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【書籍】経営の神様が拝んだ背中:松下幸之助と高橋荒太郎の物語ー平田雅彦氏が見る

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』(致知出版社、2022年)のp223「7月6日:松下幸之助が拝んだ人(平田雅彦 松下電器産業元副社長)」を取り上げたいと思います。

 松下電器産業(現パナソニック)の歴史の中で、労使関係が大きな転機を迎えた昭和30年代初頭の出来事と、その中心人物であった高橋荒太郎氏に関する詳細なエピソードです。戦後の一時期、松下では大手企業に見られるような労使紛争が起きていませんでした。しかし、昭和30年代に入ると、他社での激しい労使闘争の波が松下にも及び、労使関係が徐々に険悪化していきました。

 松下幸之助氏(創業者)は、従業員を家族同様に考え、大切に育ててきた人物です。しかし、この時期の労使紛争は彼にとって大きな苦悩をもたらしました。経営の神様とも称された創業者も、この時ばかりは気持ちの切り替えが困難だったとされています。この危機的な状況で組合との交渉を一手に引き受けたのが高橋荒太郎氏でした。高橋氏は、自らの粘り強い交渉によって組合との信頼関係を少しずつ築いていきました。

 しかし、全ての交渉がスムーズに進んだわけではありません。昭和33年、基本給上げを巡り、組合との間で折り合いがつかず、組合側の直接談判の要求に創業者が応じることになりました。その席上、松下氏は委員長と書記長に対し、自身が高橋氏からの相談を受けており、交渉は全て彼に任せていること、高橋氏ほど会社、従業員、組合を思いやっている人はいないことを語りました。さらに、高橋氏は絶対に策略を用いるような人物ではなく、「神様」であるとまで言い、自身がいつも彼の後ろ姿を拝んでいると述べました。

 松下氏の言葉を聞いた組合幹部は、松下・高橋両氏の間の強固な信頼関係に驚き、深い感動を覚えました。この一件がきっかけで、組合は要求を取り下げ、交渉は妥結に至りました。高橋氏はその後、海外担当の副社長となりましたが、組合側との最終交渉役は引き続き彼が務めることとなり、組合側も高橋氏が交渉に出る限り納得しないというほどの信頼を寄せていました。これは高橋氏が松下氏だけでなく、組合員からも深い信頼を得ていたことの証左であり、彼が苦労人でありながら、従業員の気持ちに寄り添える懐の深い人物であったことを示しています。

 高橋氏の業務秘書時代には、給与体系に関する忘れられないエピソードもあります。当時、年齢別賃金から仕事別賃金への移行が検討されており、これが現代の能力主義賃金制度のはしりとなります。全国の経理責任者が集まったある懇親会で、高橋氏は、この仕事別賃金について話が及んだ際、現場の声を十分に聞いていないとして、当時の若手社員だった著者を厳しく一喝しました。「給料や賃金は人間にとって最も大切な問題であり、現場の理解を得ずに進めることは許されない」という高橋氏の言葉は、現場の声を重視し、人々の理解と信頼を得ることの重要性を浮き彫りにしています。この教訓は半世紀を経ても平田氏に深く刻まれています。このエピソード全体が、松下電器産業における人間関係の深さと、労使間の信頼関係を築く上でのキーパーソンの役割を浮き彫りにしています。

すると髙橋さんの表情がたちまち険しくなり、厳しい口調で私を一喝したのです。「平田君、君は現場の人たちの声をちゃんと聞いているのか。給料や賃金といったことは人間にとって一番大事な問題だよ。その一番大事な問題を、現場の人たちの理解を得ないまま君らだけで進めることなど絶対に罷りならん」現場の人たちの気持ちを誰よりも理解している髙橋さんだからこその厳しい叱責でした。このひと言は半世紀を経たいまも心に焼きついています。

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』(致知出版社、2022年)p223より引用

<人事としてどう考えるか>

 現代の人事管理という広大な領域において、過去の経験や歴史から学ぶことの重要性は計り知れません。特に、松下電器産業(現パナソニック)における松下氏、高橋氏との関わりは、現代の人事管理者にとって多くの示唆を与えています。ここでは、労使関係、組織内信頼構築、従業員の声への耳を傾けること、という三つの観点から深く掘り下げ、現代への応用方法を探求していきます。

労使関係の管理と現代の課題

 昭和30年代初頭に松下電器で発生した労使紛争は、組織が直面する普遍的な課題を反映しています。この時期に高橋氏が組合との交渉を担い、その粘り強さと信頼関係の構築で問題を解決へと導いた過程は、現代にも通じる重要な教訓を含んでいます。今日のグローバル化、多様化する労働市場においても、企業と労働組合との間で生じる様々な摩擦を解消するためには、双方の間での信頼構築が不可欠です。これは、組織内の様々なステークホルダーとの関係にも応用できる原則といえるでしょう。

組織内信頼の構築の方法

 松下氏が高橋氏に対して示した深い信頼は、組織内信頼構築の模範例といえるでしょう。経営層と従業員、労働組合間の信頼は、組織の効率的な運営と健全な発展に必要不可欠な要素です。この信頼を築くためには、組織のビジョンと価値観を共有し、一貫性のある行動、公正さ、透明性を持って接することが求められます。また、組織のリーダーが、従業員や組合の立場に立って考え、その声に耳を傾けることも、信頼構築のためには欠かせません。

従業員の声を聞くことの重要性

 賃金制度の改革に関するエピソードは、従業員の声を聞くことの重要性を浮き彫りにしています。従業員の声に耳を傾け、彼らの意見や感情を理解することは、組織のポリシーを進める上での基礎です。従業員のエンゲージメントや満足度を高めるためには、対話を通じて解決策を模索し、従業員の参加と貢献を促すことが重要です。

現代への応用

 現代でも十分通用するエピソードではありますが、これらの歴史的な教訓を現代の人事管理に具体的に応用するためには、以下のような点を考慮する必要があります。

  1. テクノロジーの活用
    現代の組織では、テクノロジーを活用して従業員の声を収集し、分析するツールが豊富にあります。従業員エンゲージメント調査、フィードバックツール、社内SNSなどを活用することで、従業員の意見や感情をリアルタイムで把握し、迅速に対応することが可能です。

  2. 多様性と包摂性の促進
    労働市場の多様化に伴い、組織内での多様性と包摂性の促進が求められています。異なる背景を持つ従業員の声に耳を傾け、全員が尊重され、貢献できる環境を作ることが重要です。

  3. 継続的な教育と開発
    従業員のスキルとキャリアの発展をサポートすることは、エンゲージメントの向上に直結します。継続的な教育とキャリア開発の機会を提供することで、従業員のモチベーションを高め、組織に対するロイヤルティを深めることができます。

  4. 透明性とコミュニケーション
    組織の意思決定プロセスにおいて、透明性を保ち、従業員との開かれたコミュニケーションを維持することは、信頼構築の鍵です。意思決定の背景や理由を説明し、従業員からのフィードバックを歓迎する文化を築くことが求められます。

 松下氏や高橋氏のエピソードから学ぶことは、現代の人事管理の課題に対しても有効な解決策を提供します。これらの歴史的な教訓を現代の組織運営に活かし、より良い労使関係の構築、組織の成長と従業員の幸福を目指していくことが、人事管理者にとっての重要な使命であるといえるでしょう。





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