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ダメ人間、沖縄へ行くday.2

朝。ホテルの窓から見た沖縄の空はやや曇っていた。

レンタカーを借り、彼女に運転してもらう。

情けないが、仕方がない。

人は、その人間が出来ることをするしかない。

俺は彼女が退屈しないように喋り続けるだけだ。

まずはホテルから近い県立博物館へ向かった。


古民家の再現、だそうです。

沖縄の自然、歴史、習俗までけっこうなボリュームの展示だった。

変に観光地に行くよりも、俺はこういう歴史文化を見た方がその土地へ来た感慨に耽ることができると思う。

しかしながら、大して朝飯も食っていなかったので、如何せん腹が減った。

沖縄そばでも食おうか、となった。


車を飛ばして、これまた彼女が知り合いから薦められたというお店へ。

ところが。

到着すると店の前に人だかりができていた。

店の前には、実に沖縄人らしい陽気なおっさんがいて、この人がやってきた車を駐車場へと誘導していた。

そして、「お店の入口に予約用の紙があるから書いてきてねーん」という。

この人だかりは入店待ちの人だかりだったのだ。

つまり、どえらい有名店だったのである。

見たところ、ざっと30人以上は待っている。

とりあえず入店の予約はしたが、この人だかりだ。

いつになったら食えるのか…黒々とした思いが胸に広がった。

俺が予約した時点で10組は前に居た気がする。

店の前には、鰹出汁のいい香りが漂っていて、空腹を逆撫でする。

あまりに待たされるようなら、違う店を探すか…と彼女と相談してはみるものの、この店を逃すのも非常に惜しい気がする。

かといって、

沖縄そば屋の店の前で餓死するのは癪だ。


俺の中で、かつてないほどに井の頭五郎(松重豊版)ボイスが駆け巡る。

「焦るんじゃない。俺は腹が減り過ぎているだけなんだ」

人間、空腹が過ぎると途端に思考力を失ってしまうのも確かだった。


しかしながら、店の様子を窺うと、意外と客の回転が速い。

グループ客が、数分で1組くらいのペースで入店していく。

予約表は、店のおばちゃん、もといお姉さんに既に持っていかれてしまったために、自分たちの順番すらわからない。

空腹と行列の進み具合の、待ったなしの綱引きが続いた。


そして、しばらくして・・・

ようやく予約した名前が呼ばれ、順番が巡ってきた。

長い闘いだったような気がする。今回は粘り勝ちだ。

店の中は、人気店らしく芸能人のサインが所狭しと飾られていた。

並んでいるどころか、棚の上に無造作に積んである色紙まである。

芸能人のサインすらぞんざいに扱わねばならない、それほどにストイックな店なのか。

違う。大らかなだけなのだ。

そして、着席。即座に注文…と、店員を呼ぶ。

俺は寸前まで、メニュー最上段の、おそらく定番であろう「まかないそば」を頼む所存だった。

しかしながら、空腹時ならではの第六感が働いて、メニュー下部の

”本ソーキそば”

これがやたらと強い念をこちらに発していることに気付いた。

直前ですかさず注文内容を変更。

彼女は「えぇっ!?変えるの!?」

と言っていたが、こういう直感には従った方がいい。旅の第六感は概ね良い結果を生むものだ。

そして、回転率の高さを証明するように、ものの5,6分で沖縄そばが到着した。

んな、なんだこれは…!


これが”本ソーキそば”の正体だ!

大きな骨付きの豚肉が丼とは別皿にドーンと乗っているじゃないか。
(こっそりと駄洒落、スマン)

俺が頼んだのは”本ソーキそば”一品のみ。

つまり、この別皿が”本ソーキ”というわけだ。

見るからに食い応えがありそうな、インパクト大のビジュアル。

その挑戦、受けて立とう。

”本ソーキ”は軟骨がホロホロになるまで煮込まれていて、箸で骨から外れる柔らかさ。

甘辛く煮てあって、プルプルの油としっとりとした肉を頬張ると…口の中が豚の旨みで一杯になる。

「幸せや・・・」と口から零れる美味さだった。

本体の沖縄そばも、鰹出汁だけではない、恐らく豚の出汁と思われる旨みが加わって、厚みのあるスープだ。なんとも美味い。

俺は、夢中になって、ソーキ、そば、スープ、ソーキ、そば、紅しょうが、スープ…と食う手が止まらなかった。

途中、味変として沖縄名物である「島唐辛子」を泡盛に漬けた調味料、
「コーレーグース」を振りかけて、スパートをかける。

これを入れると、辛味と酒の風味が加わって、味がキリっと締まるのだ。

とにかく美味かった。

そして、”本ソーキ”。お前を選んだ俺を褒めたい。

自画自賛しちゃう。それくらい美味かった。

やっと腹が満たされ、落ち着いた俺たちは、次の目的地、那覇市内にある「波上宮」へと車を飛ばした。


「波上宮」は、健康や安産の神様とのことだ。日々不健康を地で行っている俺には有難い神様だ。

参拝を済ませ、神社の脇からビーチへ下りてみた。

そして。

澄んだ海。那覇市内でこれですよ。

沖縄の海は、実に青かった。

やや風がある日で、時化ているようだが、それでも濁りは少ない、綺麗な海だった。

砂浜に座り、

波が押しては引いていくのを眺め、その音だけに耳を傾ける。


実に良い時間だ。

この時、沖縄が人気になる理由がわかった気がした。

街中から少し車を走らせれば、美しい海があり、緑が青々としていて、どこまでも陽性の空気を纏っているからだ。

ギラギラとしたむやみな明るさではなく、ナチュラルな明るさで、この朗らかな自然に囲まれていると、気が休まるのだ。

しばらく海を見て、次の目的地へ。

彼女の希望で、「壺屋やちむん通り」へ雑貨やアンティークを見に行くことになっていた。

沖縄は焼き物も意外と豊富らしい。確かにシーサーも焼き物だ。

今も街中を走れば、橙色のレンガを積んだ家々が並んでいる。

そうした文化がこの焼き物の豊かさに繋がっているのかもしれない。

そしてやちむん通りで幾つかの店を巡り、

「ちょっと休憩しよう」と、立ち寄った喫茶店、名を「スワン」といった。

凄まじくレトロな建物、そして、2階にある店へと登る階段を一段上がる度に、時間の感覚が歪んでいくような感覚に陥った。

めくるめく昭和への扉

加えて、店内は照明を極度に落としてあり、最早暗い。

昭和のジャズ喫茶ってこんな感じだったのかね、とあまりにも昭和な佇まいでびっくりした。

ホントに今が「令和」なのか、と自分の頬をつねってみたりした。

残っているのが奇跡的なほどに昭和の空気を真空パックした喫茶店だった。


その後、歩いて、第一牧志公設市場へ立ち寄った。

ここで何かを買って、今日はホテルで食事しよう。

店々のショーケースには肉や魚介がやたらと陳列されていて、目移りしてしまう。

その中で、やたらと客引きに熱心な鮮魚店があり、ここで何か見繕ってもらうことにした。

色とりどりの魚、カニやエビ、それにヤシガニ(!)といった甲殻類。

ここで選んだ食材を二階にある料理店で調理してくれるという。

「刺身ならこれね。これはガーリックバターで焼くと美味しいよ~」と、
沖縄訛りでおススメしてくれる。

俺たちは、「オジサン」という一癖ある魚と大ぶりの海老を選んだ。

「これなら3000円ね~」

「ん?」と一瞬思った。彼女も同様だったらしく、顔を見合わせた。

丸々とは言え魚一匹と海老1本で3000円か…という思いはあった。

が、抗わないことにした。

そして、推しの強いおばさんに言われるがまま、調理法を選んでもらって、二階の料理店とも話をつけてくれるというので、任せることにした。

料理してもらった魚と海老を受け取り、調理代金を払う。

総額にしたら、この一連のやり取りだけで4000円近くかかっている。

随所で、この魚屋と料理店、裏で何か決めてるな、と思うところはあった。

「これ、値段相応かなぁ」と不思議がる彼女。

「まぁええやんか」と俺。

こういう時は、

「せっかく来たこの土地に少し多くお金を落としただけ」


と思うと、人間の尊厳を損なわずに済む。

おススメである。

それにしても今日は色々な場所へ赴いた。

疲れた。

ホテルで夕食を摂ることにして正解だった。

夜は、ホテルの部屋で買ってきた魚料理を食べ、オリオンビールをしこたま飲んだ。

料理はどれも美味かった。

オジサンは立派な刺身とガーリックバター焼きになっていた。

いいぞ、オジサン!良い仕事してるぞ!

海老も塩焼きされていて、実に美味かった。

もはやかかった金のことは言うまい。

そうした出来事も時間と共に思い出になるのだ。

書き漏れていたが、他に公設市場で買った海ぶどうや島らっきょうの漬け物も実に美味かった。

ホテルに居ながらにして、沖縄の味覚を堪能できた。

これはこれで贅沢な時間と金の使い方だと思う。

そうして沖縄の2日目が終わっていった。

明日は夕方に帰京する。

それまでに幾つかの目的地を回る予定である。

day.3へ続く

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