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比田井通信 第831号(長いお話のはじまり)

比田井通信 第831号(長いお話のはじまり)

(2023.9.16発行)

先週の予告通り、
「Mランド60周年記念動画」のために撮影をした
Mランドグループの「益田クッキングフーズ」社長の
内谷(ないたに)重信さんのお話をはじめますよぉ~!

先週お伝えした通り、
ながぁぁぁぁぁぁぁぁ~いお話になります。

もちろん、今週1週間でなんて
とても終わりません。

たしか、中村文昭さんのお話をした時は
半年ぐらいかかった記憶がありますから(笑)

ちょっと、
今回がどれぐらいかかるか
わからないのですが、
最後には動画を観て頂きたいので
ちょっと急ぎますね。

内谷さんは現在の
益田クッキングフーズ
https://heartcook.net/cook/

に入る前はMランドの社員です。

それを知って、私が内谷さんに聞いたのは
「そもそも、なんでMランドに入ったんですか?」
の質問に内谷さんが
「小河二郎会長のファンだったんです」
と言ったところから、この長いお話が始まったと
先週、そこまで話しましたよね。

内谷さん、ご自身の幼少期のお話から
話してくれました。

「幼少期の話、必要?」って思いません?

私、ちょっと思いました。
収録時間も限られているので
「なんでMランドにはいったのか?」
「なんで小河二郎会長のファンになったのか?」

に直結するお話だけしてほしかったんです。

6月に聞いたときには
高校生の頃からのお話だったんです。

今回は「幼少期」から始まったんです。
ですから、もっと長いお話になったんです(笑)

でも・・・

でもですよ。

内谷さん、ちゃんと考えてます。
後に、このお話がどれだけ重要か、
よくわかります。

前回もお伝えしましたが
内谷さんは私と同じ
昭和44年生まれです。
私は5月。内谷さんは7月。
私の人生の時代背景と
まったく同じ時代です。

生まれは兵庫県尼崎です。
お父さんはいわゆる転勤族で
1年、2年で全国いろんな営業所に転勤します。

あの頃は「単身赴任」なんて
ほとんどなかったですよね。
お父さんが転勤したら
家族で転勤するんです。

その結果、保育園、小学校
友達ができないんです。

やっと仲良くなったと思ったら
もう転勤です。

私はそんな経験はありませんが、
転勤族の子どもの話としては
よく聞く話です。

結局、内谷さん、
保育園も小学校も
行けなくなってしまうんです。
いわゆる不登校です。

弟さんがいるのですが、
弟さんも同じように
不登校になってしまいます。

だから、兄弟二人だけの友達状態です。

家に居れば兄弟で遊べますが
学校に行ってしまうと
当然、違う教室です。
友達がいません。

その状態をお父さん、お母さんは
「可哀想だ・・・」と思ったんでしょう。

お母さんの実家は
島根県益田。
お父さんの実家は
益田の隣の津和野。

内谷さん兄弟は
父方の実家、津和野に
預けられます。

ここであれば、
親がどこに転勤になっても
兄弟は転校する必要はありません。
その方がこの子たちのためだと
考えたんですね。

数年後にはお父さんも
その仕事をやめて田舎に
帰ってくるのですが
それまでの数年間は
祖父母との暮らしになります。
「ポツンと一軒家」のようなお家だったそうです。
4キロ歩かないと小学校に着きません。
毎日1時間ぐらいかけて歩いて小学校に通うんです。

ちなみに、私、
小学校の時は2キロです。
小学生の足で30分です。

内谷さん、その倍なんです。


しかも・・・「わらじ」です(笑)

私、同い年ですが、
こればっかりは
「えっ、『わらじ』ですか?!」って
驚きましたよ。

私の周りにそんな子、
居ませんでしたから。

(その辺のくだりを動画で観たい方はどうぞ↓)


ちなみに、当時の
島根県の田舎の子は
みんな「わらじ」を履いていたかというと
まったくそんなことなかったそうです。

どうも、おじいさんが
ちょっと変わった人だったらしく、

「わらじを履くと健康になる」
と思っていたそうです。

私、これを聞いたとき、
「おじいさんは変わっているのではなく
 本質を分かっている人だ」
と思いました。

おじいさんは
「わらじを履くことで
 人が強く生きていける」

いつも言っていたそうです。

しかも、おじいさんは
「わらじを履いて学校に行けば
 友達もできるし、毎日、学校に行きたくなる」

って言うんです。

これは、私の想像なんですが、
不登校気味だった、かわいい孫が
どうしたら、元気よく学校に行けるか・・・を
おじいさん、考えに考えて、
その答えが「わらじ」だったのかもしれません。

もちろん、おじいさんは
確信しているんですよ。
「わらじだ!」と。
「これを履いて学校に通わせれば
 きっと重信は元気になるし、
 友達もできて、学校に楽しく通える」

確信していたんです。

それを内谷兄弟に伝えると、
内谷さんも本当にそう思えたんですって。
これが重要です。

「これを履いて学校に行けば、
 友達もできて、強くなって、
 学校が楽しくなる!」
と思えたんです。

で…、どうなったか。

いいですか、もしも、
おじいさんが二人の兄弟に
無理やり、わらじを履かせて
学校に通わせたらどうなります?

きっと兄弟二人とも
恥ずかしそうに学校に通うんです。
わらじを隠しながら通うんです。

そんな姿をみた周りの子は
きっと、ばかにするんでしょうね。
ばかにされたら、もっと恥ずかしくなって、
やっぱり、学校になんて行きたくない!って
なっちゃうんじゃないですかね。

でも、内谷さん、おっしゃってました。
「このときに私の妄想癖が始まった(笑)」と

私は「妄想癖」ではなくて
「イメージ力」だと思っています。

内谷さん、おじいさんの言う通り
「このわらじを履いたら、
 きっと強くなって
 友達もできて、
 楽しい学校生活が待ってる!」

思い込んでますから、
嬉しそうにそのわらじを履いて
学校に行ったんでしょうね。

もう、自慢げにわらじを履いているんです。
そんな姿をみた周りの子ども達が
「なに、なに?
 それ、なに履いてるの?」
って
寄ってくるんですって。

友達がいなかった
内谷兄弟の周りに子ども達が
寄ってくるんですよ。

「それなに?」
「どうやって作るの?
」なんて聞くんです。

きっと、内谷さん、
「これは、『わらじ』って言って、
 これ履いていると、
 強くなれるんだよ!」
って
自慢げに言ったんでしょうね。
もう、そうなったら、
「僕も履きたい!」
「私も欲しい!」
ってなるんですよ。

きっと、家に帰って
「僕にも『わらじ』作って!」
「私も『わらじ』ほしい!」

ってみんな言ったんでしょうね。

それを聞いたお年寄りたちが、
稲刈りが終わって藁が手に入る時期になると
老人会みんなで、村の子ども達のために
「わらじ」を作ったんですって。

それ以来、津和野の子ども達、
全員が「わらじ」を履いて
学校に通うようになったそうです(笑)

内谷兄弟がそんなムーブメントを作ったんです。
おじいさんの言う通りになったんです。
友達もできて、学校生活が楽しくなって、
休まずに学校に通えるようになったんです。

これ、凄いことですよ。
もちろん、田舎の学校だから
できたことですよね。
時代もあります。
みんな、じいちゃん、ばぁちゃんと
一緒に住んでいたんです。
地域の繋がりが強いです。
あっという間にまとまったんです。

さらに、
ホントにこの子ども達
丈夫に育ったんでしょうね。

わらじは歩くたびに
足の裏が刺激されます。
足の裏の刺激がとっても
健康にいいのは有名な話です。
それを毎日、履いて学校に通ううわけですから
みんな丈夫で元気になったはずです。

内谷さんのおじいさん、
素晴らしいですね。

今日はこの辺にしますが、
この話が、どうやってMランドに繋がるのか・・・
覚えておいてくださいね。
だいぶ、先の話です。

来週をお楽しみに!

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