魔法少女リリカルなのは Reflection 13
『――以上だ。すまないが、君たちにも出撃して欲しい』
オールストン・シーのホテルにて、なのはとフェイトは気持ちを切り替えた。
東京支局のクロノたちは今朝から新しい事件を調査していたらしい。ただ、なのはたちの社会科見学の邪魔はすまいと、今まで黙ってくれていた。
『臨海道方面の高速道路でターゲットを確保してくれ。行けるか?』
なのはもフェイトも力を込めて頷く。
「了解!」
頭脳明晰なクロノがこうして指示を出しているのだから、『なぜ』と聞き返す必要などなかった。それだけ、なのはたちは彼の采配を信じている。
一方、同じ部屋でリンディやアリサ、すずかは不安の色を浮かべていた。
「ふたりとも、気をつけてね」
母親に対するフェイトの返事は、淡々と。
「はい。リンディさんはアリサたちをお願いします」
「それじゃ、アリサちゃん、すずかちゃん。ちょっと行ってくるね」
なのははせめて明るい声を出そうとするも、空元気じみたものになってしまった。
社会科見学のことなど、もう頭にない。友達やリンディにまた心配を掛ける――その申し訳なさが、なのはたちの後ろ髪を引く。
しかし一刻の猶予もなかった。
なのはとフェイトはベランダへ出て、夏の夜空を仰ぐ。
「お願い、レイジングハート」
『All right, Master』
「行くよ。バルディッシュ」
『Yes, Sir!』
なのははレイジングハートを、フェイトはバルディッシュを掲げ、高らかに唱えた。
「セットアーップ!」
なのはの小柄な身体が浮きあがり、真っ白な光に包まれていく。
洋服は剥がれ、ありのままの姿が脳天から爪先までリフレッシュされた。そして『バリアジャケット』の白いインナースーツを生成。
なのはが垂直に一回転するうちに、スカートが翻り、ブーツの魔力も結合する。仕上げに胸当てと篭手が重なり、可憐にして勇ましい純白の魔導士が顕現した。
レイジングハートの紅玉はソフトボールほどのサイズになり、『C』の形をしたパーツの中央にフィット。そこから柄を伸ばし、一本のロッドとなる。
さらに三角形のパーツが紅玉の周囲に組み合わさり、突撃槍のようなフォルムを光らせた。自分の背丈ほどあるそれを、なのはは両手でしっかりと握り締める。
同じくフェイトも、魔方陣の上で踊るようにバリアジャケットをまとった。なのはより少し成長の早い身体を、隅々までリフレッシュ。
なのはとは対照的に黒色のインナースーツを肌に吸いつかせて、ブーツはより硬質な感のあるものを。腰の左右で半々に生成されたミニスカートが、一枚に合わさる。
バルディッシュは金色のオーブと化し、やはり『C』のパーツへ組み込まれた。こちらはハルバードのような形状のロッドとなって、フェイトの右手に収まる。
その接触によって、バルディッシュの制御が漆黒の魔導士の全身に行き渡った。
表は白、裏は真紅のマントが伸びるように現れ、大きく翻る。
ふたりのおさげも風に舞った。
『Stand by Ready』
なのはとフェイトは顔を見合わせると、強気に微笑む。
「頑張ろうね。フェイトちゃん!」
「うん! はやてのことはシグナムたちに任せて、私たちはターゲットを」
ふたりの魔導士は夏の夜空へ飛び立った。
なのはたちの出撃を見送りながら、アリサがぽつりと呟く。
「またあんなカオで……」
その隣で、すずかは祈るように両手を合わせた。
「大丈夫かな。はやてちゃん……」
待つことしかできない。それが歯痒い。
そんな彼女たちの不安をよそに、激戦の火蓋は切って落とされる――。
☆
三原木四丁目付近の高速道路にて、はやては機動外殻の一団と対峙していた。夜天の書を呼び出し、普段着のまま臨戦態勢を整える。
「リインがおらんと色々不安やけど……ま、なんとかしよ」
こうして自分が前線へ、それもひとりで出るのは初めてだった。
日頃から訓練には参加しているものの、なのはやフェイトのように上手く立ちまわれる自信はない。プレッシャーで足が竦みそうになる。
それでも、はやてには仁王立ちで構えなくてはならない理由があった。
(月村さんはもう充分、離れてくれたやろか)
敵を引きつけ、すずかの父が戦域を離脱する時間を稼ぐ。
もとより機動外殻の群れは、はやてだけをターゲットにしている様子だった。その上空にひとりの少女が現れ、路上のはやてを見下ろす。
「あなたが八神はやてちゃんね」
はやては息を飲んだ。
「時空管理局本局、人事部所属。八神はやてです」
相手は自分の名前を知っている。しかしはやてに心当たりはない。
(さっきクロノ君に見せてもろた追跡対象とは、違う子や……)
夏の夜空に深紅のドレスが浮かんでいた。
魔導士のバリアジャケットや、守護騎士の甲冑(はやてがデザインした)とも、まるで意匠が異なる。およそ戦闘向きではない風体から、はやてはあるものを連想した。
(アイドルみたいな格好やな)
右寄りのポニーテールを靡かせながら、彼女は淡々と用件を明かす。
「あなたの持ってる、その本。ロストテクニクス・データストレージ……『闇の書』。それを貸してもらいにきたの」
すでに一帯は彼女の『封鎖領域』と化していた。一般人を寄せつけず、はやてと一対一で相対できる状況を作り出している。
(これはお願いやない。脅迫や)
しかし『結界』ではないため、建造物には被害が及ぶ。つまり相手は好き放題に破壊できるのに対し、こちらは反撃を躊躇せざるを得ない、アンフェアな状況だ。
いつでも魔法を撃てる姿勢で、はやてはきっぱりと答えた。
「お話しやお願いでしたら、局のほうで伺います」
「すぐに返すから。抵抗しないでくれると、嬉しいわ」
無論、夜天の書を差し出せるわけがない。
(――やるしかあらへん!)
はやては腹を括り、夜天の書から一枚のページを千切った。
その魔力を解放し、先制攻撃に打って出る。
「クラウソラス!」
無数の魔弾が機動外殻へ殺到した。
普通の重機なら一発でジャンクになるはず。機動外殻として装甲が強化されているのを計算に入れ、威力は上げた。
立て続けに爆発が起こり、機動外殻の一団を包み込む。
しかし煙が晴れたあとの結果は、はやての予想と違っていた。どの機動外殻にも傷ひとつ付いていない。
「な、なんでや? シールドを張った様子もなかったのに」
赤いドレスの少女は鼻で笑うと、機動外殻たちに指示をくだした。
「突撃」
重機の姿をしたモンスターがはやてに目掛け、一斉にマシンガンを連射する。
「あんな武装まで……!」
夜天の書とともにはやてはベルカ式の防壁を張り、辛くも凌いだ。耐えられない威力ではない――が、防御で手がいっぱいになり、動くに動けない。
(相手が機動外殻なら、遠慮はいらんねんけど……まずいで、これは)
その間、謎めいた少女は瞬きもせず、はやての防壁を凝視していた。紅い瞳の中を数列のようなものが駆けあがっていく。
彼女がこちらの話をまったく意に介さないことも、これではっきりした。問答無用で奪うつもりなのだ、夜天の書を。
マシンガンの斉射に晒されていては、いずれ防壁が限界を迎える。
(応援が来てくれるんも、まだ先やし……強引にでも動いて、揺さぶるしか)
いちかばちか、はやては地面を真下へ蹴り、跳躍した。
ドレスの少女は眉ひとつ動かさず、機動外殻に指示を与える。
「螺旋鉄鋼弾」
一瞬のうちにマシンガンの砲身が形を変えた。大口径の大砲となり、上空のはやてに向け、鋭く尖った鋼弾を放つ。
(いつの間に別の武器をっ?)
動揺しながらも、はやては防壁に力を込めた。
右の一発を受け止めたところへ、左からも撃ち込まれる。そのため、ベルカ式のシールドを二枚同時に展開。
「無駄。それはもう調べた」
ところが鋼弾は防壁の中央に穴を空け、今にも突破しようとする。
(――あかん!)
反射的にはやては身を捩り、かろうじて鋼弾の弾道から逃れた。しかし弾丸は後方のビルに命中、その爆風がはやての背中を直撃する。
「きゃあああっ!」
はやては高速道路へ墜落し、ボールのようにバウンドした。魔防が働いているおかげで軽症とはいえ、痛みまでは遮断できず、きつく目を瞑って苦悶する。
「ど、どういうことや? はあっ、魔法が通用せえへん……?」
「上出来」
ドレスの少女は満足げにほくそ笑んだ。
機動外殻がワイヤーを伸ばし、はやての左足を拘束する。
「くうっ!」
はやては魔法の羽根でワイヤーの切断を試みるも、弾かれるだけだった。
ワイヤーが高速で巻き取りを開始すると、凄まじい力で牽引され、あっという間にはやての身体は地面を離れる。
一本釣りの要領で投げ飛ばされて、またアスファルトの路面へ叩きつけられた。
「きゃああっ!」
慣性と重力が上乗せされ、激突の瞬間、意識が飛びそうになる。
(し、しくじった……ダメージが大きすぎて……)
もはや起きあがることさえできなかった。
「悪く思わないでね、八神はやてちゃん。闇の書はいただくわ」
はやては夜天の書とともに機動外殻によって捕獲される。