魔法少女リリカルなのは Reflection 28
激戦の最中、リンディはオールストン・シーをひた走っていた。
「今行くわ、フェイト……!」
調整を終えたフェイトのアームドデバイス、バルディッシュを握り締めて。
オールストン・シーの海中水族館で、フェイトは自分によく似た青髪の少女『レヴィ』と熾烈な攻防を繰り広げる。
「なかなかやるじゃん。フェイト、だっけ?」
真剣なフェイトに対し、レヴィは遊び感覚で暴れまわっていた。フェイトを狙ったわけでもない気まぐれな攻撃が、アクアリウムの水槽を叩き割る。
さしものフェイトも声を荒らげた。
「あーもうっ! ものを壊さない! ここは遊んじゃいけない場所です!」
「えー? なんでー?」
「なんでも! どうしても!」
しかしレヴィのほうは聞く耳を持たず、好き放題にはしゃぐ。
天井のガラスが砕け、海水を滝のように吐き出した。
「またこんなに水槽が……」
攻撃どころじゃないフェイトを見て、レヴィは不思議そうに首を傾げる。
「壊したらダメなの?」
「だめなの! みんなが一生懸命作ったんだから」
こうして言葉を交わすうち、わかってきた。彼女、レヴィには人並みの罪悪感が欠落しているらしい。幼い子どもと同じだ。そのせいか、反論も子どもじみている。
「それ、ボクになんか関係ある?」
「それは……」
フェイトは咄嗟に答えられなかった。相手は子どもだからこそ、罪悪感を抜きにしてストレートに疑問をぶつけてくる。
レヴィはアームドデバイスを肩に掛け、溜息をついた。
「まあ狭い場所じゃ、やりづらいっちゃやりづらいし……場所、変えよっか」
そして周辺の地形をスキャンするや、弾むように駆けていく。
「いい場所見ーっけ! ついてきて」
「ちょ、ちょっと?」
彼女を追った先で、フェイトも夜空の下へ出た。
「ここ、ここ」
イルカショーのためのプールだ。
これだけの広さなら、高度次第でこちらも自由に戦える。
(本当に私と遊びたいだけなんだね、この子……)
もとよりフェイトは場所の問題さえクリアできれば、彼女と相対するつもりでいた。
灰燼のトゥルケーゼと遭遇した際、シグナムはフェイトにレヴィの撃破を指示。あえてフェイトひとりに追わせたのも、瞬時にレヴィの性格を判断したからだろう。
『遊んでやれ、テスタロッサ』
フェイトがレヴィを引きつけているうちに、シグナム班でトゥルケーゼを沈める。この作戦は成功し、オールストン・シーを守ることができた。
あとはフェイトがレヴィを押さえるのみ。
真っ暗なプールを一瞥し、レヴィは物足りないとばかりに嘆息した。
「場所はいいけど、暗くてつまんないねー。よーし」
その手が青白い雷光を分散させる。
すると、瞬く間に一帯の照明が点灯を始めた。真夜中のプールが眩しいほどにライトアップされ、きらきらと光の波を揺らめかせる。
「できた! どお、いいでしょ? キレイで楽しいー」
おどけるレヴィと対照的に、フェイトは怖気を感じてしまった。
電撃の魔法で照明を点けることは、決して簡単ではない。電力をジャストで調整し、また供給を安定させるためにも、相応の技術が要求される。
にもかかわらずレヴィは今、指を鳴らすくらいの感覚でそれをやってのけた。
「レヴィ……あなた、どこの子?」
レヴィはアームドデバイスを両手で掲げ、暢気に伸びをする。
「どこの子って……ボクは王様の家臣で、シュテルンのマブダチ」
キリエやイリスの名前は出てこなかった。
「王様がね? キミらをなるべく足止めして、できることならやっつけてこいってゆーから、ボクとシュテルンは頑張るの」
王様やシュテルンというのは、ヴィータ班が辛くも撃退し、はやてが交戦中の相手のことに違いない。
「王様っていうのは、キリエさんの関係者?」
「王様は王様だよ」
フェイトの怜悧な頭脳がひとつの推測を弾き出す。
(この子はキリエさん……ううん、イリスの指示で動いてるわけじゃないんだ)
そもそもレヴィたちは今回の襲撃にて突如、姿を現した。イリスが夜天の書を介して、何者かにフェイトたちの似姿を与えたのだろう。
そのレヴィが、イリスやキリエより『王様』を上に据えている。
つまり彼女らは呼び出されただけで、イリスたちに与する義理はないはず。
「ずっと眠ってて退屈だったからさあ。いい遊び相手が見つかって、ボクは結構ゴキゲンなんだ。遊んであげるから、掛かってこい!」
やる気満々のレヴィに対し、フェイトは一旦武器を降ろした。
「レヴィ……遊ぶのは、あとじゃだめ?」
「なんだよ。しつこいぞ」
彼女は今回の事情を知らない。そう確信し、説得を試みる。
「今、キリエさんを中心に大変な事件が起きてて、たくさんのひとが困ることになるかもしれない。私はそれを止めたい。だから、あとにして欲しいの」
「だめだってば。ボクはキミをやっつけろって命令されてるんだしー」
しかし相手に言葉は届いても、同意は得られない。
「だけど……」
「大体ひとが困るって言ったってぇ、ボクの知らないひとだし――ねっ!」
痺れを切らせたのか、レヴィはいきなり襲い掛かってきた。プールの水面をすれすれで滑空し、一対の翼のような水しぶきをあげる。
「くっ!」
かろうじてフェイトは奇襲をいなし、間合いを取りなおした。
(まさか初手で突っ込んでくるなんて……!)
魔導士同士の戦いは遠・中距離からの牽制で始まるパターンが多い。相手の射程や威力を把握しないうちに近づくのは、自殺行為だからだ。
ところがレヴィはセオリーなどお構いなしに、矢継ぎ早に特攻してくる。
「ほらほら! フェイトがボクと遊んでくんないとっ!」
破天荒な動きに基本の戦術で立ちまわっても、翻弄されるだけ――そう判断し、フェイトからも積極的に打って出た。戦うと決めたからには、迷いは捨てる。
「そーらあっ!」
レヴィの雷光弾が降り注いだ。
その弾幕の薄いところを見極め、フェイトはあえて突撃。それを読んでいたらしいレヴィが、頭上からアームドデバイスを振り降ろしてくる。
「もらった!」
「まだだよ、レヴィ!」
しかしフェイトは動じず、宙返りで軌道を変えた。身体を寸止めにすることで、レヴィの空振りを誘いつつ、垂直に一回転分のまわし蹴りを放つ。
「おわっ?」
その攻撃さえ、おそらくレヴィは直感で読みきった。アームドデバイスを軸にして水平に旋回し、鋭い蹴りをお返し。
「そうはさせない!」
「こっちの台詞だってば!」
ふたりして間合いを離しながら、同じ数の魔弾をばらまく。
相殺が生じた。フェイトはマントを盾代わりにして、爆風を凌ぐ。
フェイトと実力が伯仲しているとわかり、レヴィは愉快そうに歯を光らせた。
「やっるぅ! フェイトを相手に選んで正解だったね、こりゃ」
一方で、フェイトの胸には後悔が去来する。
「レヴィ、さっきの話。知らないひとのことは関係ないって、言ったよね?」
「んー? そうだっけ?」
上空を舞うレヴィを追いながら、フェイトは続けた。
「今は知らないひとでも、いつかレヴィと出会うかもしれない。大切なひとになったりするかもしれないよ?」
「ほお……その発想はなかった」
出まかせを言っているのではない。フェイト自身、これを経験している。
プレシア=テスタロッサ事件では高町なのはと衝突し、幾度となく死闘を繰り広げた。あの時は彼女が無二の親友になるなど、夢にも思わずに。
レヴィは腕組みのポーズでうんうんと頷く。
「大切なひとが困るのは、困るねえ」
初めて説得が通じた。フェイトは間合いを保ちつつ、一気にまくし立てる。
「そう。ひとに迷惑をかけたり、ものを壊したりするのは悪いことなの。たとえそれが命令されたことでも――」
「んんっ? ちょい、ちょい待ち、フェイト」
そのつもりが、レヴィは俄かに機嫌を悪くした。
「それってさあ、ボクの王様が悪いひとだって言ってるの?」
「いや、ちが……」
「王様はさ、ボクをいい子だって言ってくれた。ご飯もおやつもくれたし、うんと優しくしてくれた。一緒に眠ってくれた」
感謝と信頼の言葉が、むしろ純粋な怒りを滲ませる。
「ボクが世界中でたったひとり、このひとについていくって決めたひとだ。その王様を悪いひとだとか言うやつは……ボクがこの手で、ブチ転がすっ!」
レヴィの周囲で稲妻が散った。フェイトに似た顔立ちに憤怒を浮かべ、アームドデバイスに力を込める。
「レヴィ、待って! 違うの……そうじゃない!」
「違わないっ! 王様をディスるやつは、悪いやつだ! ボクはそれくらいシンプルでいいって、シュテルンが言ってくれたもんね」
次の瞬間、レヴィが加速した。うろたえるフェイトの背後にまわり、雷光弾を放つ。
説得に意識が向いていたせいで、対応が遅れた。フェイトは振り向きざまに障壁を張るも、姿勢の制御まで間に合わず、その反動で弾き飛ばされる。
手持ちの武器が愛用のバルディッシュではないために、勘も鈍った。防御の一回ごとにコンマ単位でズレが生じ、どんどん追いきれなくなる。
そのせいで説得の言葉も、劣勢ゆえの言い訳みたいになってしまった。
「レヴィ! 私は」
「うっさい!」
神経を逆撫でされたかのように、レヴィは激昂。プールの上空で魔力を高め、得意の雷光を荒々しくスパークさせる。
レヴィのアームドデバイスが二股の大剣となった。
それが伸び、さらに伸び、十メートルもの長さに達する。
(砲撃用のフォーム……じゃない! あれで私を斬るつもり?)
レヴィの剣を仰ぎ、フェイトは慄然とした。
二本の刃は、その狭間に稲妻のエネルギーを充填、限界ぎりぎりまで膨張させる。少しでも調整を誤れば、自爆は必至だ。
それをレヴィは躊躇いなしにオーバーヒートさせた。
「いいから黙って、やっつけられろォ!」
今すぐ動けば、回避はできる。
しかしあれが直撃しようものなら、オールストン・シーは――。
(守るしかない!)
そこまでレヴィは計算していないだろう。激情のまま眼下のフェイトに狙いをつけ、巨大な剣を、両手の支点だけで強引に振りかぶる。
まさに落雷だった。
「双破極光斬! どっせ~い!」
怒涛の雷撃が夜空を切り裂き、プールのど真中に命中。
ひっくり返るように水柱が溢れ、蒸発する。
「ふー、すっきりした」
レヴィはアームドデバイスを元のサイズに戻すと、しれっと肩を竦めた。水蒸気が濃霧となって垂れ込める中、かくれんぼくらいのノリでフェイトを探す。
「フェイト、どこー? 死んじゃったー?」
フェイトはプールサイドに打ちあげられ、横たわっていた。スペアのアームドデバイスは手を離れ、数メートル先で転がっている。
「あ。まだ生きてる」
レヴィは一瞬、安堵の色を浮かべるも、かぶりを振って自分に言い聞かせた。
「……いやいやっ! 王様のため、シュテルンのため、とどめをね」
彼女のアームドデバイスがエネルギーを刃に変える。
その間もフェイトは動かない。
「そんじゃあ、ばいばい。フェイト」
遊び終わった相手に凶刃が振りおろされる。