魔法少女リリカルなのは Reflection 11
時空管理局・東京臨時支局のオフィスにて、クロノは最新の情報を精査していた。
オフィスへ帰ってくるなり、エイミィも脇から同じデータを覗き込む。
「何か事件?」
「これだよ。江戸川区の廃車場で起こった、爆発事故」
昨晩、廃車場で隕石の墜落による爆発があったという。その衝撃は地面にクレーターができるほどで、現場に誰もいなかったことは幸いだった。
だが、この事故は明らかにおかしい。
街中へ隕石が落下し、直径5メートル前後のクレーターを残す確率は、限りなくゼロに近いはず。厳密にはゼロではないが、小数点以下が天文学的な桁になるだろう。
それ以前に地球の近海(宇宙)には、時空管理局のアースラ級空母が常駐している。地球へ落下する隕石を見逃すはずがない。
鮮明な映像ではないものの、爆発の際には『発光』も確認できた。
「これだけじゃない。こっちも見てくれ、エイミィ」
「地上の報道?」
そのうえ昼過ぎから、妙な異変が世間を騒がせている。
『スクラップの大型車両が消えるという事件が相次いでおり、警察は目撃情報を――』
工事現場や建設会社で、ショベルカーやクレーン車の盗難が続々と発生。
しかしショベルカーのような重機は、乗用車のように簡単に移動させられる代物ではなかった。建設現場においても綿密なスケジュールを立て、スペースを確保し、ここぞというタイミングで投入するのが基本だ。
移動させれば必ずタイヤの跡が残るし、どこに停めても目立つ。
「この世界の常識じゃ、ちょっと考えられない事件だね」
「だろう? 隕石が落ちた翌日に、これだ」
つまり別の次元世界から何者かが飛来し(廃車場の爆発事故)、何かしらの行動を始めた(大型車両の盗難)、と考えられる。
「異世界渡航者の可能性がある」
「確かに……」
エイミィと話し込んでいると、部下から報告が上がった。
「工事車両の盗難、都内の各所で複数発生しています。その盗難事件の容疑者として挙がっているのが、こちらです」
怪訝そうにクロノは問題の映像を凝視する。
「……女子高生?」
映像の中で、ブレザーの女子が重機に手をかざした。
その手が光るとともに、何トンもあるはずの重機が忽然と消える。
「現場では未確認のエネルギー反応が検出されています」
「未確認? 未知のエネルギーなのか?」
「いえ、まだ……。痕跡から判断するには、少し時間が掛かるとのことでして」
クロノは腕組みを深め、パートナーのエイミィに一瞥をくれた。
「エイミィ、レティ本部長に報告を」
「違法渡航対策部門の管轄になってくるもんね。了解」
エイミィも顔つきを引き締めなおす。
緊張気味に部下が進言した。
「捜索班を手配しますか?」
「ああ、いや……念のためと思って、もう呼んであるんだ」
臨時支局のオフィスへ、小学生くらいの女の子が堂々と入ってくる。
しかも大きな銀色の狼を連れて。
「お邪魔しますー」
「お呼びですか? 執務官」
執務官、と喋ったのは狼のほうだった。
フェイトの使い魔アルフと、ヴォルケンリッター『盾の騎士』ことザフィーラ。
「助かる。力を貸して欲しいんだ」
立ちあげてまだ間のない東京臨時支局だが、人材の層は厚い。それを頼もしく思いながら、クロノはエイミィと次の行動を検討する。
「あとはリンディ次長にも伝えないとね」
「フェイトたちの社会科見学に支障がなければ、いいんだが……」
思っただけのつもりの不安が、口をついて出てしまった。
エイミィが愉快そうにやにさがる。
「ちゃんと『お兄ちゃん』やってるんだ? クロノ君」
おまけにアルフとザフィーラまで。
「そーいうのはさ、フェイトに言ってやってよ」
「あまり苛めてやるな。フッ」
大失敗だった。
☆
やがて夏の陽も暮れた。
アルフはザフィーラの背に跨り、巧みに気配を消したうえで、夜の街を捜索する。
「どこの誰かは知らないけど、私たちで押さえよう。ザフィーラ」
「ああ。そのつもりだ」
先手を打って、トラブルが発生する前に解決する――それが理想的なやり方だと、クロノは語った。そのために臨時支局は常日頃から網を張り、警戒を続けている。
しかしアルフたちには、急ぐ理由がもうひとつあった。
アルフはプレシア=テスタロッサ事件で、ザフィーラは闇の書事件で、時空管理局と事を構えている。退くに退けない事情があってのことだ。
フェイトのため、はやてのため。
そのせいで事態をより混乱させてしまった事実は、忘れようもない。
(あの時、もっとなのはたちを信じていれば……)
それと同じことを、今回のターゲットが今、始めようとしているかもしれなかった。
だからこそアルフは、ザフィーラはひた走る。ほかの誰よりも早く標的に接触し、ターゲットに自分たちと同じ轍を踏ませないために。
銀狼のザフィーラが感慨深そうに呟いた。
「にしても……よもや、お前と一緒に任務に当たる日が来るとは、な」
「そいつは私の台詞だよ。今はお互い時空管理局の一員だもんな」
彼の背に掴まりながら、アルフは一帯の地図やレーダーを何重にも表示させる。
アルフもザフィーラも同じ獣人系の種族のため、感覚が似通っていた。このふたりでペアを組めば、互いの齟齬を最小限にしての連携が実現できる。
今も隠密及び移動はザフィーラに任せ、アルフはターゲットの補足に専念していた。クロノが太鼓判を押すコンビだけのことはある。
「気付いたか」
「見つけた……動いてる」
その気配に勘付いたのは、ふたり同時。
案の定、地図の端にターゲットらしき反応が出た。
「追いかけるぞ」
「うん」
逸る気持ちを押さえながら、アルフたちはクロノに位置を報せる。
「東京支局、こちらアルフ。追跡対象と思われる反応を確認」
『さすがに早いな。このルート……高速で臨海方面へ抜ける気か』
偶然なのか、オールストン・シーのある方向だった。
オフィスで色々なデータを参照中らしいクロノが、アルフたちに指示を出す。
『この先の高速道路で結界を張り、包囲網を敷く。君たちは付かず離れずの距離で――』
しかしザフィーラが口を挟む。
「いえ、執務官。オレたちはこのままターゲットと接触します。包囲するにしても、足止めなりの時間稼ぎは必要でしょう」
ともすればスタンドプレー、にもかかわらず即答が返ってきた。
『わかった、先行してくれ。ただし連絡は密に頼むよ』
「了解しました」
アルフとザフィーラの士気の高さを優先してくれたのだろう。そんなクロノの采配に感謝しつつ、アルフたちは身を隠すのを止め、速度を上げる。
「空路で追跡を開始します!」
「飛ぶぞ!」
まるで地面があるかのように、ザフィーラは空を走った。夜空の群青色に紛れながら、建物も道路も飛び越え、最短の直線コースでターゲットを目指す。