MRのカルテ (No.14)
医療ライターの三浦秀一郎です。MRのいいお話を連載します。お読み頂ければ、光栄です。(尚、本文はフィクションであり、実在のいかなる団体・個人等ともいっさい関係ありません)
〇 割戻のお話 (カルテNo.14)
「営業課長、あのバカなMRの連中はその複雑な割戻体系とアローアンス企画の内容を理解できると思うのかい……?」
「確かに、病院領域は計画を達成しそうだが、納入軒数のシェアを確保したい開業医領域のアローアンスの企画は、複雑すぎて、あの連中には理解できんだろう……、もう少し、何とかならんのかい……」
と東北ブロックの年初のエリアマネージャー会議の席上で、突然、ブロック長が喚きちらした。事前の打ち合わせが済んでいるとはいえ、迫力のあるそのやらせのコメントには、流石に営業課長の心臓も止まりそうになった。
この時ぞとばかり、追い打ちをかけるように、数人の軽薄なエリアマネージャーが「そうだ―、そうだ―」と営業課長に詰め寄っていった。しかし、全てが計算づくのストーリーであることを彼らは知らない。そして、その発言者の名前はきっちりと記録されている。いつものクレイマー・エリアマネージャー達である。
今年度の代理店企画のストラテジーは、例年より複雑化している。しかし検討に検討を重ねた結果、間違いなく開業医市場のシェアアップにつながると確信がもてる企画項目となっている。但し、それにはどうしても押さえるべき点が一つ残っていた。
MRの仕事の一つに「卸売業者」の育成と推進がある。また、MRとは別に医薬品メーカーは、卸売業者を担当する専属の部隊をもっている。担当者の呼称は「卸セールス」又は「卸営業担当」という。両者は業務分担を明確にしながら、卸売業者の計画達成を協力して推進していくのである。
卸売業者は、本社又は本部からブロック別・県別・支店・営業所ごとに販売計画(予算ともいう)の示達を行っている。企業として、中長期の経営計画から医薬品メーカーのリベート等を勘案して、最大限の利益を獲得できるよう、計画を現場に送り込んでいるのである。
卸営業担当のメイン業務は、卸売業者の本部を担当しながら各ブロック・支店・営業所の実績管理の推進を行うことである。そして彼らは、担当卸の中での自社のランク、競合他社製品を含めた優先順位、他社リベートとアローアンスの情報等、全てについて恐ろしいほど熟知している。更に、推進業務のみならず、担当卸の与信管理の責務も熟している。このことから、卸売業者にとっては実に恐ろしい存在となっているのである。
卸売業者の製品推進の原則は、儲かるもの、額が大きいもの、労力の小さいもの、将来性のあるもの、競合が少ない製品を対象としていることである。そして、緻密で素晴らしい、整理された計画が現場に示達されることとなる。勿論、上位推進20品目の利益目標とその根拠は、絶対的なものでありMS(卸売業者の営業担当の呼称)の頭の中に完全に刻み込まれなければならない。それ以外の製品は次のランクとなり、MSが自己判断する製品群として位置づけられてしまう。
そこで登場してくるのが、MRである。卸売業者の支店・営業所には、ほぼ毎日朝晩、MRがしつこく通ってくる。そして、開業医市場(医療法では、診療所の領域)を担当しているMSに詰め寄り、強烈な推進活動を行うことになる。
しかし、MRも病院を担当している。このために開業医市場まではなかなか手が回らない。この関係から、MSを動かすためにMRはリベートとアローアンスの理論武装が必須のものとなっている。
リベートとアローアンスは、何れも医薬品メーカーが卸売業者に対して販売金額、販売数量の状況に応じて支払う金銭であり、仕切価格の修正として経理処理されるものをリベート、販促費として経理処理されるものをアローアンスと定義されている。過去、あまりの名称の多さから統一して『割戻金』として扱うという暗黙の了解事項があったが、現在は、リベートとアローアンスという呼称に落ち着いているようだ。
いくら優秀なMRであっても、リベートの種類とその内容を的確に説明ができるものは少ない。そこで、せめてアローアンスの企画内容だけはという対策となり、徹底してアローアンスの指導が行われるようになっていった。実際に現場の推進役がその企画内容を理解していなければ、MSの指導もできない。そして製品のプロモーターからは、相手にされなくなってしまう。
今年度のアローアンス企画を簡単にまとめると、開業医市場におけ「多品目納入割戻項目とランチ説明会の連動企画」という内容になっている。ランチ説明会を実施し、1品目~4品目、又はそれ以上の納入先に各々の単価を設定して、仮に5品目であれば@10,000を割戻すという企画になっているのである。これは得意先ごとに、細かく新規納入をはかればその見返りは大きくなり、多額のアローアンスを獲得できる仕組みとなっている。
今まで自社からの提案でこんな企画の提示は経験したことがない。更に、実績のダブリ計算も認めるというのだから、卸売業者の支店・営業所での計画的な展開と推進は、最も重要なポイントとなってくるはずである。
「みんな、聞いてくれ―、この企画にはおまけがあるんだ。詳細は次の時間で営業課長が説明する。エリアの計画をぜひ達成してほしい。お願いするよ―」
とブロック長はあっさりと締めて、午前のスケジュールは終了となった。
そして、午後一で営業課長から卸売業者に対する『特別企画・アローアンス戦略』の「おまけ」部分の発表が行われた。一同は「おっ、おっ――」と感嘆の呻き声を上げた。
「営業課長……、申し訳ない。そこまで考えてくれてたとは気がつかなかったよ。皆で計画を完遂して、いっぱいいただこうじゃないか。あっ―、この企画の名称を『クレイマー作戦』と名付けてくれないですか。深い反省の意味を込めて、ぜひお願いします―」
営業課長は、皆を見渡した。もう午前中のクレイマー・エリアマネージャーの姿はそこには無く、瞳輝く、別人のエリアマネージャー達が揃っていた。
「おまけ」は、自社でのエリアマネージャー対するインセンティブ企画であった。計画100%達成に止まらず、1%、@10,000の上乗せ計算を行い、クォーターごとに支払うというものである。
国語辞典に『現金』という言葉の説明が載っている。現金とは「目先の利益によってすぐに考えや態度を変えるさま」とある。この連中はまさに『金が出ると聞いた途端、働き出すとは現金な奴』であったのだ。