教室のアリ 第39話 「5月31日」〜「6月2日」〈決戦前夜〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈心配だから…〉
金曜日の授業中、まるおは爆睡していた。ポンタは不思議に思っていたみたいだけど、オレは起こさず、そっとしておいた。給食の時間になって目を覚ますと、何も言わず子どもたちがこぼしたエサが、風で集まる廊下側の壁に素早く動き、食べ、そして再び寝た。
「何だよ、まるおの奴、『おはよう』も、『いただきます』も、『ごちそうさま』も言わずにまた寝やがって」ポンタは少し不満そうだった。
「まぁ、いいじゃん。そういう日もあるよ。蝿にお願いしたり、いろいろあったから」オレはごまかした。6限が終わる頃、まるおはいきなり起きて言った。
「ダイキくん家、行かない?心配だから」オレたちは互いの顔を見て頷き、教室の後ろに向かい、慣れた足つきでランドセルに入り、身構えた。ありえない勢いで机の上に置かれ、上から落ちてくるノートと筆箱を交わし、激しい揺れに耐えダイキくんの家に着いた。ダイキくんは野球の練習に行き、オレたちはキッチンでいい匂いを嗅ぎ、ご飯に備えた。
「帰ってきたら勉強するかなぁ?」ポンタは心配そうだ。リビングのテレビが大きな音でついていた。棒を持ったおねえさんが言った。
「カントウチホウは週末、グズついたお天気で、東京は土日とも朝から雨が降ったり止んだりでしょう。ところによっては強く降るエリアもあります。お気をつけください」
「よし!」ポンタは叫んだ!
「これで、野球の試合が無くなれば、ダイキくんは勉強する時間が増える」
まるおは不満そうだ。
「野球があってもなくても、ボクたちと蝿で何とかするし、ダイキくんだって勉強するし、てか、プロ野球選手になるなら勉強しなくてもいいし、あーー、」
ご飯のメニューはコロッケで、ダイキくんは5個食べて、よくこぼし、パパはビールを飲んで、ママはごちそうさまの後にぶどうジュースを飲んでいた。テレビでは野球をしていた。スズキセイヤはかっ飛ばさなかったけど、ノマとキクッチーが頑張ったようだ。ダイキくんは、途中まで応援していたけど、ソファーで寝てしまった。パパに起こされ、自分の部屋に連れて行かれた。
〈決戦前夜〉
土曜はパラパラ雨だったので野球があった。日曜はザーザーだったので野球はなかった。ダイキくんは午前中、勉強をした後、庭でバットを振った。20日前と同じように。
「セトウチコウジョウチタイ(カープ)!キタキュウシュウコウギョウチタイ(ホークス)!」
雨と汗が飛び散っている。本気で振って、本気で覚えようとしている。オレたちはダイキくんがスズキセイヤにそうするように足を叩いて応援した。その時、蝶々さんがやってきた。
「あら、1匹じゃなくて仲間もいるの?」
「オレたちは3匹組なんです」
「ホントにこの家が好きなのね」
「コロッケが美味しいから」まるおが答えた。そのあとしばらく蝶々さんと話をした。あしたからテストが始まること…平均点を取れないと野球ができなくなってしまうこと…だから蝿に頼んだこと…
「その作戦、うまくいくといいね!アリくんたちも頑張って!」そう言うと、ヒラヒラと飛んでいった。お昼を食べて、勉強を見守って、夕ごはんを食べて、勉強を見守って、ダイキくんのランドセルの中でオレたちは寝ることにした。絶対に寝坊は許されないからだ。3匹組になって1ヶ月も経っていないのに、アリにしてはたくさんの経験をした気がする。右にポンタ、左にまるおが寝ている。遠足に行ってよかったし、給食室に通ってよかった。野球のルールも覚えたし、何より、【誰かのために何かをすることの楽しさ】を知った(女王様以外に)。こんなに小さくても、役に立つかもしれない。リビングではパパとママが音楽を聴いているようだ。男の人が唄っている。
「生きててよかった、そんな夜を探している」
そんな夜は更けていった。