値を見極め、ビジネスを俯瞰する視点を持つことが重要であると述べています。

 また、越境学習は新しい形のリーダーシップを身につける第一歩になる可能性を示唆、コレクティブ・インパクトの概念を引用し、「グローバル思考のローカリスト」「清廉な策士」など、矛盾する要素を併せ持つリーダーの必要性について語り、最後に、個人の成長と組織の成長を同期させ、「滅私奉公」という古い価値観を乗り越え、多様な個と社会を結びつけることの重要性を説き、「前向きな自己否定」を通じて、既存の価値観から脱却し、新たな価値を創造していくことを提唱し、組織は個人の自律的な成長を促すとともに、変化の激しい時代において、個人と組織が共に成長し、進化していくことを期待して、本書を締めくくっています。

本書の核心と意義は何か

 本書は、変化の激しい現代において、人事の役割が単なる管理業務から、経営戦略の中核を担うパートナーへと進化する必要性を示唆し、その具体的な方法論を提示しています。高倉氏の豊富な経験と深い洞察に基づいた本書は、これからの時代の人事のあり方を示す羅針盤となり、人事担当者だけでなく、経営者やビジネスパーソンにとっても、自身のキャリアや組織のあり方を考える上で貴重な指針となるでしょう。特に、「適所適財」という考え方、個人のパーパスと企業のパーパスをすり合わせること、そして、複業や兼業を成長機会と捉える視点は、今後の人材マネジメントの重要なテーマとなるはずです。また、「前向きな自己否定」という言葉は、変化を恐れず挑戦を続けるための力強いメッセージとして、読者の心に響くものと思います。

人事の立場からの考察

 本書は、単なる人事論に留まらず、現代の企業が抱える根深い課題を浮き彫りにし、その解決に向けた具体的な道筋を示す、極めて実践的な内容が特徴です。特に、企業人事の立場から本書を考察すると、これまで人事部門が向き合ってきた課題の根源的な原因を改めて認識させられるとともに、今後の人事のあり方や組織の変革に向けて、どのような視点を持ち、どのように行動すべきかについて、具体的なヒントを得られます。いくつかの観点で考察してみます。

戦略人事への不可欠な転換

 人事部門が単なる管理部門としてではなく、経営戦略を理解し、その実現に向けて組織を牽引する存在へと転換する必要性を強く訴えかけています。これまでの人事部門は、採用、研修、評価など、個別の施策を実行する役割を担うことが多かったのですが、人事自身が経営者視点を持ち、事業成長に貢献するための人材戦略を立案・実行していくことが不可欠であると述べています。人事は、日々の業務の中で、自社がどのような人材を必要としているのか、どのような組織風土を醸成していくべきなのかを、経営戦略と照らし合わせながら常に考える必要があります。

 また、人事戦略が単独で存在するのではなく、事業戦略と密接に連携し、相乗効果を生み出すことが重要であると示唆しています。具体的には、人事が事業部門と積極的にコミュニケーションを取り、現場のニーズを把握するとともに、人材戦略が事業戦略にどのように貢献しているのかを、具体的な数値データを用いて経営層に説明する能力が求められます。

「適所適財」という革新的な発想

 本書の重要なテーマの一つである「適所適財」という考え方は、従来の「適材適所」という発想を根本的に見直し、戦略的に必要なポジションに最適な人材を配置するという、組織のパフォーマンスを最大化するための革新的な概念です。

 これまでの人材配置は、必ずしも企業の成長に貢献しておらず、「とりあえず、この人にこの仕事を」といった安易な配置をしてきたのではないかという反省を促します。本書では、各ポジションに求められる能力を明確化し、それに合った人材を積極的に登用していく必要性を強く認識させられます。単に既存の社員を適当に配置するのではなく、まず組織戦略を明確にし、次に戦略実現のために必要なポジションを定義し、最後にそのポジションにふさわしい能力を持った人材を配置するという、一連のプロセスを徹底することが求められます。

 また、そのためには、各ポジションの職務内容や責任範囲を具体的に記述したジョブディスクリプションを作成し、社員のスキルや経験を把握できるような人事データベースを構築する必要があります。

エンゲージメントとWell-beingを両立させる重要性

 従業員エンゲージメントの重要性は認識されつつありますが、本書ではその本質を深く掘り下げ、「組織へのエンゲージメント」と「仕事へのエンゲージメント」の両輪を回す必要があると説いています。組織へのエンゲージメントを高めるためには、企業理念やビジョンを社員に共有し、組織への帰属意識を高める取り組みが必要です。また、仕事へのエンゲージメントを高めるためには、社員が自身の能力を最大限に発揮できるような、やりがいのある仕事を提供する必要があります。

 さらに、エンゲージメントだけではなく、社員のウェルビーイング(心身ともに満たされた状態)を重視した経営こそが、組織の活性化と個人の成長につながるという考え方を提示しています。人事としても、社員が自身のキャリアを主体的に考え、自己成長を実感できるようなサポート体制を構築する必要があります。具体的には、キャリア相談窓口の設置、キャリアアップのための研修制度の提供、メンター制度の導入などが挙げられます。

変化への対応と組織文化の醸成

 本書は、変化の激しい現代社会において、企業が持続的に成長するためには、既存のやり方に固執せず、常に新しい知識やスキルを習得し、変化に対応していく能力が重要であると述べています。人事も、従来の研修制度や人材育成プログラムを見直し、変化に対応できる人材を育成するための新しい取り組みを積極的に導入する必要があります。

 また、組織文化の醸成も重要な課題です。社員が安心して意見を述べ、主体的に行動できるような心理的安全性の高い組織環境を整備する必要があります。そのためには、管理職の意識改革が不可欠であり、リーダーシップ研修などを通じて、部下をサポートし、共に成長する姿勢を学ぶ機会を提供する必要があります。

複業・兼業を戦略的に活用する

 複業や兼業を推奨する企業事例は、社員が本業以外にも多様な経験を積むことで、新たなスキルや知識を習得し、自社の事業にも貢献する可能性を秘めていることを示唆します。また、複業・兼業を経験した社員は、自己成長への意欲が高まり、組織の活性化にもつながることが期待できます。単に複業・兼業制度を導入するだけでなく、その制度が社員の成長と組織の活性化に繋がるように、戦略的に設計し、運用していく必要があります。

採用と育成の連動

 採用活動と育成活動は、それぞれ独立したものではなく、連動させて考える必要があります。本書では、採用活動において、企業のパーパスと応募者のパーパスをすり合わせることの重要性、そして、採用後の人材育成においては、インプットと行動の循環を生み出す仕組みづくり、OJTとOFF-JTを組み合わせた効果的な人材育成の必要性を説いています。人事担当者は、採用活動を通じて、自社の文化や理念に共感できる人材を見抜く力を養うとともに、採用後も社員の成長を支援し、能力開発を促進するような教育研修制度を設計していく必要があります。

評価制度と個人の成長を繋げる

 本書では、従来の評価制度が抱える課題を指摘し、目標達成度だけでなく、社員の行動やプロセスを評価する制度を導入し、評価の透明性を高める必要性を述べています。評価結果を社員にフィードバックする際には、改善点だけでなく、強みや成長の機会を伝え、モチベーションアップにつなげることが重要です。評価制度を通じて、社員の「やりがい」や「生きがい」を醸成していくことを目指すべきであると提唱しています。

人事担当者が本書から得られる具体的な実践指針

 単なる理論ではなく、具体的な人事戦略と施策を立案・実行するための実践的な指針を提供しています。いくつかの実践アイディアを検討してみます。

  • 採用戦略の見直しとパーパスドリブンな採用

    • 企業が求める人材像を明確化し、経験やスキルだけでなく、パーパスや価値観を重視した採用活動を展開する。

    • 企業がどのような社会貢献をしているか、どのような課題解決に貢献しているかを明確に伝え、企業のパーパスに共感できる人材を惹きつける。

    • 面接や選考プロセスに工夫を凝らし、応募者の個性やポテンシャルを見抜き、企業文化にフィットする人材を見つける。

    • 採用活動を外部に委託する場合でも、自社の理念や文化を理解したパートナーを選ぶ。

  • 人材配置戦略の再構築と「適所適財」の徹底

    • 各ポジションに求められる能力やスキルを明確化し、ジョブディスクリプションを作成する。

    • 社員のキャリアビジョンや希望を把握し、適材適所の人材配置を行う。

    • 社員の成長を促すために、新たなポジションや役割を積極的に提供する。

    • 「適所適財」を徹底するため、社員の能力や適性を客観的に評価する人事データベースを構築する。

  • 効果的な育成プログラムの開発と、インプット・行動の循環

    • 階層別研修や職種別研修だけでなく、個々の社員のニーズに合わせたカスタマイズされた研修を提供する。

    • 研修で得た学びを実践の場で活かせるような仕組みを構築し、研修後のフォローアップを徹底する。

    • メンター制度やコーチング制度を導入し、社員の自己成長を支援する。

    • OJTとOFF-JTを組み合わせ、実践的な学びの機会を提供する。

  • 評価制度の透明化と「仕事の価値」の重視

    • 目標達成度だけでなく、社員の行動やプロセスを評価する制度を導入する。

    • 評価の透明性を高め、社員が納得できる評価制度を構築する。

    • 評価結果をフィードバックする際には、改善点だけでなく、強みや成長の機会を伝え、モチベーションアップにつなげる。

    • 社員が自らの仕事の価値を認識し、やりがいや生きがいを持って働けるような評価制度を目指す。

  • 心理的安全性を高める組織文化づくり

    • 社員が安心して意見を述べ、失敗を恐れずに挑戦できるような心理的安全性の高い組織環境を醸成する。

    • 多様な意見や価値観を受け入れ、社員一人ひとりの個性を尊重する。

    • 上司と部下のコミュニケーションを活性化し、風通しの良い組織づくりを行う。

    • ハラスメントを防止するための研修や啓発活動を徹底する。

  • 多様な働き方を促進する制度設計

    • フレックスタイム制度やテレワーク制度を導入し、多様な働き方を実現する。

    • 長時間労働を是正し、社員のワークライフバランスを重視する。

    • 複業や兼業を認める制度を導入し、社員の自己成長を支援する。

    • 育児や介護と両立しながら、働き続けられるようなサポート体制を構築する。

  • CHROを軸とした経営層との連携強化

    • CHROが経営戦略に深く関与し、CEOとともに人材戦略を策定・実行する体制を整える。

    • CHROが人事部門だけでなく、事業部門や経営企画部門とも積極的に連携し、組織全体での戦略的な人事施策を推進する。

    • CHROが投資家や株主に、人材戦略の重要性を積極的に発信する。

    • 経営層と人事部門が、定期的に意見交換を行い、組織課題を共有し、解決策を議論する機会を設ける。

まとめ:変化を恐れず、未来を切り開くために

 本書は、私のような人事従事者に、現状に満足せず、常に変化を恐れず、新たな挑戦を続けることの重要性を強く訴えかけています。これからの時代の人事は、これまで以上に創造性が求められ、変化を先取りし、主体的に行動していく必要があります。自身も常に学び続け、自己成長を追求し、変化を恐れず、チャレンジを楽しみながら未来を切り開いていく、そんなプロフェッショナルであり続けたいものです。

 本書は、人事担当者がこれからの時代を生き抜くための具体的な戦略とマインドセットを学ぶことができる一冊です。本書をヒントに、人事部門が組織変革を力強く推進し、個人と組織が共に成長し、持続可能な社会を実現していくことができるでしょう。


本書の核心である「個と組織が共に進化する未来」を象徴的に表現しています。多様な背景を持つ人々が議論を交わし、新しい価値を生み出す場面が活き活きと描かれています。中央のモニターに映るキーワードは、現代の人事が直面する課題と未来志向の方向性を示唆し、手前の若者が見せる情熱的な姿勢は、「自己成長」と「組織の変革」を牽引する力を象徴しています。全体の明るい色調が、希望に満ちた未来への道筋を力強く後押ししている印象を与えます。


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