言葉をめぐる思索の旅へ。「水澄む、草青む」はじまりに寄せて
「どうしてライターになったんですか?」
そう聞かれる度に無数にある理由の中から適当なものを選んで答えるのだけど、レパートリーのひとつに「口下手だったから」がある。
質問されたとき、とっさに固有名詞が出てこない。
胸の中を漂う漠然とした考えや気持ちは言葉にならず、無理やり喉から絞り出した音は表現したかったことと微妙にずれていて唇を噛む。
こうした歯がゆさを何度も味わいながら、伝えたかったことは体の中に溜まっていったのだと思う。出口となったのが、文章を書くことだった。焦らずじっくりと目を凝らせば、霧のようだったものの実体が見えてくる。それ自体が気持ちよかったし、外に出した文章が周囲の人に面白がられて、「こんなこと考えてたんだね」と自分のことをわかってもらえるのは喜びだった。だから、文章を書くことを仕事にしたいと思ったんだ。
と言っても、私がいま仕事で書いているのはコラムやエッセイではなくインタビューで、形を追うのは自分の言葉ではなく他者の言葉。でも、インタビュー相手がうまく表現できずにいたことにぴったりの言葉を見つけられたときはお互いに嬉しくなるし、私が過去に経験したことや考えたことに触発されて相手から言葉が湧いてくることもあって、面白いなと思う。
その言葉の母はあなただけど、もしかすると祖母は私かもしれません。もしかすると曾祖母はいつか読んだ本の作者の……なんてね。とにかく、言葉を探求する道程はわくわくするものです、1人旅であっても2人旅であっても。
ただまあ、楽しい旅の裏側には荷物を整理したり交通機関を調べたりといった面倒な作業も必要だしときには旅先でハプニングも起こることもあるわけで、文章を書くことも「面白い」だけでは済まない。
すごくいい話を聴いたときほど、それをきちんと表現しきるための知識や経験や教養の不足が明確になってのたうちまわるし、人の考えや気持ちなんて曖昧で移り変わっていくものを言葉として固定してしまうのは罪深いものなんじゃないかと恐ろしく思うこともある。特にウェブの記事は、たとえ5年前の記事に書かれた記事であっても検索して辿り着いた人には生まれたてのようにぴかぴかした顔を見せるから。雑誌のように、時間が経ったら経ったなりに、黄ばんだり古びたりしたほうがいいんじゃない? とぐるぐる考えてしまう。
時々、こうした煩悶を誰かと分かち合いたいわーーーっ!という衝動に襲われてライター交流会みたいなものを覗いてみる。けど、その場を賑わせる花形の話題は「いかに稼ぐか」「いかに仕事を取ってくるか」だったりして、SNSでセルフブランディングしてインフルエンサーがどうのみたいな……オーケイ、気を悪くしないでくれ水を差すつもりは全くない、だがどうやら私は来る場所を間違えたようだ……と孤独なガンマンのような笑みを浮かべてしまう。そして去ってゆく、幌馬車に乗って、口笛と共に(つい自己陶酔して無駄に長くなるのが私の文章の駄目なところです)。
何が言いたかったかというと、こうして「水澄む、草青む」を始められてとても嬉しい、ということです。そう、実はこれは、ライター5人による共同マガジン「水澄む、草青む」を始めるにあたっての所信表明というか、「はじまりに寄せて」にあたる文章です。単なる自分語りだと思って読んでいたでしょう、書いている私も途中でそんな気がしてきたからね。
池田美砂子さん、杉本恭子さん、増村江利子さん、平川友紀さんは、私のまとまらない煩悶をまとまらないまま投げてもちゃんと真意を汲み取ってくれる稀有な存在です。それぞれが言葉に対して真剣に向き合っていて、共通する問題意識も持っていたりして、5人で何かしてみようか、となったのでした。ひとまずはnoteでかわりばんこに記事を書いていく所存。
言葉が人の思考や認識にどう影響を与えるのか、みたいな話とか、方言や抑揚、間やテンポをどう紙の上で表現するか、みたいな話とか、私たちは普段届けたいメッセージや読者層を明確にして論理的に記事を書くよう務めるけど、別に誰に届けるつもりもなかったけどほとばしる熱いパトスのまま書かずにはいられなかった、といった感じの素人のブログ記事が思いもよらずたくさんの人に届くこともあって、いまはそっちのほうが求められている時代だよね、私もそういう文章好きだよ、でもじゃあインタビューライターとしては記事を読んでもらうためにどうする? みたいな話とか。
ここではそういった言葉と文章にまつわる話を積み重ねていきたいし、その一方で日常のよしなしごとを綴ってもいいし、仕事ではできない新しい表現に挑戦するのもいいし、詩や短歌やあいうえお作文や物語を書くのもいい。お互いにお題を出し合ったり、インタビューをし合ったり、ラジオみたいにみんなでだらだら喋ったことをそのまま文字起こしするのも楽しそう。相互作用の中で浮かび上がってくるのはどんな言葉でしょう。1人旅だけど5人旅で、願わくば読者のみなさんと一緒に団体旅行で。
ところで、「徒然草」とか「草々」と言うように、「草」という漢字には「ちょっとした文章」という意味があります。秋には水が清く澄んで、春には青々と草が茂る場所。この旅の目的地は、そんな場所です。
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