トップリーダーの要件
人は誰でも間違いを犯すことがあります。しかし、問題は、間違いに気づいても改めないところにあるのです。「過ちて改めざる、これを過ちという」(孔子)と言われるように、気づいて改めなければそれは本当の過ちとなり、悪となってしまいます。つまり、人間は、自分の過ちにはなかなか気づかないものであり、わかっていてもそれを認めたくない、というのが凡人の常ではないでしょうか。
18世紀のイギリスの政治家フィリップ・チェスターフィールド卿は、「忠告は滅多に歓迎されない。しかも、それを最も必要とする人が常にそれを敬遠する。」といい、作家・三島由紀夫は「忠告が社会生活の潤滑油となることは滅多になく、人の面目をつぶし、人の気力を阻喪(そそう)(意気消沈)させ、恨みをかうことに終わるのが十中八、九である。」と述べています。それ程、自分の非を認めることは難しく、ましてや絶大な権力を持ち、並ぶ者がいない皇帝ともなればなおさらです。
中国の帝王学の最高傑作といわれる『貞観政要』に次のような話があります。唐の第二代皇帝の李(り)世(せい)民(みん)は太宗と呼ばれ、軍事力を強化して勢力を拡大しただけではなく、律令制の整備など内政にも力を注ぎ、「貞観の治」といわれる平和で理想的な統治をした皇帝として有名です。もし皇帝たるものの表情が不安げで曇っていれば、士気もあがりません。しかも、太宗は、もともと自分の容姿がいかめしいことを知っていたため、側近たちが委縮しないように、穏やかな表情に気を配ったといわれています。
太宗は、ある時家臣たちに嘆いていいました。「銅を鏡とすれば、衣服や冠を正しく整えることができる。古(いにしえ)を鏡とすれば、世の興亡を知ることができる。人を鏡とすれば、善悪を明らかにすることができる。私は常にこの三つの鏡を持ち、自分の過ちを防いできた。しかし今、魏(ぎ)徴(ちょう)が亡くなって、とうとう一つの鏡をなくしてしまった。」
太宗は涙を流して魏徴の死を悼(いた)んだといいます。そして家臣たちに訴えました。「これまでは、ただ魏徴だけが常に私の過ちを明らかにしてくれた。彼が亡くなっては、たとえ私に過ちがあってもそれを明らかにしてくれる者はいない。昔だけ非があって、今はすべて正しいということがありえようか。それは、多くの役人たちがむやみに私の言葉に従い、逆鱗に触れるのをはばかっているからであろう。」
そして、太宗は、中国・戦国時代の古典『韓非子』の「説難」篇の中にある故事を引用しながら、「逆鱗に触れる」ことを恐れず、誠意を持って諫言することの大切さを家臣たちに、こう説きました。「私はこういうことを聞いたことがある。龍はうまく飼いならせば、手なずけることができる。しかし、龍の喉元の下には逆さに生えた鱗があり、この鱗を触った者は龍に殺される。君主にもこれと同じ逆鱗があって、君主の意向に背けば、君主の激怒を招くことになる。しかし、あなたたちは、これまで逆鱗を触れることから逃げず、各自が私に意見書を出してくれた。今後もあなたたちがこのようにしてくれたら、国家が傾く心配はない。......これからも、各自がその誠意を尽くせ。もし、私に悪い点があれば、はばからずに直言して隠すことがないように願う!」
太宗は、なぜこのように訓示したのでしょうか。というのも、かつて太宗は、皇帝の位についた時、自分が専制政治に陥らないよう、過ちがあれば遠慮なく意見を述べるよう、側近たちに訓示していました。しかし、実際に批判的な意見をいうと太宗は怒り、癇癪(かんしゃく)を起したのです。側近たちは、次第に意見を述べるのを控えるようになりました。しかし、その中で一人魏徴だけは、太宗皇帝が癇癪(かんしゃく)を起こそうが諫諍(かんそう)をやめることはなかったのです。何とその数200回を超えたといいます。
太宗は東洋一の名君ともいわれましたが、それは、魏徴のような忠臣に対して、恣意的に罰することなく寛容であったからだといわれています。たとえプライドが傷ついたとしても、諫諍を受入れる柔軟性と自分の間違いを素直に受け入れる謙虚さがあるかどうかでその人物の器の大きさは決まるといっても過言ではありません。
人間は、たった一人で正確に未来を予測することなどできません。ただ、歴史は繰り返すといわれるように、過去の歴史や経験や事例に学ぶ姿勢を持ち、現在置かれている状況と照らし合わせながら、起こり得るリスクを予測して、予め対策を練ることは可能です。ただ、歴史や過去の事例をどう見るかは、複数の考えを集めることが大切です。
また、物事はある一方向からだけで判断する単眼的思考ではなく、別の方向・角度からも見つめてみる複眼的思考で、より正しい自分なりの考えをもつことができるようになります。さらに、自分の考えは「本当に正しいか?よりよい考えはないか?」と結果を鵜呑みにせず、自分なりに分析し最適解を求める批判的思考を自らの思考法に確立することが求められます。
そしてトップリーダーにとって最も重要なことは、側近たちが否定されても、罵倒されてもなお意見を曲げずに進言してきた時こそ、アンガーマネジメントに徹して一度冷静になり、異なる考えによく耳を傾けることが大切なのです。