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「I have data!」キング牧師はそうは叫ばなかった
前回はリーダシップとヘッドシップについてお話をしましたが、リーダーシップを発揮するにはどの様にしたらよいか?
リーダーを育てるには、また自らがリーダーになるにはどの様な発想、思考、行動様式、価値観が求められるのか?
いつも問われる課題です。
また自らを律したり、モチベーションを上げる言葉にもなるでしょう。誠実であること、信頼されること、チームの良い関係性を持つこと、等々・・・ポイントは数多く上げられますが、その中でも大きく取り上げられるリーダーの素養としての「ビジョンを共有する」ということについて考えてみたいと思います。
明日の日本をリードする、政党のリーダー達の演説をメディアで見聞きする毎日ですが、どんな未来像(ビジョン)を私たちに訴えているのか?そんなこと危惧していることもテーマに取り上げた理由です。
ビジョンとはなんだろう?
外資系企業で育った私には、いやという程聞かされた言葉です。自社の存在意義、あり方、方針などを示すイベントでは、会社は変われど、ミッション、ビジョン、ストラテジー、ヴァリュー、カルチャー、ゴール、などの文字がスライドに躍っていることが常でした。
ミッション(Mission:使命)
ビジョン(Vision:未来像、イメージ)
ストラテジー(Strategy:戦略)
ヴァリュー(Value:価値)Core Value:中核的価値とも言いますね。
ゴール(Goal:目標)
これらに加えて昨今は、パーパス(Purpose:存在意義)やら、サステナビリティ(Sustainability:持続可能性)やら、ブランド・プロミス(Brand Promise:ブランドの約束)やらと色々と抽象度の高い言葉がスライドを賑わせていると思います。
こうした中、ビジョンは常がに上の方に掲げられるのは、それが未来=我々が進むべき道を示すからです。「進むべき道を示す」 つまりリーダーの仕事ですね。
故に、「ビジョン」は、リーダシップのキーワードとなります。
ビジョンは直訳すれば、視覚、先見、洞察力、展望、構想と言えますが、リーダシップにおける「ビジョンとは何か?」といえば、「将来の望ましい状態やゴールを描いた明確なイメージであり、組織や個人が目指す方向性を示すもの」と言えるでしょう。単なる目標とは異なり、長期的な視点での理想像や目的のイメージです。
何を達成したいのか?だけでなく、その達成がどのような意味を持つのか? 達成のその先にどんな世界、どんな景色が広がっているのか? そしてなぜそれが重要であるのかを包括しています。
リーダシップとは、それが発揮されることにより、他者の行動を誘発する「対人影響力」です。ですからリーダーにとって「ビジョンを語る」「ビジョンを共に描く」ことはとても大切なことです。
チームがビジョンを共有できた状態とは、リーダーのビジョンがメンバーの心に響き、その結果としてメンバーが共に目指すべき目標を理解し、共感し、自発的に行動に移す状態です。
そして、このビジョンの伝え方にも様々な方法があります。
感情に訴えるビジョン
有名なのは、1963年8月28日、米国ワシントンD.C.において行われた公民権運動の重要なイベント「ワシントンD.C.大行進」でのマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の演説です。
“I Have a Dream!”(私には夢がある)の連呼で有名ですね。
“私には夢がある。それは、いつの日か、この国が立ち上がり、「すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える」というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である。“
以上は抜粋ですが、約17分間の演説の後半、約6分の間に “I have dream!”は9回叫ばれています。「キング牧師 演説」でネット検索すれば、全文を原文、邦訳で読めますし、YouTube動画も豊富にアップされているので、是非ご欄ください。
全演説の中でキング牧師は公民権運動をリードする様々な重要なメッセージを、わかり易い言葉と効果的な比喩を交えながら説いているのですが、いつもI have dreamの部分が取り上げられるのは、このメッセージのもつビジョンの持つ力があまりに強いからでしょう。
感情に訴えるビジョンの典型です。
論理的なビジョンも、視覚的なビジョンもあります
今の社会は世の中への発言に対して、良くも悪くも猛スピードで反応が返ってきます。
例えば反発系の常套句は「エビデンス(Evidence:証拠)を示せ」ですね。
データ(Data)に勝るエビデンスはありませんから、もし、キング牧師がSNS等に配慮して(1963年には影も形も無いものですが(笑))忖度して演説文案を作ったとしたら、
I have data 「私にはデータがある」「ここに、この様なデータがある。調査結果がある。」で始まる、次の様なものになるかもしれません。
ここにデータがある。
今、黒人の大学進学率は、4.9%と非常に低いもので、白人の大学進学率(約9%)と比較すると、この差は顕著であり、教育の不平等を顕著に示している。黒人の若者たちは、大学へ進む機会を持たされておらず、彼らの夢の実現を阻む明白な障害である。
ここにデータがある。
黒人の識字率は、過去数十年の改善にもかかわらず、約75%と依然として低く、白人の識字率(99%以上)と大きな差がある。我々のコミュニティには、未だに4人に1人の黒人が読み書きする能力を与えられていない。教育を奪われた人々が、どのようにして平等な市民となれるでしょう?
ここにデータがある。
黒人の平均年収は白人の平均年収の約55%である。白人男性の平均年収が約5,800ドルであるのに対し、黒人男性は約3,100ドルに過ぎない。黒人男性が、同じ労働に対して白人の半分程度の賃金しか得られないという現実は、我々の社会に深く根付いた差別を示している。そして、黒人の失業率は約10%で、白人の失業率(約5%)の2倍に達している。
・・・・・・等々。(数値は全て1960年代を想定したもの)
全くニュアンスが違いますね。
おそらく論理的なビジョン共有では、ワシントンD.C.に集まった20~25万人といわれる聴衆の心を動かすことは出来なかったでしょう。
今となっては、選挙演説でもごく当たり前に引用される「こんなデータがあります」ですが、ビジョンの共有方法は、相手と目的によりけりということです。
感情に訴えるビジョンと論理的なビジョンに優劣や良し悪しはありません。
心(感情)に訴えるのか、頭脳(思考)に訴えるかの違いです。
例えば、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツは、パーソナルコンピューターが家庭やオフィスで一般的になる未来を描きましたが、それは論理的なビジョンだと言われています。彼のビジョンは、技術革新がどのように普及し、低コスト化し、社会に貢献するかを論理的かつ具体的に示し、それが実現可能であることを明確に説明しました。彼の戦略は、コンピューターを多くの人々にとって手の届くものにし、その結果、現代の技術革命を先導する存在となったわけです。
さらに、もうひとつビジョン共有の仕方を加えると、「視覚的なビジョン」があります。
正に「ビジョン」の言葉通り、視覚に訴えて人々を導くのです。
この典型は、アップル創業者、スティーブ・ジョブズだと思います。ジョブズは、技術製品を単なる機能的なツールとしてではなく、デザインとユーザーエクスペリエンス(顧客体験)の視点から、未来のライフスタイルを変えるものとして提示しました。YouTubeで多くの再生回数を重ねている彼のプレゼンテーションはビジュアル面においても非常に優れており、プロダクトの美しさや使い勝手を強調しています。特にiPhoneやiPadの発表は、未来のデジタルライフを強烈に視覚的に描き、消費者や業界全体に強い影響を与えました。
小さなチームでもビジョンは有効
以上の様に、ビジョンの共有を、歴史的イベントや技術革新を例に上げると、現実感が無いものに思えてしまうかもしれませんが、数名の小規模なチームにおいても、リーダーがビジョンを語り、それを共有してチームをリードすることは非常に有効です。
大規模な組織のビジョンが長期的かつ抽象的なものになる傾向があるのに対し、小規模なチームでのビジョンは、より短期的で具体的な目標やチームの役割にフォーカスしたものが多くなると思います。
厳密に言えば「目標」と「ビジョン」は異なる概念ですが、それでもいいのです。
リーダーがビジョンを描き、それを共有することが「対人影響力」となって、チームメンバーの心を一つにし、モチベーションを上げ、目標へ向けての行動を促進してくれればよいのです。
チームが到達すべきゴール、そこへ向かう過程で得られるチームメンバーの成長、会社への貢献、目標達成をした時に見えてくる景色、などを例えば、「自分はこんなふうに考えているんだよなぁ。これを実現できると信じているんだよなぁ。皆でやってみないか?」と語ることです。
こうした小規模チームにおいてリーダーがビジョンを考える際に、以下のようなことがヒントになると思います。
共感しやすい、実感を伴うビジョン
チーム全体で強く共感できるビジョンを設定することが効果的です。例えば、「私たちが提供する製品やサービスは、多くの人々の暮らしをより快適にし、豊かな社会作りに貢献します。」は、チームメンバーが日々の仕事に意義を見出し、仕事の成果と社会への貢献を実感できるビジョンです。
コラボレーションとチームワークのビジョン
コラボレーションやチームワークのビジョンも重要です。例えば、「お互いの強みを活かし、チーム全体で最高の結果を出す」というビジョンは、メンバーに相互協力と一体感をもたらし、チームのパフォーマンスを向上させるでしょう。
個々のメンバーにとっての成長ビジョン
チームのビジョンを通じて、個々のメンバーの成長やキャリアにどのようなメリットがあるかを伝えることも重要です。例えば、「このプロジェクトを通じて、全員が新しいスキルを身につけ、次のステップに進むための機会となる」というビジョンは、メンバーに対して個人の成長とチームの目標が繋がっていることを示します。
チームの存在意義の強調
そのチームが組織全体やプロジェクトに対してどのような貢献をしているかを明確に示すことが重要です。例えば、「私たちのチームは顧客満足度向上をリードし、顧客から信頼されるブランドを築く役割を担っている」というように、チームの存在意義やミッションを中心に据えることが、メンバーにモチベーションと責任感を与えるでしょう。
顧客やクライアントとの関係強化を目指すビジョン
顧客との関係やクライアント満足度の向上をビジョンの一環として示すことも効果的でしょう。例えば、「私たちのチームが提供するサポートを通じて、クライアントの成功に直接貢献し、長期的な相互信頼関係を築く」といった具体的な方向性を示すことは、顧客中心の発想、行動へのモチベーションとなります。
短期的かつ具体的な目標
上述したように、目標とビジョンは異なる概念とはいえ、比較的小さなチームでは、短期的に達成可能な目標や成果をビジョンに取り入れることが効果的である場合もあります。例えば、「次の6ヶ月で新しいサービスを立ち上げ、顧客満足度を30%向上させる」といった様に具合に、具体的で達成可能な目標を掲げることが多いです。このようなビジョンは、メンバーが目指すべき成果を明確に理解し、日々の行動に落とし込みやすくなる効果があります。
さて、ここまでリーダーにとってビジョンを描くことの大切さと、その共有の仕方をお話してまいりました。
皆さんが、リーダーの立場で描き出す「ビジョン」はどの様なものになるでしょう?
そしてそれを共有する時、相手の感情、論理、視覚、の何にインパクトを与えますか?
最後までお読みいただきありがとうございました。