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魔法少女リリカルなのは Reflection 18

 妹が姉を本当に撃つとは、なのはも思わなかった。しかしアミティエの身を案じるほどの時間はなかった。
 アミティエもキリエと同じ『フォーミュラ』で全身を武装。キリエの赤いスーツと違い、彼女のものは青色を基調としている。
 アミティエの表情は気迫に満ちていた。
「もう撃たせませんよ。キリエ」
「……ちっ!」
 フローリアン姉妹はともにブレードを手にして、真っ向から激突する。
 さっきまでフェイトを翻弄していたはずのキリエが、アミティエの猛攻を振りきれなかった。バックジャンプで距離を稼ごうにも、アミティエはノータイムで追ってくる。
「なのは! 止めないと……」
「う、うん。でも」
 なのはとフェイトに介入できる余地はなかった。
 アミティエの怒涛の連撃は明らかにキリエを上まわっている。下手に加勢しても、彼女の邪魔にしかならないだろう。
「せめて魔法が通用してくれたら……」
「あっちだよ、なのは!」
 なのはたちが手をこまねく間も、アミティエの猛追は止まらない。
「聞き分けてください! キリエ!」
 キリエも反撃に転じながら、悲痛な声で叫んだ。
「永遠結晶を持って帰らなかったら、パパが死んじゃうのよ!」
 高速道路の上空で鍔迫り合いが拮抗する。
「悲しくて苦しいのは、私や母さんも一緒です!」
 アミティエの声色に少しだけ涙が混じった。
(泣いてる……あのひと、泣いてるんだ)
 妹の暴挙を止めるべく駆けつけた、姉のアミティエ。彼女の背負っているものの大きさが垣間見え、なのはは息を飲む。
「それに、あなたを連れ出したあの子を、私は信用できません!」
「この……っ!」
 アミティエの連続攻撃に晒され、キリエが疲弊し始めた。
 なのはとフェイトは目配せして、ふたり掛かりでキリエを押さえに掛かる。
「キリエさん! 落ち着いてください!」
「お姉さんのお話を」
 そのせいか、キリエの怒りはピークに達した。
「――邪魔をしないで!」
 なのはを、フェイトを力ずくで投げ捨て、再びアミティエと相対する。
「永遠結晶があれば、みんなを助けられるのに!」
 閃光と閃光を結ぶような応酬だった。
 魔法なしでは手が出せず、なのはもフェイトも路上で立ち竦む。
 アミティエの怒号が反響した。
「父さんと母さんが私たちにくれた、この力は! フォーミュラは! 星とひとびとを守るための力です! ひとに危害を加えてまで自分の目的を叶えるための力じゃない!」
 負けじとキリエの声も木霊する。
「だから、迷惑掛けないように頑張ってるんでしょ!」
 アミティエから間合いを取り、キリエは眼下の大型トレーラーに呼びかけた。
「みんな、手伝って!」
 積み荷の機動外殻が次々と起きあがり、戦線に加わる。
「フェイトちゃん! 私たちで止めなくっちゃ」
「うん。でも、さっき私が魔法を撃ち込んだはずなのに……」
 機動外殻にも魔法は通じないらしい。 
 そのために初手を決めあぐねていると、先頭の機動外殻が被弾した。電磁ランチャーの一撃が装甲を貫通し、その熱量で機動外殻を爆散させる。
「初弾命中ぅ!」
 電磁ランチャーで介入してくれたのは、鉄槌の騎士ヴィータだった。上空からなのはたちを見下ろし、得意満面に踏ん反り返る。
「おめえらふたりとも、じっとしてろよ。今助けてやっから」
「ヴィータちゃん!」
 心強い救援が彼女だけのはずがない。
 剣の騎士シグナムも戦場へ飛び込むとともに、機動外殻の一体を両断した。
「一閃!」
 ヴィータの電磁ランチャーと同様、カレドヴルフ社製のブレードなら無効化されない。
「……とんだ試し斬りだ」
「シグナム!」
 残った機動外殻は、なのはたちよりも強力なバインドによって動きを封じられた。湖の騎士シャマルは魔力を器用に操り、そう簡単には無効化させない。
 そこへ盾の騎士ザフィーラが突撃。高速道路の路面に一撃を叩き込んで、機動外殻の群れを放射状の亀裂に巻き込んだ。
「応援到着! ザフィーラとアルフも無事よ」
「不覚を取ったがな」
 あっという間に逆転され、キリエは歯軋りする。
 そんなキリエを、ベルカ式の氷結魔法がみるみる氷漬けにした。頭を残し、身体は丸ごと青白い氷の中に閉じ込められる。
「く……!」
「クロノ君の言う通りみたいやね。解析されてない魔法なら、一度は効く」
 術者の声は少女のもの。
 守護騎士たちの主、八神はやても颯爽と現れる。
「準備してたら遅れてもうた。八神はやてと夜天の守護騎士、応援に駆けつけたよ!」
 なのはとフェイトは笑みを弾ませた。
「はやてちゃん!」
「はやて!」
「心配掛けたみたいで、ごめんな。でも大丈夫、これで勢揃いや」
 はやても甲冑を身につけ、万全の体勢だ。リインフォースも健在。
「おとなしくお縄につくです!」
 シャマルが押さえ込むうちに、シグナムたちが機動外殻を次々と処理していく。
「はやての前だからって張りきりすぎんなよ? シグナム」
「フ。お前こそ」
 守護騎士たちの参戦によって、大局は決した。魔法を無効化されようと、カレドヴルフ社製の物理兵器なら影響を受けずに、攻勢を維持できる。
 おかげで、なのはもフェイトも極限の緊張感から解放された。
「恩に着ろよー、なのは」
「うん! ありがとう」
「フェイト~!」
「アルフもよく無事で……怪我はない?」
 ヴィータやアルフと再会を喜びつつ、上空のフローリアン姉妹を見守る。
 アミティエがキリエの傍へ寄った。
「さあ、キリエ。みなさんにちゃんと謝って、うちに帰りましょう。……まあ素直に返してくれるかどうかは、難しいところですが……」
 すでにキリエはこれだけの騒ぎを起こしている。八神はやてやザフィーラたちを襲撃した際、市街地に被害も出した。
 温厚なリンディやクロノとて、無罪放免とは行かないだろう。
 しかしキリエにとって、もはや逃げ場はない。手駒の機動外殻はことごとく破壊されてしまったうえ、この状況は多勢に無勢。協力者の『イリス』はどうやら結界の外にいるようで、キリエ=フローリアンは孤立無援にある。
「母さんのところへ帰りましょう。一緒に」
 慰めるようにアミティエが諭した。
 キリエは俯き、わなわなと声を震わせる。
「まだ終わりじゃない……イリスがくれた、最後の奥の手……!」
「え?」
 次に顔を上げた時、彼女の瞳は深紅に染まっていた。
「システム『オルタ』! バーストドライブ!」
 フォーミュラスーツの赤色を溶かしたような淡い光が、キリエの全身を包む。
「キリエ? あなた……」
 アミティエは慄然とした。その驚愕の表情からなのはは直感する。
(アミティエさんも知らない力?)
 キリエを封じていたはずの氷が粉々に砕け散った。
 速い。
 速すぎて、彼女の動きのすべてが残像を伴う。
 間近にいるアミティエには、彼女が三人にも四人にも見えているのかもしれない。みぞおちに膝蹴りをもろに受け、叩き落されるまで、たった数秒のこと。
「あううっ?」
「ア、アミティエさん!」
 瞬きひとつの間にキリエの姿は消えてしまった。代わって、赤い閃光が結界の夜空を縦横無尽に飛びまわる。
「こ、このスピードは……!」
「速すぎる!」
 シャマルがしきりに首を振り、瞳を転がした。ザフィーラも本物の閃光じみたキリエの速さを捉えきれず、うろたえる。
 右か、左か、上か、下か。
 散々かく乱したうえで、キリエは真正面からシャマルへ急接近する。
「シャマルさん!」
 なのはやフェイトがフォローに入る暇などなかった。
 キリエのドロップキックがシャマルもろともザフィーラを直撃。
「きゃああ!」
「ぬ――ぐおおっ?」
 ふたりは直線に近い放物線を描いて、ビルの壁面へ叩きつけられる。
「こんにゃろっ!」
 なおも夜空を乱舞するキリエに目掛け、ヴィータが電磁ランチャーを連発した。稲妻のような弾が広範囲に網を掛ける。
 それをキリエは速度を落とさずにかいくぐった。物理法則さえ超越しているのか、軌道が『L』や『Z』を描くほどの急カーブまでやってのける。
 しかし守護騎士たちも素人ではなかった。
「そっちへ追い込むぞ、シグナム!」
「ああ!」
 ヴィータが電磁ランチャーで追い込みを掛け、キリエの移動方向を限定する。
 そこをシグナムが電磁ブレードで、一発必中。
 かに見えたが、キリエの凄まじい斬撃に電磁ブレードが耐えられなかった。一撃のもとに粉砕され、シグナムは丸腰になる。
「まさか……!」
「こ、こいつ! 当たれってんだ!」
 がむしゃらにヴィータは雷弾を乱射するも、掠りさえしなかった。
 キリエのブレードがマシンガンに変化、シグナムとヴィータに弾幕を浴びせる。
「シグナム! ヴィータ!」
 フェイトの叫びは、おそらくふたりに届かなかった。
 シグナム、ヴィータはともに高速道路を大きく逸れ、海面へ落下する。
 残るはなのは、フェイト、はやて、それからアルフだけ。
「アルフはシャマルたちを助けに行って! 早く!」
「わ、わかった!」
 はやてを庇う布陣で、なのはとフェイトはキリエを迎え撃つ。