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魔法少女リリカルなのは Reflection 07

 時空管理局、東京臨時支局。
 数年前まで時空管理局は『地球』に表立った介入はせず、監視の範疇に留まっていた。しかしプレシア=テスタロッサ事件、闇の書事件が立て続けに発生したことで、暫定的な支部を設置。そこでクロノ=ハラオウンは支局長を務めている。
「この短期間のうちに、よくそこまで調べられたな」
『無限書庫あってこその成果だよ』
 ビジョン越しに応答するのは、本部資料部で『無限書庫』の司書を務める、ユーノ=スクライア。彼はあの高町なのはに初めて魔法を教えている。
 真剣な表情でユーノが報告する。
『闇の書……いや、夜天の書が主を蝕むようなプログラムは、もう存在しないよ。夜天の書も今の主人にシンクロできてることだし、もう大丈夫だろうね』
「ユーノがそう言うなら、もう安心か」
 ずっと『闇の書』を追ってきた身として、肩の荷が降りた気分だった。
 十年ほど昔に闇の書が暴走した際は、クロノの父が犠牲になっている。クロノにとっては父の仇討ちでもある一件が、闇の書事件だ。
 もちろん現在の夜天の書や八神はやてに他意はない。
 だからといって、夜天の書にまだ脅威が残っているのなら、対策を講じなくてはならない。それこそが己の役割なのだと、クロノは自戒していた。
「すまないな。僕の都合で付き合わせてしまって」
『気にしないで。なのはたちのためだし、僕にとっても気掛かりな案件だからね』
 なのはの友人として、ユーノもクロノの意志に共感してくれている。
 そのユーノが声のトーンを落とした。
『ただ……夜天の書の中身は、大半が先代のリインフォースとともに失われてしまったんだ。それをサルベージするのは不可能だから……』
「解明はできない、か」
 夜天の書は過去にいくつもの次元、幾人もの主人を経て、ありとあらゆる魔導を集めたもの。ところが、どこかで手を加えられ、暴走を繰り返すようになってしまった。
 その暴走の原因となっていた自律プログラムを切り離すことで、夜天の書は正常化。しかしその際、先代のリインフォースを始め、魔導の多くが消滅した。
「火種も消えたのなら、それで構わないが」
『夜天の書の内部にあったものはね。でも、もし外部に独立したプログラムが存在し、本体をロストしたことで、不具合を生じ始めたとしたら……どうだろう』
「なるほど」
 ユーノの推測は真に迫っている。消滅した、で終わらないのがロストロギア(危険性の高い遺産)の恐ろしいところだ。
『近いうちに調査の報告をまとめて、提出するよ』
「ああ。頼む」
 通信を終えたタイミングで臨時支局の主任、エイミィ=リミエッタが戻ってきた。
「ただいま~。クロノ君、ユーノ君と?」
「わかるのか?」
「クロノ君の話しぶりでねー」
 クロノは腕を組みながら、支局長の椅子にもたれた。
 時空管理局の一支部とはいえ、中は平凡なオフィスとそう変わらない。局員も表向きは近辺の会社員と同じ恰好で、街に溶け込んでいる。
 エアコンも地上のものを使っていた。
「にしても……なのはもユーノも、民間の出身なのに優秀すぎて、僕らはどんどん立場がなくなるな。そうは思わないか? エイミィ」
「全然悔しそうに聞こえないけど?」
「まあ、悔しいというのは違うな。もっとポジティブな意味で……」
 クロノとて魔法の腕に自信はある。それでも、なのはやユーノには頭が上がらない。
 無限書庫の司書にしても、長らく適合者がいなかったため、まったく活用できずにいたくらいだ。ユーノのおかげで、情報収集の効率は飛躍的に上昇した。
 エイミィがお姉さんの調子ではにかむ。
「優秀な子といえば、あの子は? ほら、クロノ君と晴れて家族になった……」
 その人物の名前を明言しないのは、わざとだろう。
「フェイトがどうかしたのか?」
 素で返すと、エイミィはがっくりとうなだれた。
「どうかしたのか、じゃなくて……気になったりしないの? お母さんと上手く行ってるか、とか……」
 クロノはぶっきらぼうに答える。
「母親と娘は、母親と息子の場合とは違うんだよ。僕がとやかく言うことじゃないさ。アルフもそんなに心配はしてない、と言ってたしな」
「アルフが?」
「ああ。フェイトのほうはまだ『リンディさん』だったりするが、母さんも理解したうえで気長に待ってる。それでいいんじゃないか、と……僕もそう思う」
 何もドライを気取っているつもりはなかった。フェイトのことは新しい家族として、気には掛けている。
 かといって、いたずらに結果を急いでも、当事者を追い詰めるだけだろう。
 ずっとフェイトと一緒にいるアルフが『見守ろう』と言うのだから、クロノに異論はない。それにフェイトにも、相談するべき友人はいるはず。
「そういえば、知ってる? クロノ君。ここの風習で『お盆』ってのがあってね。八月の半ばはみんな、ご先祖様のお墓に挨拶に行くんだって。お父さんへの報告も兼ねて、フェイトちゃんを誘って、行ってみたら?」
「春に行ってきたばかりなんだが……そうだな。母さんに相談してみるか」
 ハラオウン家の未来は明るい。
 そう予感しながら、クロノは昼休憩のチャイムを聞いた。

                 ☆

 翌日、時空管理局のトレーニングルームでフェイトは喘いでいた。
「あっ! ちょ、シグナム? ……痛い痛い痛い!」
「ふむ。関節は問題なし、と」
 航空隊所属、『剣の騎士』シグナム。ヴォルケンリッターのリーダーであり、八神はやてからの信頼もあつい。
 端正な顔立ちと、長身ならではの美麗なプロポーションを併せ持ち、その佇まいには凛とした風格があった。皆と同じトレーニングウェアさえファッションに見えてくる。
「オーバーユースと成長による骨端症、いわゆる成長痛だ。ウォームアップとストレッチを徹底することだな、テスタロッサ」
「気をつけます……」
 シグナムに散々身体を解されたせいで、四肢の関節が増えた気がする。
「でも、やっぱりかぁ。急に背が伸びてきちゃったみたいで」
「よいことだ。間合いも伸びるぞ」
 確かになのはたちと出会った頃に比べて、手足がすらりとしてきた。そろそろブラジャーなるものを買いに行かなくてはならないらしい。
「シグナムも今日は技術部のお手伝い?」
「カレドヴルフ社製の電磁兵器のテスターだ。今は順番待ちでな……」
 フェイトと同様、シグナムもまた時空管理局で重宝されていた。ベルカ式を楽々と使いこなせるため、今回は技術部からお呼びが掛かったとのこと。
「カレドヴルフ製の……どう?」
 フェイトが躊躇いがちに尋ねると、シグナムは淡々と語り出した。
「悪くはない。そろそろ試験的に実戦投入しても問題ないレベルだろう」
 ベルカ式のカートリッジシステムと違い、カレドヴルフ社製の電磁兵器は前々から開発が進められている。ゆえに技術的な問題はほぼ解決されていた。
「テスタロッサは物理兵器の導入には反対だったな」
 シグナムの率直な物言いにフェイトは頷く。
「うん……純魔力に比べると、非殺傷設定が使いづらいし。咄嗟の攻撃や制圧行動が相手の命に関わるかもしれないから、どうしても……」
「確かにな」
 従来の『魔法』であれば、殺傷能力を取り除いたうえで攻撃が可能だった。
 魔導士同士で戦う場合、相手の身体ではなくバリアジャケットにダメージを与える、という解釈が大雑把ではあるが近い。
 しかし昔ながらの物理兵器では、その加減が効かなかった。非殺傷を設定できるうちはよいものの、人為的ミス(ヒューマンエラー)の余地が大きすぎる。
 それでも時空管理局が物理兵器の開発を進める理由があった。
 ひとつは機動外殻などの無人兵器。これに戦力のリソースを奪われ、消耗すると、肝心の次元犯罪者を取り逃がしてしまう恐れがある。
 また相手が無人の兵器なら、殺傷設定の有無は問題にならない。ゆえに、物理兵器の投入は実に理に適った戦術だ。
 そしてもうひとつの理由は、魔力の結合を阻害する空間――通称『AMF』だった。この影響化では魔法に大きな制限が掛かるため、物理兵器の出番となる。
「AMFの発生機材がどんどん小型化しているのも事実だ。昔は戦術兵器並みのリソースが必要だったが……個人で携帯できる日も、そう遠くないだろう」
「魔法が通じない相手への対策、としての武器……」
 しかしフェイトはやはり『ひとを傷つける可能性のある武器』を歓迎する気にはなれなかった。時空管理局に身を置いているとはいえ、その方針が歯痒い。
「その手の武器が肌に合わないのなら、魔法のみで突き詰める方法を模索すればいい。……だがな、テスタロッサ」
 シグナムは腕組みのポーズで肩を竦めた。
「必要なのは、相手を制する技術と力だ」
 武器に依存するのではなく、己の技量で好きにしろ――と彼女は言っている。
「個人の戦技、仲間との連携で生まれる戦術……さらに視野を広げた戦略によっては、戦いそのものの意味すら変わってくる。わかるか? テスタロッサ」
 シグナムの言葉を反芻しつつ、フェイトは首肯した。
「うん。相手を倒すか倒さないかで悩む前に、できることはある……」
「その通りだ。戦技、連携、戦術……と視野を広げれば、自ずと解決策は見つかる」
 シグナムは視線を虚空へ投げる。
「今開発している電磁兵器も結局は手段のひとつ、言ってしまえば『道具』だ。敵を弑するも、制するも、すべては使用する者の技量と性根次第。相手を傷つけるのが怖いからと言っていては、逆に助けるチャンスを失うことになるぞ」
 彼女の一字一句に聞き惚れる。シグナムの気高さにフェイトは内心、感嘆した。
「こういう話は、次長とはしないのか?」
「え……?」
 ところが、不意に意外な人物を挙げられてしまい、動揺する。
 そのタイミングで白衣の守護騎士がトレーニングルームへ入ってきた。