心の舵を握るとき4
タクミがカンナ先生から「心を使う方法」を教わり始めてから数週間が経った。
少しずつ「心を観察し、自分で選ぶ」ということに慣れてきたタクミは、自分が変わっていくのを感じていた。
けれど、それは突然やってきた。
学校の終わりに、
親友のユウタとケンタが口論を始めたのだ。
「ケンタ、それ言いすぎだろ!」
「うるせえな、何が親友だよ!
お前だってタクミをバカにしてたじゃないか!」
ケンタの声が教室中に響いた。
タクミの心臓がギュッと締めつけられた。
“ユウタも僕をバカにしてた?”
その言葉が頭の中でぐるぐると回り始める。
信じていた親友の言葉に、タクミは心がぐらぐらと揺さぶられるのを感じた。
「タクミ、聞いてくれ!」
ユウタが駆け寄ってきた。
けれど、タクミは思わずその手を振り払った。
「もういい!放っといてくれ!」
声が震えていた。
タクミはそのまま教室を飛び出した。
夕暮れの公園。
タクミはベンチに座り、膝を抱え込んでいた。
「どうして、こんな気持ちになるんだろう……」
心が乱れて、自分でもどうしていいかわからなかった。
そのとき、カンナ先生の声が聞こえた。
「少年、今日はずいぶん辛そうだね。」
タクミは顔を上げた。
いつもと同じ優しい笑顔だった。
「……心を使うとか言ってたけど、
こんなとき、どうすればいいかわからないよ。」
カンナ先生は静かに隣に座った。
「こういうときこそ、心を使うんだよ。
さあ、試してごらん。」
「でも……頭の中がぐちゃぐちゃで……観察なんてできない……」
「ぐちゃぐちゃでもいい。
それが君の心だ。
まずはそれをそのまま見つめてみなさい。」
タクミは少しずつ呼吸を整え、胸の中を見つめようとした。怒り、悲しみ、不安。
いろんな気持ちが入り乱れている。
でもその中に、「ユウタと話したい」という気持ちがかすかにあるのに気づいた。
「僕、ユウタに本当は話を聞きたいと思ってる……でも、裏切られた気がして怖い。」
カンナ先生はうなずいた。
「怖いと思うのは当然だ。でも、君は今、それを自分で選べるんだよ。ユウタに話しかけるのか、
今はやめておくのか。」
タクミはしばらく考えた。そして立ち上がった。
「……話してみます。」
次の日の放課後、タクミはユウタに声をかけた。
「ユウタ、昨日のこと、ちゃんと聞きたい。」
ユウタは驚いた顔をしたが、
真剣なタクミの目を見て話し始めた。
「……ケンタの言うこと、
全部が本当じゃないんだ。
ただ、タクミに嫌なことを言われてた頃、
僕、何もできなかった。
それが悔しくて、
ケンタに合わせるふりをしてたんだ。」
ユウタの声は震えていた。
「ごめん。僕、本当はずっとタクミを応援してた。
でも、自分の弱さに負けてたんだ。」
タクミは静かにユウタを見つめた。
胸の中で何かがふっと軽くなった気がした。
「……ありがとう。ちゃんと話してくれて。」
その日の夜、公園でカンナ先生に報告すると、
先生は満足そうにうなずいた。
「どうだい、少年。
心を使った感覚が少しわかったかい?」
タクミはうなずいた。
「うん。怖くても、自分で選べるんだね。
それを選んだとき、
心がちょっと軽くなった気がした。」
「その通りだよ、タクミ。
それが、心の舵を握るということなんだ。」
カンナ先生は静かに立ち上がり、タクミの肩に手を置いた。
「さあ、これからも舵を握り続けるんだよ。」