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不幸な魂

「それで、今日は何を占って欲しいんだい坊や。」


「ええ、実はここの所不幸続きでどうすれば不幸から抜け出せるのか占って欲しいんです。」


「…不幸かね。はて、どうも見たところあんたは特別不幸には見えないけどね。」


「ボクが不幸じゃないって、なんでそんなことが分かるんです?」


「あたしの水晶はね、鏡さ。あんたの行いその全てを映し出すのさ。そして特になんの不幸も訪れていないことが分かったのさ。」


「えーと、ボクの行いを映し出すですって?起こったこと全て?」


「あぁ、あんたが今朝食べたおかずから何回トイレに行ったかまで全てを映し出しているよ。」


「じゃあ試しに何か1つ言い当ててみてくださいよ」


「バカを言っちゃいけない。水晶に映るものは所有者のあたししか確認しちゃいけないのさ。それを本人に話すこともタブーさ。」


「はは、ふざけないでくださいよ!占い師の常套句か何か知りませんが、そんな非科学的な言い訳が通じるとでも?いいでしょう。今からあなたを論破してみせますよ」


「ほら、ここの左手の甲を見てください。」


そう言って少年は左手の切り傷を見せた



その日は毎朝7時になるようにセットした目覚ましが何故か作動しなかったんです。


7時半…あと30分で家を出なくちゃいけない。
いつもより準備の手が早くなります。


「康一!ご飯よ〜!」


「すぐ行くー!」


おかずは目玉焼きとベーコンでした。


「母さんちょっと水やりに行ってくるわ。食べたらすぐ行くのよ、遅刻しないように。」


「わかってるよ」


ナイフとフォークで丁寧に切っている暇はなかったので目玉焼きを豪快に2口で食べました。


でもベーコンは分厚かったしナイフで細かく切らなきゃいけないな、と思ってフォークでしっかり刺して前後に切りました。


…?おかしいな。確かに手応えはあるのに全然切れる気配がないな。筋張っているのかな?


「もっと…体重をかけなくてはっ!」
ボクは椅子から立ち上がって思いっきりナイフを動かします。ノコギリで材木を切る時のように力を込めて。


ドタドタドタ


「康一!康一!!!あなた、一体何をしているの!?」


何故自分の手を切っているの!?


ボクの左手はベーコンにフォークを刺したまま、右手のナイフでズタズタに切られていました。


「うわああああああっ!!!!」


今思い返すと焦って寝ぼけていたとかそういうレベルではありませんでした。まるで何かに操られていたように正常な判断能力が奪われていたように思います。



「ね!?おかしいでしょう!?これを不幸と言わずになんと言うんです!」


「いやいや坊や、バカを言っちゃあいけないよ。そんなの不幸のうちに入らないよ。」


「現にあんたはこうして元気に暮らせているし、病院に行けばあんたよりよっぽど不幸な人が大勢いるさね。」


「…ぐぅ、わかりました。一旦このことは置いておきましょう。」


「ではこれならどうです。」


康一は証拠を見せてあげますとこれでもかと出し始めた


「人違いのラブレター、採血を失敗した注射跡、見覚えのない数万円の請求書…なるほどねぇ」


「今までの人生でボクは自分を平凡な人間だと思って生きてきました。でも、ここ数週間でそれが劇的に変わり始めている。何か得体のしれないものに取り憑かれているような気さえします。」


「しかし、霊媒師に尋ねても期待できる返事は返ってきませんでした。だからこうして評判のいい占い師に会いに来てるんです。」


「教えてください!ボクはこれからどうすればいいんですか!風水が悪いと言うなら模様替えするし、幸運のツボがあるなら買います。ボクの人生がかかっているんです!」


「…ふぅ。康一といったね。あんた勘違いしちゃあいけないよ。運命っていうのはね、天秤さ。」




「人の人生とは、その天秤を調整する作業の繰り返しなのさ。徳を積む時間を増やせば幸運が訪れるし、堕落した日々を過ごせば不運が訪れる。」


「あんたに今不幸が訪れているのはその不運がたまたま積み重なってやって来ただけさね。」


「だからもし幸運を望むなら良い行いを心がけることさ。人に親切に接するのも良し、何かに打ち込むも良し、大事なのはあんたが精神的に成長することさ。その精神の健全さが幸運を呼び込むのさ。」


な、何も解決していないじゃないか。要は「坊や、勉強や部活に励んで有意義な青春を送れよ」と親戚のおじさんでもできる中身空っぽのアドバイスを聞かされてるだけじゃないか。


こんなことを聞くためにお小遣いをはたいて来たっていうのか?なんてバカバカしいんだ。


「…今日はもう帰らせていただきます。お代は置いておきますので。もう二度とここには来ません。」


「そうかい、もう帰るのかい。…康一、1つ忠告しておくけど間違ってもズルをしようなんて思うんじゃないよ。運命は人の精神が健全なら幸福を、邪悪ならば不運を呼び寄せるんだ。くれぐれも注意するこったね。」


「…失礼します。」



はぁ〜あ。思わず失礼なこと口走っちゃったけど、それもしょうがないよね。あんなエセ占い師の噂を信じたボクがバカだった。やっぱりボクは不幸な人間だ


「もし…そこの少年。リュックサックに学ランの君。」


「え?ボクのことですか?」


「あの館の方からやけに肩を落として出てきたんでちょっと気になってね。無理もない。あそこはボッタくるくせにろくに面倒を見ないことで有名だからね。」


「そ、そうなんですよ!!ボクの悩みを聞いてもあなたは不幸な人間じゃない、ちょっと不運が続いてるだけでたまたまだって。冗談じゃないですよ!」


「うんうん、わかるよ。私も昨今の占い師には酷く落胆していてね。どいつもこいつもただのお悩み相談所だったり高額な道具を売りつけたりと有能な占い師の株を下げるヤツらばかりだ。迷惑しているんだよ」


「え、それじゃああなたは…」


「そう、私もしがない占い師の1人さ。でも館のババアよりも抜群に効く占いだとここら辺じゃ知られつつある。どれ、君にもやってあげよう。館での不幸を案じて特別にタダでね。」


「た、タダですか!?やる!やりますとも!!」


「OK。占いと言っても私のはすぐに終わるものだけどね。ちょっと君のことを聞くだけさ。」


占い師の男は紫の水晶玉を取り出した。


「ここに手をかざして。今から私の質問に2.3答えるだけでいいんだ。」


「君の名前は?」


「河野 康一」


「家族は何人?その名前は?」


「4人です。母の晴美、父の健三、弟の義和です。」


「君と君の家族は今の生活にとても満足している?」


「それなりです。でもいつか両親は海外旅行に行きたいとしきりに言っていますが、僕達の学費が大変で貯金がたまらないそうです。そういう意味では少しハリのない生活をしているかも知れません。」


「…良し。ありがとう康一君。この水晶玉を持っていきなさい。」


「水晶玉を、ですか?」


「今、君と君の家族にとってこの水晶玉は特別なものになった。必ずみんなが見れるように家に置いておくんだ。ただし、この占いのことは家族以外には絶対に言ってはいけないよ。途端に効果がなくなってしまうからね。」


「…はい。ありがとうございます。」


占い師の男は水晶玉について何も教えてくれなかった。本当にこれでボクの不幸がどうにかなるのかなぁ?それに相談してもない家族まで。まいっか、タダでもらったんだし。



4日後


「占い師さんっ!!ちょっと話を聞いてください!」


「どうしたね?康一君。もしかして何かいい事でもあったのかい。」


「どうしたもこうしたも、いい事だらけだったんですよ!!あの水晶玉、ボクらの未来を映し出す水晶玉じゃないですか!!」


「あの後帰ってすぐです。水晶を覗いたら昔両親が失くした結婚指輪が映し出されました。60万円した指輪です。とても喜んでいました。」


「その次の日、ボクは好きな女の子がトラックに跳ねられる予知を見ました。そしてその子を跳ねられるすんでのところで助けました。おかげでその日は学校のヒーローでした。さらに夜は好きな子とファミレスで食事までできたんです。最高の気分でしたよ。」


「その次の日は弟が全国模試を控えていたんですが、予知のおかげでヤマが全部あたったんです。」


「そして昨日です。父が競馬で大勝ちしたんです!!オッズ30倍に20万賭けて600万円になりました!!今は海外旅行の計画立てているところです。本当に水晶のおかげです!」


「それはそれは良かったね。いやぁまさかそんなに使ってくれているとは思わなかったよ。これは思っていた以上に期待できるね。」


「ええ!期待しっぱなしですとも!フフフフフ」



さらに2日後


「はっはっはっはっ…占い師さん…。」


「ど、どうかしましたか、そんなに慌てて。」


「どうしましたじゃないですよ!あの水晶のことですよ!!昨日から予知が全く見えなくなってしまったんですよ!!」


「よ、予知が見えない?一体どういうことです?」


「しらばっくれるつもりかも知れませんけどそうは行きませんよ。あの後水晶玉はうんともすんとも言わなくなってしまいました。いや、これから起こることに比べればこんなの序章にすぎませんよ。」


「まず、弟が全国模試でカンニングしていたことが発覚しました。もちろん本人は強く否定していたんですが聞き入れて貰えず全ての教科で0点になりました。弟はこの日の為に何ヶ月も勉強していました。そのため精神的にものすごくショックを受けて酷いノイローゼで現在入院しています。」


「次にボクの写真フォルダから女の人の盗撮写真が大量に見つかりました。それを友達が悪ふざけで見せびらかして一躍有名人ですよ。おかげで好きな子にも冷たい目で見られるようになってしまいました。」


「そして両親が600万円を換金した帰りのことです。運転中、後ろからトラックに追突されて二人とも意識不明の重体になってしまったんです。600万円も原形を留めておらず、まともに治療費も払えない。我が家は最大のピンチに陥っています。」


「一体お前は何者なんだ!何が目的なんだ!!」


「その、さっきから一体何を言っているんです?水晶玉をあげるだなんてとんでもない。これを覗いていいのは力のある占い師だけですから。そもそも私はあなたを占った覚えがないんですが、どちら様ですか?」


「な、何をしらばっくれてるんだ。それじゃあの時の男は…」


「ここだよ、河野康一君」


背後に占い師の男が立っていた。たしかに目の前にも同じ男がいるのに


「いやはや、本当に助けられたよ君達家族には。平凡な家庭にしては中々に欲望があった。おかげでこんなに早く天秤は傾くことが出来た。」


「天秤…だって?」


「運命とは言わば天秤なのだよ。君達は幸運を前借りしたに過ぎない。つまりは、莫大な幸運が未来から失われた結果、バランスは崩壊し、現在に想像を絶する不幸が訪れたという訳さ。」


「今、君達家族は天秤が傾き切ってしまっている。身体的、精神的に最悪の状態、つまり絶好の『食べ時』という訳だ」




「我は運命を司る悪魔『グレモリー』。あの占い師は君にとって助け舟だったというのに実に愚かな者よ。」


「今から君の家族の惨めで不幸な魂を喰らう。だが君は殺さないでおこう。誰一人身寄りのない生き地獄を味わうといい。」


「ま、待ってくれ…」


「じゃあな、せいぜい余生を楽しみたまえ…えーっと名前はなんと言ったかな…康介くん。ハハハハハハハハッッッ!!!!」


グレモリーは一瞬にして姿を消した。


悪魔の去った後に残ったのは閑静な住宅街と運命に見放された男の悲痛な叫びだけだった



「…しかしあの少年、我が術中にハマってなお肉体に一切ダメージを負わないとは。肉体の健全なものの魂は生憎喰らうことが出来ないので仕方なく生かしておくしかなかったのだ。」


「あれは私が見てきたなかで間違いなく最も幸運な男だったよ」



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