雨の朝始発の地下鉄に乗って
1
金髪になったアイツは、毎日サッカーボールを追いかけていた頃のように目が輝き、脇目も振らず大通りを自転車で走り抜けていった。
「薔薇色のキャンパス生活だよな」
高校を出てすぐルート配送の職についた彼が駅の二階の喫茶店で呟いた。
隣の芝はかなり青く見える。
一方で僕は、学年トップクラスの成績の女子からラブレターをポストに投函された彼を羨ましく思っていた。
持っている人は、それを当たり前だと思い、持たない人は妬ましく思う。
本音と嘘の割合が歳を重ねるにつれ、徐々に変化していくのが人間。
あの頃はまだ世の中を知らなかったんだ。
2
毎朝、目覚しで無理矢理、疲れきった心身を起動させる。
最初の頃は、朝ドラヒロインを見てから出社していたのだが、あまりの通勤ラッシュに閉口して七時台の電車に乗ることにしている。
小さい地下鉄だから、他の乗客との距離が今日もより近く感じる。
乳がんの治療で欧米の放射線治療を受ける為、晩年の母はなぜかこの満員の朝の通勤列車を選んだ。
もっとお金があれば違う選択肢も選べたのかもしれないけど、必死に通院をしていた。
3
雨で無人の25番ゲートの前を通り過ぎる。昭和の頃はプロ野球のチケットは球場の周りに長時間並ばないと買えなかったのだが、時代は令和に変わり趣味は多様化し、推しのエンタメチケットなら高額でもネットで買うようなスタイルになった。
ダフ屋のオジサン達は、いつの間にか役割を終えたようだ。
この頃は家族ですら趣味嗜好の隔たりに辟易してしまう。情報量もチャネルも違いすぎて価値観を合わせる事がより難しいんだ。
もう娘の欲しい物も、彼女の欲しい物もまったくわからない。
何しろ履歴の残らないブラウザで高速に検索しているのだから。
4
通勤ラッシュを避けて、一時間前に職場近くの駅に到着する。まだ、脳のリソースは十分にある。
近頃、スーツケースを引くスニーカーの女性が目立つようになった。空港オジサンと同じで、旅に出掛けるような心持ちで、仕事に挑んでいるのかもしれない。
数年ぶりの夏の旅行を待ち望んでいたのに、Virus再燃と要人襲撃で世相も未だ安定せず。
祭りの夜の開放感を味わえる日は、再び訪れるのだろうか?
今年もバーチャルの世界で海外旅行とトリップを樂しむ夏になりそうだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?