見出し画像

魔法少女リリカルなのは Reflection 17

(来る!)
 と思った時には、すでにキリエは路面スレスレまで降下していた。具足のバーニアも活用して、強引に角度を変え、フェイトに突撃。
 バルディッシュでは間に合わず、フェイトは手甲で左の斬撃を受け止める。
「くうっ?」
 それを凌いだのも、一瞬のこと。
 間髪入れず右のブレードも重なり、X字の交点に力を集中させる。
 そこから亀裂が入り、バリアジャケットの手甲が砕けた。その時には次の攻撃が始まっており、もう一方も砕かれる。
 続けざまにキックを食らい、フェイトは路面でバウンドした。
「ハッ!」
「でしょうね!」
 しかし転倒に見せかけて、実は受け身を取ってのジャンプ。それを見逃さず、キリエも二刀流で猛追してくる。
 空中で金属音ととともに火花が散った。巻き添えを食った街灯が倒れる。
(ソニックフォームじゃないと追いつかない、でも……!)
 またも接近戦に持ち込まれ、フェイトは歯噛みした。
 キリエの動きは目で追えるものの、身体がついてこない。キリエと打ちあうごとに、フェイトの対応が遅れ、翻弄される。
 キリエの双剣が相手では、とにかく距離を取るほかなかった。
「バルディッシュ!」
『Yes,Sir!』
 滞空しつつ、フェイトは魔弾の雨を降らせる。
 だが、またしても半球状の防壁に遮られ、キリエには一発も届かなかった。
「残念、もう解析が済んじゃったの」
 なのはとフェイトのバインドも、あっさりと解除される。
「だからもう、あの縛るやつも効かないわよ。ほらね」
 フェイトは戦慄した。
 まだ余力はある。強力な魔法の一発や二発は撃てる。
 けれども彼女には通用しないのだ。自分の攻撃が一切合切意味を成さないとなっては、戦意を保ってもいられない。
「あなたは一体……」
「さっきも言ったでしょ。家族を助けたいの」
 家族を助けたい――その言葉がフェイトの胸を打った。今までのキリエのどんな攻撃よりも効いてしまい、心を乱される。
「私のお父さんなんだけどね。死んじゃうかもしれないの。時間ももう残ってない。助けるためなら、どんなことでもするわ」
 まるで昔の自分と相対しているような錯覚がした。
「それが世間から見たら、悪いって言われるようなことでも」
 同じだ。あの頃の自分と。
 疑問を抱きながらも母プレシアの命令に従っていた、孤独な自分と。
 キリエは願掛けのように両手を合わせた。
「だからお願い。ここは見逃して!」
 フェイトはかぶりを振って、声を震わせる。
「だめです……それはだめです!」
 ひたすら繰り返した。
 だめだ。絶対にだめだ。このひとは昔の自分と同じことをしている。家族のためという目的以外のことを、あえて考えようとしない。
 だからフェイトは繰り返した。
「だめなことなんです!」
 ありったけの気持ちを、かつての罪悪感を叫びに込める。

 そんなフェイトの縋るような言葉に、なのはの力強い声が重なった。
「レイジングハートのバリアジャケットをパージ!」
『All Right!』
 バリアジャケットの装甲を分離することで、なのはがワイヤーの拘束を脱する。
 大切な友達、フェイトが苦しんでいるのを見て、じっとなどしていられなかった。かといって、怒り任せに暴れるつもりもない。
(魔法は効かない……でも、魔法じゃなかったら効く!)
 自分とて成長しているのだから。キリエの能力を冷静に分析しつつ、レイジングハートで三発の魔弾を発射する。
「あら? まだ動けたの、なのはちゃん」
 その魔法も解析済みらしいキリエは、微動だにしなかった。
 ところが、なのはの魔弾は命中の寸前で爆ぜる。
「な――」
 街灯の灯かりさえない夜間の高速道路で、突然の発光。あまりの眩しさにキリエが目を瞑った、その瞬間をなのはは逃さなかった。
 今まで自分を縛っていたワイヤーを投げつけ、キリエを捕獲する。
「せーーーのぉ!」
 さらに攻撃魔法によらない『腕の力』だけで、彼女を一本釣り。たっぷりと遠心力を掛けたうえで、キリエを路面に激しく擦りつける。
「きゃああっ?」
 魔法ではないのだから、無効化されることもなかった。
 キリエはぐるぐる巻きの恰好で路上に倒れる。
「な、なんて力技……」
 二本のブレードも彼女の手を離れ、地面に突き刺さり、転がった。
 なのはは彼女にレイジングハートを向け、教師のように言いつける。
「うちのフェイトちゃんは優しい子なんで、苛めないであげてくださいね」
「力になれるよう頑張りますから。お話、聞かせてください」
 フェイトも傍へ降りてきて、キリエを囲んだ。これにて今夜の容疑者を確保。
 傷だらけのキリエが降参とばかりに微笑む。
「ふたりともすごいのね……」
 なのはとフェイトも笑みを綻ばせた。
「だけどっ!」
 しかしキリエはどこからともかく短銃を取り出し、唇の端を吊りあげる。
 と思いきや、キリエの銃はまったく別の狙撃によって弾き飛ばされた。キリエのみならず、なのはとフェイトも呆気に取られる。
「え……」
「キリエ、やっと見つけました。さあ帰りますよ」
 初めてキリエが感情を剥き出しにした。悔しそうに歯軋りまでする。
「アミタ……!」
 セーラー服の女性だった。四肢はキリエのフォーミュラに似たインナーに覆われ、後ろに大きな三つ編みを従えている。
「なのはさん、フェイトさん、おふたりとも無事で何よりです。お友達のはやてさんも、ちゃんとわたしが保護しましたので」
 はやての窮地を救ってくれた、件の女性らしい。
(確かアミティエさん……キリエさんのお姉さんの……)
 キリエと同じ短銃を降ろし、彼女――アミティエが前へ出る。
 妹のキリエは跳び起きると、力任せにワイヤーを引き千切った。そして姉のアミティエに対し、怒りの表情で声を荒らげる。
「絶対に追いかけてこないでって、私、言ったよね?」
「私は『行ってはだめだ』と言いました」
「アミタまでこっち来たら、ママのことはどうするのよ? 何考えてるの!」
「家出した妹を連れて帰る。それだけです」
 姉と妹の押し問答に、なのはもフェイトも言葉を失った。
 駄々を捏ねるキリエを、アミティエが窘めているように見える。ただ、アミティエは腹の底から怒っているのを、なのはは感じ取った。
 キリエは銃を構え、姉のアミティエに狙いを定める。
「言ったでしょ! パパもエルトリアも助けるんだって!」
「帰りましょう」
 それでもアミティエは妹に有無を言わせず、淡々と忠告する。
 キリエは激昂し、ついに引き金を引いた。
「この……バカアミタッ!」
 弾丸がアミティエを直撃する。