虎雄はタクシードライバー@即位礼正殿の儀
タクシードライバーの虎雄は、深夜の繁華街で車を走らせていた。その日は嫌な事ばかりでテンションはどん底なのであった。
出勤時、アパートを出ると自分の自転車が駐輪場に無かった。鋭利な何かで切られたワイヤーだけが空しく転がっている。盗まれたのか。虎雄は肩を落とし、そのままバス停に向かった。
自転車自体はそれほど高価な物ではないけれど、買ったばかりでお気に入りだった。
会社に着き、自分の車に乗り込むと、何かが臭う。足元を見ると犬か猫かの糞を踏んできてしまったようである。虎雄は再び肩を落とし、ムーンウォークを踊りながらマットを洗った。
それらを思い出し、クサクサしながら信号待ちしていると、先頭に立っているカップルに目がいった。そして愕然とした。なんと女性の方は今結婚を前提に交際している彼女だったからである。しかも露出度高目な服で、男と腕を絡ませているため、雰囲気はどう見ても付き合っている男女のそれだった。
あいつ、俺が夜勤の日には浮気していたのか。
即ケータイに電話するが、電源が切られているというアナウンスが空しく流れる。
タクシーの仕事は不規則で色々大変な事もあるが、婚約している彼女の為にも、頑張っていたところである。それが彼女は浮気していただなんて。なんて。んて。虎雄は呆然とし、何も考える事が出来なくなっていた。
ぼーっとしながら車を流していると、繁華街から少し離れた路地で、カップルが手を挙げているのが見えた。大分酔っているように見えるので少し躊躇したが、結局車を停めた。
ドアを開けると乗ってきたのは女の方だけで、男はドアの外から見送っていた。風体から推察するにホストかなんかのようだ。
「どちらまで?」聞くと女は、呂律のあやしい口調で自宅の住所を答える。虎雄は住所をカーナビに打ち込み車を出した。
指定の場所まで近づくと、女は口を開く。
「運転手さん、ごめんなさい。今日お金無いの。その先のホテルで、どう?」
え、あ、いや、それは、はい。虎雄はしばし逡巡したが、結局、ドライブレコーダーのスイッチを切り、そのホテルへ入ろうとした。
すると、バカじゃないの、あんた。嘘に決まってるでしょ。今のやりとり動画撮ったからね。会社にバラされたくなかったらタダにしなさいよ、と言ってきた。くっ、ビッチ!
もう会社に戻ろうか迷っていると、いかにも反社会的な雰囲気の男性が手を挙げた。
男性を乗せて走り出すと、おい、そこ曲がらないのかよ、とか、行きすぎだろ、とかいちいち難癖付けてくる。そして目的地に着くと、案の定男は、お前の道選びが悪いから余計に金が掛かった。端数負けろや等と騒ぎ出したのである。この国はクズばっかりだな。虎雄は嘆いた。
再び走り出すと、すぐに中年サラリーマンが手を挙げていたので乗せることにした。
「運転手さん、忘れ物だよ」
そう言われて振り返ると、サラリーマンがセカンドバッグを手渡してきた。さっきの反社が忘れて行った物だろうか。重みを感じたので開けてみると、中には一丁の拳銃が入っていた。
おっと、虎雄は考える。明日は即位礼正殿の儀。地方公務員の彼女は、即位の祝典で会場の設営の仕事があると言っていた。そこに乗り込んで、彼女やその場にいたクズをこの銃で皆殺しだ。世の中を粛正してやる。
「おい、いいから早く出せよ、車」
「うるせーな、お前」
虎雄は拳銃を後部座席に向け、引き金を引いた。そして、鼻歌を歌いながらアクセルを踏み込んだ。
了