【書籍】小川良樹氏「教え過ぎない、押しつけない」ースポーツとビジネスの共通点
『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』(致知出版社、2022年)のp335「10月22日:教え過ぎない、押しつけない指導の力(小川良樹 下北沢成徳高等学校バレーボール部監督)」を取り上げたいと思います。
小川監督は、その独自の指導法で知られています。彼のコーチング哲学は、「教え過ぎない、押しつけない」というもので、選手たちが自発的に練習を楽しみ、自立して技術を磨けるような環境作りに焦点を当てています。この哲学は、長年にわたる経験と反省から生まれたものです。
小川監督が監督としてのキャリアを通じて目指してきたのは、選手自身が練習を心待ちにし、積極的に取り組むことを促す環境の創造です。彼は、従来のバレーボールの練習が「できるまで」という無限ループに陥りがちであることに疑問を持ちました。これは、特定の技術が身につくまで何度も何度も同じ練習を繰り返すというもので、選手にとっては精神的、身体的にも大きな負担となります。
そのため、他のスポーツの練習法に目を向けた小川監督は、バスケットボールやラグビーで行われている時間制限を設けた練習を取り入れることにしました。これにより、練習は時間で区切られ、選手たちは与えられた時間内で最大限の努力をするという新たな刺激に応じることになります。また、具体的な数字を用いて日々の進捗を記録し、前日に比べて今日のパフォーマンスがどのように改善されたかを可視化する方法も導入しました。これによって、選手たちは自分たちの成長を明確に把握しやすくなり、モチベーションの維持がしやすくなりました。
しかし、このような練習方法は、伝統的な厳しい練習法を好む他の監督からは批判されることも少なくありませんでした。彼らは「甘い練習」と非難しましたが、小川監督は選手たちの反応と成果を見て、この方法の有効性を信じ続けました。結果として、彼のチームは技術の精度を徐々に向上させ、次第に競争力のあるチームへと変貌していきました。
特に2000年には、非常に有望な新入部員が加わったことが大きな転機となりました。大山加奈と荒木絵里香という二人の選手は、それぞれが類稀なる身長と体力を持ち、全国優勝の経験もあるなど、まさにチームにとっての貴重な資源でした。小川監督はこれらの選手がもたらす潜在能力を最大限に引き出すために、さらに練習環境の調整に努めました。彼は「選手を潰してはならない」という強い使命感を持ち、より支援的で選手が中心となる環境を提供することに専念しました。
そして2002年、大山と荒木が3年生となった時に、チームは春の高校バレー、インターハイ、国体で三冠を達成し、これは小川監督の指導法の大きな成果として現れました。この成功を通じて、彼は選手たちから多くを学びました。特に、選手が自主的に取り組み、チーム全体が自立して機能している時には、監督として介入すべきではないということを理解しました。選手たちが自分たちの問題を自ら解決する力を持っていることが、真のチーム力を育てる上で不可欠だと彼は確信しました。
この経験から得た教訓を胸に、小川監督は今後も選手一人ひとりが自立し、自分たちで考え行動できる選手を育て上げることに注力しています。彼の指導方法は、バレーボール界において革新的でありながら、選手たちにとっては成長と成功への確かな道を提供しています。
人事としてどう考えるか
小川監督の指導法には、私たち人事の専門家にとって多くの学びがあります。彼の「教え過ぎない、押しつけない指導」のスタイルは、特に現代の人材管理とタレントマネジメントにおいて重要な示唆を与えます。このアプローチは、企業が直面する多くの現代的課題に対する解決策を提供する可能性があります。
1. 自主性の促進とその重要性
小川監督がバレーボール部の選手たちに求めたのは、彼ら自身で考え、行動する能力です。これは、従業員が自己主導で学び、成長する機会を提供する現代の職場においても非常に重要です。自主性を促進することにより、従業員は自ら問題解決を行い、より創造的で革新的な解決策を見出します。これは、チャレンジに対する積極的な取り組みを促進し、個々の成長だけでなく、組織全体の競争力を高める効果があります。
自主性の促進は、従業員に対する信頼の表れでもあります。リーダーがチームメンバーに一定の自由度を与えることで、彼らはその信頼に応えるために自己責任を持って行動しようと努力します。この環境は、イノベーションを促す肥沃な土壌となり、創造的なアイディアや解決策が自然と生まれやすくなります。
2. 成長過程の可視化と目標設定
小川監督は練習の成果を目に見える形で選手たちに示し、彼らのモチベーションを高めました。ビジネスの世界においても、この原則はパフォーマンス管理と目標設定に直接的に関連しています。明確な目標を設定し、定期的なフィードバックを通じて進捗を評価することで、従業員は自己の成長を具体的に理解し、達成感を感じることができます。
目標設定はSMART原則(具体的、測定可能、達成可能、関連性、時間的に定められた)に基づいて行うことが推奨されます。この方法は、従業員が明確な方向性を持ち、具体的なステップを踏むことで、最終的な目標達成がしやすくなります。また、進捗を定期的に確認し、必要に応じて目標を調整することが重要です。これにより、従業員は常に最新の情報に基づいた計画を立てることができ、動機付けを維持しながら効率的に作業を進めることが可能になります。
3. 指導者の役割の変化とその影響
小川監督の指導で顕著だったのは、指導者の役割が「上から引っ張る」存在から「下から支える」支援者へと変化したことです。これは組織のリーダーシップにおいても同様の変化が求められる時代と言えます。現代のリーダーは部下の成長を支援し、適切な権限を委譲することにより、彼らの自立を促進し、より高い生産性と満足度を実現することができます。
リーダーが従業員を指導する際には、単に指示を出すのではなく、彼らが自分自身で答えを見つけられるよう支援することが重要です。これには、問題解決スキルの育成や、自己学習の奨励が含まれます。従業員が自立して問題に対処できるようになることで、組織はより柔軟で迅速に市場の変化に対応できるようになります。
このプロセスでは、コーチングが非常に有効な手段です。リーダーがコーチングスキルを身に付け、従業員の個々の能力やキャリアの目標に合わせた支援を行うことで、従業員は自己実現のための支援を受けながら、組織の目標達成に貢献することが可能です。リーダーとしては、従業員が直面する困難に対して共感を示し、解決策を一緒に考えることが求められます。
4. コミュニケーションの最適化とチームダイナミクス
小川監督は選手が自主的にチームを運営できるようになった際、指導者としての介入を最小限に抑えました。これは、効果的なコミュニケーションと従業員の自立を促すための重要な戦略です。職場では、過度な介入が従業員のモチベーションを損なうことがあるため、リーダーは必要な時にのみ介入し、日常的には従業員が自己主導で業務を遂行することを促すべきです。
また、このアプローチは、チーム内の信頼を築き上げる助けとなります。従業員が自分たちで意思決定を行い、問題解決をすることが許されていると感じるとき、彼らはより責任感を持って行動するようになります。これにより、チーム全体の連携が向上し、組織全体のパフォーマンスが向上します。
5. 継続的な改善と革新の推進
小川監督は他のスポーツのトレーニング方法を観察し、自分のチームの練習方法に応用しました。これは企業においても非常に重要な原則です。常に外部の良い実践を学び、それを自組織に適応させることによって、継続的な改善と革新が可能になります。このようなオープンマインドなアプローチは、異なる業界や分野からの新しいアイデアを取り入れることで、組織の思考や戦略を豊かにします。
まとめ
小川監督の指導法から学べる点は多く、これらの教訓は企業の人事戦略やリーダーシップ開発に直接的に適用可能です。自主性を促進し、目標を明確にし、リーダーシップのスタイルを変革することで、従業員はより自立し、創造的で効率的な業務を行うことが可能になります。さらに、効果的なコミュニケーションと継続的な学習・革新の促進は、組織全体の成功に不可欠です。このようなアプローチを通じて、組織は競争優位を保ち、持続可能な成長を達成することができるでしょう。
バレーボールコートでチームを指導するバレーボールコーチが描かれています。コーチは、選手たちが楽しみながら自主的に学ぶことを重視した穏やかな指導スタイルで、さまざまなドリルに取り組む選手たちを見守っています。作品は、バレーボールネット、ボール、その他のトレーニング機器が見えるなど、前向きで支援的なトレーニングの雰囲気を捉えています。柔らかい画風が、シーン全体に温かみと支援の感じを強調しています。
1日1話、「生き方」のバイブルとなるような滋味に富む感動実話を中心に365篇収録されています。素晴らしい書籍です。