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DIME NOVELS ダイムノヴェル第六話

Cが銃口を、しゃくってみせた。倒れているKの方へ導かれる。事後の処理を簡潔に纏めたいのだろう。明日と明後日の方向に転がる死体を集めるのは、骨が折れる。
靴の裏に、Kの血液を感じた。床まで染め始めていやがる。
「大丈夫か?」大丈夫じゃない男に訊いた。
 Kは答えない。ただ視線を漂う。
「自分の心配をしろ」とC。真っ当な意見。少なく見積もっても、セコンドがラウンドの合間にコーナーで、しっかりディフェンスを固めろ、と言うくらいの真っ当さはあった。
 それくらい俺は、すべき基本から逸脱していた。
「バラした、として、お前が砂漠まで捨てに行くのか?」時間稼ぎの愚問。
「そうなった場合、死んだ後の事だ。気にするな」
「大いに気にするね」
「誰が、何処に捨てようが、二度と日の目を見る事は無え。綺麗さっぱりこの世から消してやるから、安心して逝け」
「砂地だと、腐って臭いが…」
「うるせえ。いい加減、従順になったら、どうなんだ? コッチの手間を一つでも減らす努力をしろ」
 膝の裏を蹴り飛ばされ、俺は跪いた。丁度、慈悲を乞うような格好だ。そして、後頭部に黒鉄を感じた。
 レフェリーのカウントが始まる。1,2,3,4,5,6,7,8…。
 リングの上では、8カウントまでは自動的にカウントされる。あとはレフェリーの判断次第。だからファイティング・ポーズを作らなければならない。意思を示さない者に、レフェリーは戦い続ける事を許さない。
TKOは、痩せ犬とレフェリーの慈悲の混血児だ。
 強く後頭部に、黒鉄が押し当てられたのを感じて、頭を横にずらし、銃があるであろう宙を手で払った。
 意識したわけではない。窮鼠猫を噛む、のカウンターパンチ。
 乾いた銃声が庫内に響き、薬莢が床に転がった。
 自分の体を見やる。特に痛みを感じない。撃たれてはいないようだ。
 Cも状況が良く飲み込めていないのか、ストップ・モーション。
 機先を制せ、と自己に檄を飛ばし、Cより先に動き出した俺に、スポットライトが当たった。否。陽の光だ。
「何だい!? 今の音は?」
 アホの闖入。遅れてきた男。
 薄暗い庫内に、開け放った扉から夕焼けが差し込み、相変わらず前髪の決まらないUのシルエットが浮かんだ。
 逆光でよく見えなかったが、見なくても分かる。きっと酷い間抜け面だ。
 手には、M1911コルト・ガバメント。官給品。飼犬の銃。
「全員、動くな」
「何処をブラついていたんだ? 遅かったじゃねえか」とタッグパートナーの来訪に口元が緩ませ、C。
「ヒーローは、最後に現れるモノさ」何故か余裕綽々のU。
 Uのアホ面が、俺たちに近づく。
「銃を床の上に置け」お巡りの様。
「あん?」
「動くな、って言ったぜ。動くなって事は、息すらするな、って事だ」
「ガキが、何言ってやがる」
「黙れ。発言者は俺だ。帳簿は何処へやった? カジノの裏帳簿だ。この中の誰かが持っているはずだ」
 裏帳簿? 何の事だ?
「お前、何者だ?」と顔に怪訝を貼り付けてC。
二つ折りの手帳をかざして、クソの様な金バッジを光らせ、Uがほざいた。
「連邦捜査局の者だ」
 そしてUは、Cに銃口を定めた。
 何が何やら、分からない。
「周りは、もう固めている。お前らに逃げ場はない。カジノの裏帳簿はどこだ? ウチの目当てはそれだ。それだけ寄越せ」
「ウチ?」
「さっき言っただろ。正義の味方は二度、名乗らないものだ」
「何の冗談だ?」
「なら試してみるか? 銃口を俺に向けてみろ。正当防衛ってやつを披露してやる」
「裏切ったって事か?」
「ハナから、正義の側だ。さっさと寄越せ」
「寄越したら、どうなるんだ?」とC。銃口は俺とUの中間。
「寄越しさえすれば、後は興味ない。とっとと失せろ。点数にもならない発砲は、弾の無駄遣いだ」
「悪いな。俺の目当ても、帳簿(それ)なんだ」Cが抜かす。
 色々、眩暈がした。犬だらけな事も。一縷の望みの提案を、撥ね付ける事も。
 俺は一体、誰に踊らされていたのだ? 否、踊ってすらいない。ダンスフロアで、女のケツを追っているだけのガキのそれだ。
「渡しちゃ、貰えないのかい?」とラフにキメた前髪を揺らし、U。
「連邦のクソの為に、危ない橋を渡ったわけじゃねえ」
「今、その危ない橋を渡っているんだぞ。よく考えろ。ウチが欲しいのはボスの首だけだ。お前たちは帳簿を渡しさえすれば、見逃してやる。裏通りから抜けろ」
 フェアだ。公平な取引だ。帳簿が今どこにあるのかは知らないが、そう思った。
 俺はゆっくりと後ずさった。この機に乗じて、逃げる事が出来るのではないか、と思ったからだ。俺と帳簿に関係線は引かれちゃいない。
「動くな、と言ったぜ」と横目でU。
 Uの注意は俺。Cの銃口がUへと動き、銃声が響いた。
 Cの残部僅少の頭が床を叩いた。チンピラと本物(モノホン)の射撃訓練を受けている者の腕の差だった。
「チッ」舌打ちの後、Uが言った。「チンピラは、これだから困る」
 そしてUは、倒れたCの所まで行き、死体をまさぐった。
 Cの背中のあたりから、帳面が出てきた。これが探していた裏帳簿なのだろう。
「それが、そんなに大事なのか?」思わず訊いた。
「儲けた分の税金は払え、って事さ。最も国を怒らせる事案だ。アンタも納税者になる気があるんなら、気をつけた方がいい」
「その帳簿は、どうするんだ?」
「ん? 脱税の証拠さ。これでお前んトコのボスを挙げる」とU。俺に顎をしゃくって寄越した。「早く行けよ。裏の窓から出ていけば、見逃してやる」
「俺にボスは居ねえよ」
「そうか、最近出てきたばかりだったな。じゃあ尚更、早く行けよ」
 倒れているCを見やった。
「上手く立ち回らなきゃ、そうなっちまうぜ」とU。「裏切り者の末路さ」
「お前も、そうだろ」
 Uは、俺の言葉を無視して、言った。「早く行け」
 野良犬のような扱いだ。何だか癪に障った。
「説明してくれよ」兎に角、訊く権利は有している。
「何を?」
「全部だ。このチンピラ仕事に纏わる」
「訊いてどうする? 回顧録でも書くのか?」
「命張ったんだ。訊いたっていいだろ?」
 Uが髪をかきあげ、語りだした。男としての不義理は禁忌だ、と。
「銀行に押し入った理由は分かるな? 組織の自作自演だ。だから金庫の中にはハナから金は無かった。だから俺達のやった事は、ただの骨折り損さ。ただ、Cはボスに嵌められているのを承知で、この押し込み計画に乗った。奴の狙いは、ボスの首根っこを掴む事の出来る、この帳簿。だが、在るはずの金庫の中に裏帳簿は無かった。だから銀行の中で暴れていただろ? 支店長が押し入られる前に、手元に隠し持っていたのさ。組織から自分の身を守る為にな。そしてCは裏帳簿をせしめた。それを支店長がウチに全部、ゲロって今に至る。こんなトコだ」
「誰も真面に働いちゃいねえ」
「だな」
「だが、そのシナリオは少し違うぜ。Cはボスに殉じてた」
「なら、どうして奴が、この帳簿をふんだくった?」
「支店長の許に置いておくのが、拙いと思ったんじゃねえのか。組織人として。固い男だったのさ。それでいいじゃねえか」
「アンタも嵌められたんだぜ」
 そうだ。殺されかけた。だが死んでからも悪く言う気にはなれなかった。だからUには、それ以上言うな、と言っておいた。
「チンピラの発想は分からねえが、それならそれでいい。任務としては、帳簿が回収できれば、コッチは御の字さ」
 Kを見やった。虫の息だ。
「まだ生きてるのか?」とU。
 血の池は、先程より広がっていた。このペースだと、六年後にはオンタリオ湖くらいにまで大きくなりそうだ。
「多分、駄目だな」大して見もせずにUが言った。
 もう、この現場に彼の興味を抱くものは、無いのだろう。
「俺は見逃してくれるのか?」
「ああ。気が変わらないうちに、行け」
 無防備な背中だった。Uが俺を舐めきっているのが窺えた。俺は無抵抗で、素直に言う事を聞くチンピラだ、と認識されているのだ。
「その帳簿、寄越せ」思わず言った。一ドルにもならない男伊達。
「あ?」Uが、コッチに振り返った。
 ガラ空きのチンに、俺はストレートをぶち込んだ。
 脳が揺れ、Uが前頭葉から床に倒れ込んだ。
 ゆっくり覗き込む。完全なノックアウト。Uの手のコルト・ガバメントを奪い、ベルトの間にねじ込んだ。転がる帳簿。拾い上げ、めくって見た。
 数字の羅列。何の意味か、は分からない。ただ、値打ちのある物だという事だけは分かる。俺の足元に転がる男が、三人。これだけの値打ちはあるという事だ。
 Uが意識を取り戻す前に、お暇した方がいいだろう。口を封じるべきだ、とは思ったが殺しきれない。やはり自分はチンピラだ、と自戒した。
「行くのか?」Kが、何とか声を出した。
「ああ。通りに出たら、救急車は呼んでやるよ」
「すまねえ。あと、もう一ついいか」
「何だ?」
「帳簿は、置いていけ」
「どういう意味だ?」
「…悪いな。国家保安局の者だ」
「どうせ死ぬんだから、裏切りの吐露はよせ。男のままで死ねよ」
「保安局の者だ」Kは、誇るように言った。
「犬め」
 俺は裏の窓を開け放った。誰もいない。本当に抜け道を作ってくれていたようだ。腐れ連邦捜査局に感謝したい気になった。
 俺の背後で、か細い声がした。「救急車は頼めるんだろ?」
「知るか」
「おい、F」
「うるせえ。もう、その符号で呼ぶな」
 俺は窓から這い出て、人一人が半身でやっとの路地を、横ばいに抜けにかかった。
 俺の懐には裏帳簿。さて、幾らで売れるのか? 売る相手すら決めちゃいなかった。
 これが俺の全財産。唯一の食い扶持。上手く踊らなきゃいけない。
 路地から出て、裏の通りへ。
古びた公衆電話が目に入った。使えなきゃ、放っておいたのだが、忌々しい事に使えやがる。
何度か掛けて、もう覚えていた番号へダイヤルを回し、受話器の向こうの男に、救急車の出動場所を教えてやった後、こう訊いた。
「警部、どういう事だ? 犬は俺だけじゃなかったのか?」
俺は、大通りへ向けて、歩みだした。
砂浜へ続くコテージは、まだ遠い。


 最後に言う。リー・マービンもジェームズ・コバーンも男だ。
 俺はどちらでもない。ジョージ・ケネディですらない。

                              
THE END

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