MRのカルテ (No.10)
医療ライターの三浦秀一郎です。MRのいいお話を連載します。お読み頂ければ、光栄です。(尚、本文はフィクションであり、実在のいかなる団体・個人等ともいっさい関係ありません)
〇 新薬発売時の願掛け (カルテNo.10)
医薬品企業の多くは、大阪の道修町(どしょうまち)に本社または支社を構えている。道修町は、大阪市中央区の船場にある町で、江戸時代から薬種問屋街として発展した。
江戸時代には中国、オランダから「薬」を扱う「薬種仲買仲間」が店を出し、ここから全国に「薬」が流通していったのである。その関係で、大手医薬品企業の本社が現在も道修町に集中している。
道修町に『少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)』という神社がある。御堂筋から道修町通りに入り、堺筋方面に向って約300m歩いた左手に、ひっそりと位置している。
「えっ、こんなところに神社があるの……」
と言ってしまいそうな、よく注意をしていなければ見逃してしまう場所である。入り口には「注連柱(しめばしら)」があり、その横には金色に輝く虎の像が出迎えている。参道を進んで鳥居をくぐると、ひんやりとした空気に包まれた社殿が現れる。『少彦名神社』には、日本の薬祖神である「少彦名命(すくなひこなのみこと)」と中国で医薬の神様である「神農氏(しんのうし)」が祀られている。
この事から「神農さん」と呼ばれ親しまれているのだ。そして、今でも健康を祈願する参拝者が後を絶たない。
神社内に「くすりの道修町資料館」がある。道修町の営みと歩み、また「くすりの神農さん」を理解するのには都合がよい資料館となっている。
新薬の発売日が決定する。大安吉日を選ぶ。そして大型医薬品の船出がここから始まる。各医薬品企業は、新薬発売日を慎重に検討しながら決めている。
最終的には社長自らが決済を行う場合もある。そして発売日は、製造・流通等の諸々の条件を考慮して、薬価収載後の大安吉日を選ぶ。その際に『少彦名神社』は大きな力を発揮するのだ。
新薬の発売日は、関係者が揃って『少彦名神社』に参拝し、願を懸ける習わしがある。この慣習は何年も、幾度となく繰返された重要な儀式となっている。今も、国内で販売されている医薬品の中には、こうして市場に出てゆき、医療に大いに貢献している新薬が数多くある。
このことから『少彦名神社』は「道修町」の守り神となっているのだ。
そして、優秀な新薬であっても、やっぱりその効果は神頼みなのである。何か複雑なものを感じてしまう。