MRのいいお話

MRのカルテ (No.7)

医療ライターの三浦秀一郎です。MRのいいお話を連載します。お読み頂ければ、光栄です。(尚、本文はフィクションであり、実在のいかなる団体・個人等ともいっさい関係ありません)


〇 ゴルフマナーの悪いドクター (カルテNo.7)

 皆さんにお尋ねいたします。

「今日は80を切るぞ。ここんとこ調子がいいからね。70台が出そうな気がするんだ……」

 とスタート前に、無謀な発言をするゴルファーは、あなたの周りに何人いるでしょうか。勿論、この80というのは一つの参考スコアなのですが。私はこのタイプの人達を「大風呂敷ゴルファー」と名付けて、心から嫌っています。

 私のゴルフ仲間のドクターにも、該当者が何人かいるのです。しかし実際、その場面に遭遇すると、「先生、私もそう思います。今日は絶対に出ますよ。頑張ってください。応援しております……」と、本音と全く逆のことを口走ってしまうのです。実に不愉快ですが、不思議です。

 我ながら、実に悲しい姿と分かっているのですが、長年のMR経験がそうさせてしまうのです。そして、後で冷静に考えたとき、その滑らかな口調にムカついてくるのです。なぜ、そんな風に答えてしまうのか、自分自身が情けなくなります。

「出る訳ないでしょう。その実力では、絶対無理ですよ―」

 と言ってしまいたいのですが、それは口が裂けても言えません。それには理由があります。MRは営業です。大事な売上がなくなると困ります。相手を怒らせたら売上がゼロになるのです。これが実に辛い、MRの急所なのです。

 さて、朝の「大風呂敷ゴルファー」のスコアは結局、どうなったと思いますか? 今まで、随分多くのドクターとゴルフを楽しんできましたが、公言したスコアで上がってきた方に未だ出会ったことはありません。これは実に不思議なことです。

 逆に、シングルクラスのドクターはこんな台詞は言いません。実は、最初にこのお話をぜひとも皆さんに聞いて欲しかった理由は、以前からずっとこのことに疑問に思っていたからなのです。ところが最近「大風呂敷ゴルファー」は決して格好をつけようとしているのではなく、前向き思考の人間で、カタカナでいうと「ポジティブシンキング」であるということを知りました。

 それで何となく少し納得したところがあるのです。物事を前向きに考えることは必要ですし、この世界は辛いことばかり。プラス思考が大切であることは誰もが知っているところです。

 しかし、ゴルフの場合はそうはいかないのです。それは、公言することによって、かえって体全体に力が入り、力みだけのスイングになってしまうからなのです。プレイ前にスコアを口にした途端、そのスコアは出ないと認識すべきでしょうね。ゴルフは神聖な自分との戦いです。自分を力ませない準備とコントロールが必要なのです。

 心当たりのある方で、気分を害したら御免なさい。片手シングルプレイヤーからの助言と思ってください。

 さて、これから本題に入って「マナーの悪いドクター」のお話を披露しましょう。実は、この方も「ポジティブシンキング」のタイプで、更に自分に相当あまい人間なのです。あっ、その前に、ゴルフの70台というと、なかなか難しいように思いますが、MRには決して出せないスコアではないのです。信じられないって―?

 いや、それは機会があったらお教えしましょう。

 えっ、そんなことを言っているお前は何者かって。じゃ、お話の前に自己紹介をさせてください。でないと信用してもらえないですね……。私はMR、三浦秀一郎、39歳、ゴルフ歴十五年です。現在、会社では係長の職にあります。ただ、同期の多くが、課長になっていくのが少し気がかりです。

 ゴルフのハンディキャップは3.5、いわゆる片手ハンディというやつです。東北、関東で3.5のMRはそんなにいないと思います。

 私は今でも、ゴルフを営業のツールと思っています。公競規でゴルフ接待は禁止になりましたが、逆にもっぱら練習場(打ちっぱなし場)での営業を重要視しています。

 ドクターと一緒にプレイをすると多くのエピソードに出会うことができます。千葉県にある医療法人病院の外科部長のお話をしましょう。

「ナイスショット……」と皆が270ヤードのドライバーショットの飛距離を賞賛しました。曲がらなければ実によく飛ぶ外科部長なのです。

「今日は、ショットがいいね。80前半で回れそうな気がするな―」

 気持ちのいいショットの後、この台詞が飛び出したのです。この部長もゴルフに関しては、あのタイプの人間だったのでした。その台詞を聞いた瞬間、私は既に心の中で、バットで殴り掛かっていました。冷静にならなければいけない。病院では、全く違うタイプに見えるのですが、人間とは分からないものですね。

 少し距離のあるミドルホールのことです。外科部長の二打目は、ワンピンのバーディトライの位置に着けました。これには力が入るでしょう。私のボールはというと、ツーオンをしたものの、10ヤードほどの長いバーディパットとなりました。そしてラインは、外科部長の真上を通るラインなのです。

 その時、最初の事件が起こりました。私がマークをしようとした時、外科部長は私のラインを無造作に踏みつけたのです。「まあ、10ヤードもあるからいいか……」と、寛大な気持ちで見過ごすことにしました。

 結局、ラインを教えたにもかかわらず、外科部長のバーディパットはカップを掠めてパーとなりました。小さな、効果的な天罰がくだったのでしょう。

 次のロングホール、私は見てはいけない驚きの光景を目の当たりにするのです。それは、私のゴルフ人生の中で、二度と体験したくないショッキングな出来事でした。

 外科部長の二打目は、シャンクして右の谷の方角へ飛んでいきました。谷にはOBラインが待ち受けています。外科部長は三本ほどアイアンを取り出し、谷に向かって走り出しました。少し遅れて、私もボール探しに追っかけたのです。途中、小高い丘があり、そこから谷の方角がよく見渡せます。部長のボールは、OBエリアにあるようにも見えます。

 すると何を思ったか外科部長は、ボールを足で蹴って、OBラインを飛び越し、OBエリアから出してきたのです。これには呆気にとられました。ボールは2~3ヤードのラフに入ってきました。セーフです。

 私は無意識の内に木陰に隠れたのです。あたりを見回すとその映像を見ていたのは、私だけのようでした。そして暫く、木陰でぼっと突っ立っていました。

 ついに最終ホールのグリーン上で、またライン事件が起こりました。今度はパートナーの一人が、外科部長のバーディラインを踏みつけたのです。すると、外科部長は急に怒り出しました。

「おおーい。バーディパットなんだから、俺のラインを踏まんでくれよ……」

 私は「はあー」と心の中で絶叫しました。皆さん、よくお分かりですね。ゴルフの四人の世界では、この様な事が大小はありますが、日常茶飯事に起こり得るのです。

 その後一週間ほどして、院内で外科部長と面談をしました。すると、次のように言うのです。

「私には、ゴルフは性に合わないような気がする。もう止めにするよ―」

 私は心の中で「先生、それがいいですよ。絶対止めた方がいいですよ……」と思ったのですが、実際に口にしたのは、「先生、先生のようにドライバーの飛距離がものすごいのに、もったいないですよ。ぜひまたお願いします。OBラインはあまり気にしない方がいいですよ……」

 外科部長の瞳がキラリと光ったように感じた、が、気の所為かもしれない。