日常の切り取り”仕事帰り”
仕 事 帰 り
仕事を終え、自宅の最寄駅に着いたのは午後7時半。
改札を出て、右側の階段へ向かう途中、小さな女の子らしき声を聞いた。
「待ってぇ…ぇぇぇ」
涙の色に染まった声が彼女の透き通る力強さも含んでいる。
我が子の幼かった頃の声と重なり、その響きだけで抱きしめていた頃の感触がよみがえる。
階段を見上げた。
小学校低学年と思われる女の子がふたり、階段を勢いよく駆け降りてくる。
彼女たちはあっと言う間に階段下のぼくの脇をすり抜けてゆく。
ふたりの背中を目で追った。
再び階段を見上げると、足元を見つめ階段を一段ずつ、右足からでないと降りられない女の子の小さな体。
自分の足元と、走り去った女の子たちの方角を交互に見、肘で涙を拭いている。
-階段を駆け上がろうとした-
-涙を拭く手で前が見えなくなり転げ落ちる前に抱き抱えなければ-
-思った瞬間―その子は急に階段を駆け下りた。
ぼくの脇を走り過ぎた彼女は立ち止り、ぼくの顔を振り返った。
前を向き、視界から消えたふたりに、「待ってえええ!」と叫んだ。
真っ直ぐな、どこまでも届きそうな透き通った力強い響きだ。
彼女はもう一度肘で涙を拭くと、小さな足を蹴り再び走り始めた。
真っ赤なカーディガンを着た彼女の走り去る小さな背中を追っていた。
小さな背中、小さな足…はすぐにぼくの視界から消えた。
階段を見上げると外灯が滲んで見えた。
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