はじめに
この記事は、ジャンプSQ.で2023年4月号から2024年2月号まで連載していた『有限世界のアインソフ』という漫画について、X(旧Twitter)で流していた作中設定やこぼれ話をまとめたものです。呟き部分については、ほぼ当時流した原文のままですが、ここにまとめる過程で個人的なコメントを挟んだりもしています。
もしも将来、『アインソフ』に興味を持って読んで下さった方が、補足情報を探してXを遡ることになったら地味に大変だと思ったので、2024年2月2日(最終3巻発売日)までに流した画像と呟きを、ひとまずここに集約しておくことにしました。X君も、いつ終焉を迎えるか分からない雰囲気が漂ってますし……(死なないで……)。ともかく『アインソフ』を読まれていない方には、ほぼ何のこっちゃという話ですので、予めご了承下さい。
Xで流した補足情報の他に、雑誌→単行本で変更したセリフなどの裏話も載せておきます。商業出版には色々な制約があるんだなぁと、個人的にはとても勉強になったし興味深かったので。この漫画、実はいくつか「商業出版的NGワード」を踏んでいました。
(※NGワードについては、2023-2024年時点での話です。表現に対する規制や基準も、日々変化している、ということにご留意下さい)
【1話】不死者の交渉人
連載が開始するタイミングでX(Twitter)を始めました。雑誌での告知用に描いたカットが初めての投稿だったみたいです。この先、引用表記で呟きと日付、その下に画像を載せていきます。
発売日に雑誌が手元になかった思い出。今となっては懐かしい。
★雑誌→単行本で変更したセリフ
変更した理由は、「脳に虫が湧く寄生虫症は実際にある病気で、そういった方への差別表現になる可能性がある」という指摘があったからです。
雑誌掲載時には、SQ.の編集者がOKを出せば(多分)通るので、言葉に関してはかなり甘い部分があると思います。が、単行本化の際には、校正・校閲という専門職の方によるチェックが入ります。誤字脱字等のチェックや文章表現の間違いに加えて、差別語や不快表現なども、みっちり精査されました。差別表現については多分、年々厳しくなっていると思います。
差別だー不快だーという理由で表現の自由が妨げられるのはどうなん?と感じる方もいるかもしれません。ただ、商業出版である以上、万が一炎上した際の責任が取れるかというと、私個人としては難しいなと感じますし、校閲の方も、炎上リスクを一つでも減らすために指摘してくれています(会社のためにも作者のためにも、もちろん読み手のためにも)。
物語上どうしても必要な表現なら、炎上覚悟で戦うこともやぶさかではありませんが、正直そこまでするほどじゃないなと思ったので、無難な言い方に変更しました。変更前の方が、このキャラクターの、言葉のキツい感じが出ていたとは思うんですけどね……。
ちなみにこの時、コミックス編集の担当さん(コミックス作業については、雑誌の担当さんとは別の方が面倒を見てくれます)から、「頭」という言葉を使って他人を貶めたりする表現は極力避けた方がいいですよ、という主旨の指導もされました。ごもっとも。しかし今後、もしも作中でどうしても必要だと感じた時には、覚悟を持って使うと思います。
なお、コミックス担当さんからの言葉で一番心に残ったのは、「作家の方が過度に委縮して表現の幅が狭まってしまうのが一番良くないことです。アウトかどうかの判定はこちらでしますから、まずは自由に描いて下さい(要約)」ということでした。本当に、言葉についての妥協点なども、めちゃくちゃ親身になって一緒に探って下さって、感謝しかない……。
言葉以外にも、トーンの一粒一粒まで見てくれてるのかというレベルで、細かい描写ヌケやミスを発見して頂いて……。毎回あまりのミスの多さに、「こんなに? マジ……?」と呆然とするやら恥ずかしいやらでしたが、本当に心強くて有難かったです。
(※この記事に取り上げている以外にも、細かい変更・修正はたくさんあります。「ご存知」の「知」が当て字で、正式には「ご存じ」だということも初めて知ったり……色々勉強になりまくりでした)
【2話】化物屋敷にようこそ
この回から落描きでの告知を始めました。ちびキャラで描くか普通の頭身で描くか、迷いがあった感じですね。あとこの落描き、クロの瞳の色が間違ってますね……設定では赤銅色です。色替えが面倒で髪色と同じで塗っちゃったのかな……。
【3話】記憶の記録社
【4話】賞金首の大賢者
このユーゴ君、今見ると身長高すぎだね? 突貫工事の落描きとはいえ、いい加減がすぎるな。ちなみに主要キャラの身長対照表が単行本3巻のカバー下に載ってますので、興味のある方は見てみてね~。
SQ.の公式Xでは、毎号全作品試し読みのリンクを流してるんですが、この回から試し読み公開に合わせて小ネタを呟くようになったみたいです。
【5話】アゼリア謀略記①
【6話】アゼリア謀略記②
★オマケページで特大NGを踏んだ件について
さてこの話、本編ではないのですが、実は単行本オマケの補足ページで、特大のNG表現を踏んでいました。もちろん作業中に指摘があったので、実際に発行されたコミックスでは削除されています。何が問題だったかというと、サビ族の生業の中に「畜産物の解体」が入っていたことです。これを入れたままだと出版許可が下りないとまで言われました。
私は使っていませんでしたが、「屠殺(とさつ)」という言葉自体が非常にセンシティブなワードなので、今後気を付けて下さいという旨の注意も受けました。例えば、凄惨さや残酷さの比喩として使ったとしたら、出版できないレベルでの不適切表現になります(漫画でも小説でも)(過去には実際、回収騒ぎに発展したこともあったそうです)。マイナスイメージを持たせないように、純粋な職業として言及する分には問題ありませんが、負の印象が見えてしまうとアウトです。ちなみに、「屠る(ほふる)」という単純な動詞に関しては、特に問題にはなりません。
なぜここまでセンシティブになるのか、気になった方は調べてみて下さい。私はこの問題、知ってはいましたし、その知識が作中の描写の下敷きにもなっていたのですが……安易に触れていい題材じゃなかったなと、ちょっと反省しました(安易な気持ちで扱ったつもりはなかったんですが、それでもまだ、覚悟が足らなかったというか……)。それだけ過酷な差別の歴史があって、今もずっと、現実に尾を引いている問題なんです。
残酷な殺人事件が題材になっている作品は山ほどありますし、胸糞描写が続く鬱漫画や、きわきわのドスケベ漫画も、世の中にはたくさんあります。ただ、「残酷さ」と「不快さ」はイコールではないですし、「実際の法律」と「世間の炎上ポイント」にも往々にしてズレがあります。表現者として、少なくとも、差別感情を描く時には細心の注意と配慮を忘れないようにしよう、と肝に銘じました。この件は本当に勉強になりました。
【7話】アゼリア謀略記③
アインソフの表紙絵、1巻の時もそうだったんですが、背景は、本のページをめくっているようなイメージで描いています。完成版は大分ぼかしているので、ラフの方が分かりやすいかな?
ネツァルとネネのいるところは、本から破れて切り離されてしまった感じになっています。
【8話】アゼリア謀略記④
【9話】吸血鬼と資本論(前編)
【10話】吸血鬼と資本論(後編)
★雑誌→単行本で変更したセリフ
ここはまず、「不具者」という言葉が差別表現に当たるので、言い換えが推奨される、という指摘。さらに「働けない人」という言葉に「やくにたたないひと」というルビを当てていた点も、差別的な意図を強く感じる、と指摘されました。
私個人としては、あえて若干露悪的なくらいの強い言い回しにしていたので、変更するかどうかはかなり悩みました(「不具者」が差別表現とされていることは、そもそも知った上で使っていたので)。ただ、言葉のプロから指摘が入るということは、ストーリーや文脈まで総合的に見た上で、表現として引っかかりがあるということです。色々考えた末、読み手に不快感を与えるのは本意ではないなと思ったので、右の表現に落ち着きました。
差別表現について、作家や出版社側が過度に自主規制するのはどうかと思います。でも、言い換えがきく(言い換えたところで表現の本質が変わらない)部分については、逐一争う意味がないとも思っています。
商業作品は一人で作るわけではないので、一人で悩まなくても話し合うことができます。争うのは、妥協点を探り尽くした後でもいいかなぁ~と、私個人としては気楽に(気長に?)考えてます。
【11話】アイン・ソフの平和な一日
単行本の裏表紙も載せておきます。カバーを折り返したソデ部分まで絵が繋がっているので、コミックスを買って下さった方は、ぜひ開いて見てみて下さい(ここは多分紙版の方が見やすいです)。
【ついでに読切】『n次元のソフィア』
最近この読切を読まれた方で、タイトルの意味が分からないと思われた方、こういうことでした。次元関係なくてごめん(異次元の強さ、みたいな雰囲気が出せるかなぁという意図はありましたが)。
ジャンプ+のバナーではプロトタイプと銘打ってありますが、本当は『アインソフ』の企画の方が先にありました。それでタイトルの中にどうしても「Ain Soph」を入れたかったという……まあ、ごく個人的な言葉遊びでした。多分担当さんも気付いてないと思います。地味すぎたね。
まだデビューすらしていないド新人が、いきなり連載企画を出せるわけもないので、とりあえず読切描こ!ということで、『アインソフ』の中の1エピソードとして考えていた話を読切の形にしたのが、『n次元のソフィア』でした。今でも、単話としては一番上手く構成できた話だと思っています。これを超えるものを作っていきたい。
Xで流していた補足情報でお察しの方もいると思いますが、アインとソフィアは同一人物です。何というか……私は常に自分の性癖に忠実に楽しく描いていたんですが、SNSを始めて読者の目を意識するようになった途端、「もしや女体化って、世間一般的にはニッチすぎるヘキだったのか……?」と怖気づき、結局今まで明言することができませんでした。すみません。つまり女体化です。『マーダーライセンス牙』の木葉優児と優子先生によって、思春期に女体化のヘキを拗らせたオタクなんです……。『らんま1/2』みたいな元が男性であることを強調したような粗野な女体化も大好物なんですが、完璧な淑女に化けるタイプの女体化はもう、ヘキヘキのヘキで……こんな漫画ができました。
多分、『ソフィア』を読んで『アインソフ』に興味を持って下さった方の中には、「男かよ(がっかり)」って感じた方もいると思います。その気持ちも分かります。綺麗なお姉さんが優雅に無双する話を期待して『アインソフ』を読んだとしたら、まあ期待外れと感じても不思議ではないです。ただそれでも、私が描きたかったのは、完璧淑女の無双話ではなく、「最強だけどあくまで話し合いでの解決を望み続ける、青臭さの捨てきれないふわふわ賢者」の物語だったので……。本当に、描きたいものを描きたいように描かせてもらえたので、悔しいけど悔いはないです。
細かい部分に言及すると、『ソフィア』の序盤で出てくる屋敷の外観が『アインソフ』の方と違うのは、連載が決まって原稿を描き始めてから、もっと豪邸にしたろ、と思って変更したからです。
あと、屋敷で依頼を受けている時の口調が丁寧語になっているのは、読切として考えたら口調が統一されてないとおかしいと思ったからです(元のプロットでは普段のアインの口調でした)。ただ、屋敷で喋っている時の主人公にはおっぱいがないので……私の中で、あのシーンはあくまでアインなんだという意識で描いてました。そこは譲れなかった。
そして最終的に読切では、正体を明かす意味もなくなってしまったので、ソフィアのまま走り抜けてしまいました。そうなるとまあ、明言されてないのに女体化だと判断するほど極まったヘキの方もいないと思いますし、普通に設定変更か別人だと考えますよね……。詐欺みたいになってごめん。今はもう正直に言います。女体化大好き女装も大好き。でも『アインソフ』は性癖の過積載になっていた気もするので、次からはもうちょっと加減を考えていきたいです。
アインとソフィアの設定画が出てきたので、ついでに載せておきます。
(落描き部分は最近加筆しました)
アインって結局何者? どういう存在なのか分かんなかったな、と思われた方も多いと思います(分かった方がいたら逆にびっくりする)。一応物語としては、そこを解き明かしていく話の予定だったので、何というか、伏線ばらまくターンで終わっちゃってすみませんでした……。
あと世界観についても、ところどころ「?」となったり、違和感を覚えた方もいると思います。これも一応狙いとしては、だんだん世界観の解像度が上がっていく過程を楽しんでもらいたいなと考えていたので……ピンボケ世界のまま終わっちゃって申し訳ないです。そもそも想定した楽しみポイントが地味すぎたとも思うので、そこは反省してます。
なおアインの正体(ルーツ)について、実は言葉だけなら作中で言及している箇所がありますので、興味のある方は探してみて下さい。
ここまで読んで下さってありがとうございました! 『アインソフ』のプロットは捨ててないですし、いつか再び描く野望も捨てていません(どんな形になるか分かりませんが)。いつになるか分からないので、今は忘れて頂いて構いません。忘れた頃にまた、お会いできれば幸いです。
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