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もてなす者、もてなされる者

少し前に話題になったnote記事。
まあこの記事の内容自体は所謂お気持ち記事で、特に内容に異論は無い。団体所属者は意識を高く持ちましょう、言い訳なんてみっともないですよという至極真っ当な意見だった。Twitterだったら「灰」とリプを返すしかない。

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ここから派生して、フリー雀荘の申告の話にシフトした。

同じ団体の後輩、夏目ひかりプロのツイート。コメント数やいいねの数を見ていると多少話題になったのかな?というところだ。

麻雀の発声や申告に「です」をつけるべきか問題。
店側-客側という関係性において、丁寧語である「です」を付けるという感覚は社会、ビジネスマナー的な感覚では至極真っ当で勿論「その通りだ」という他ないであろう。「接客」という点において、「です」を使わない選択肢はとりあえず皆無、と言ってもいいかもしれない。

夏目プロは学生時代は雀荘でスタッフをやっており、お客さんに対する配慮、気遣いとして丁寧な言葉を心がけようという信念をもってやっていたのであろう。このこと自体は殊勝なことであり、褒めるべきことだ。

しかし、問題は麻雀というゲーム内ではどうなのか、ということだ。
麻雀というゲームは、慣習的には許されているところもあるにはあるが、基本的にゲームに関する発声(ロン、ポン、カン、チー、ツモ、点数申告)以外は極力すべきではない。なぜならゲーム進行に関すること以外の言葉はゲーム性を歪めたり、プレイヤーの気持ち、メンタルを変化させる(主に悪い方向で)ことがあるからだ。


最たるわかりやすい例は三味線だ。意図的であろうとなかろうと、出した言葉が他人の打牌選択に影響を与えてしまうことがある。これはゲームとしてよくない。
実際に出会ったことがある例で言えば、白發ポンしている他家を見て、ツモってきたときに「こいつは切れないな...」とつぶやいた後、つぶやいた人があがった後の手を見ると中が無かった、あるいは中が暗刻だった(しかも手出しはその後一回だけ)みたいなことは何回かある。どちらのケースも中を切ることは通常ありえないし、言うことでミスリードを誘っている節さえ感じられてしまう。

三味線はまあ悪質だから咎めるのも難しくはない。
問題は、善意や配慮から出した言葉でも悪意や誤解を生むこともある、ということだ。
以前、ゲストをやっていたときに、私が打牌した後、下家の方が10秒ほど動かなかった。私の捨て牌も特に鳴けるようなものでもなさそうだったので、もしかしたら意識が飛んでいて私の打牌見てなかったのかな?と思って、下家の方に「どうぞ」と声を掛けたのだ。そうすると、下家の方は急に「わかっとるわ!調子乗るなよ!!!しばくぞ!!!」と激昂し、そこから当てつけのように私を罵倒しながら速打し始めた。まさか自分が気遣いでやったと思ったことが煽りと取られることは思っていなかったので面食らったが、最終的にはなんとかこれ以上こじれずに終わってくれた。同卓していた方々もひやひやしていたようで、申し訳ない気持ちになった。

点数申告に「です」をつけるのも、それをしよう側の気持ち、気遣いはすばらしいものだ。しかし、それを煽りや悪意と取る人間も存在する。

それならば、ゲームとしての発声は純粋なものだけにし、余計なものは加えない。配慮や気遣いは別のところでも見せることはできるので、わざわざトラブルの芽を作ることはないのだ。

さらに、店側が「もてなす」意識を前面に出しすぎて、客側が「もてなされる」意識を持ちすぎるのもゲーム性を歪めてしまうかもしれない。
「(スタッフのくせに)あんなアガりしやがって」のようなセリフは、自分が「もてなされている」という意識を持っていなければ出てこないであろう。競技麻雀とフリー雀荘の麻雀は勿論異なるものではあるが、ゲームとして純粋であってほしいとは私は思う。麻雀が好きな者も多数はそう思うのではないだろうか。



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