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魔法少女リリカルなのは Reflection 14
(だ、だめや……それだけは……)
もう成す術がなかった。身体が動いてくれなかった。
ところが夜天の書を目前にして、不意にドレスの少女が動きを止める。
「封鎖領域に入ってきた? この反応、キリエじゃない……アミティエ!」
同時にバイクのエンジン音が近づいてきた。
ヘルメットもなしに、セーラー服の女子高生がフルスピードで突っ込んでくる。
「はやてさん、動かないで! そのままで!」
「え……?」
そう叫ぶと、彼女は左手一本で大型バイクを御しながら、右手でライフルを構えた。電磁兵器の類らしいそれを、軽々と機動外殻に向け、トリガーを引く。
熱線が機動外殻を貫通した。丸い穴が空き、超高熱のために融解を始める。
(魔法やないから、通用するんか!)
バイクで間合いを詰める間も、彼女はライフルを撃ちまくった。その反動で運転をしくじる真似はせず、勢い任せにジャンプ。
一番大きな機動外殻に狙いをつけ、バイクの上からさらに跳躍する。
「はああッ!」
彼女の振りあげたライフルが、一瞬にしてブレードに変わった。
(あれは……機動外殻がやってたのと同じ?)
ライフルで狙撃するには近すぎる間合いが、ブレードにとってはベストの距離となる。
機動外殻はまるでバターのように切断され、崩れ落ちた。続けざまにブレードが今度は三門のマシンガンに変化し、残りの重機を蹴散らす。
一分もしないうちに、機動外殻の群れは鉄クズと化していた。いつの間にやらドレスの少女は消えており、高速道路はセーラー服の女性とはやてのふたりだけになる。
彼女ははやてを受け止めると、難なく拘束用のワイヤーを断ち切った。
「よかった。ご無事ですね」
「いえ、あの……」
はやてのほうは混乱するばかりで、咄嗟に言葉が出てこない。
目の前の人物は、風体だけなら女子高生だった。ロングヘアをわざわざ三つ編みにしているのも、優等生のトレードマークに思える。
しかし腕は奇妙なインナーで覆われていた。スカートの下の脚も、ストッキングではないプロテクターを穿いている。
彼女は周囲に向かって声を張りあげた。
「聞いていますか! 私の大切な妹を連れ出した、あなた!」
気丈な声が夜の街に木霊する。
「あなたはきっと、キリエの願いを聞いてくれているのだと思います。それについては感謝します。……ですが、人様に迷惑を、ましてや罪のない子どもに怪我をさせるようなやりかたは、私は絶対に許しませんので!」
路上で蹲ったまま、はやては唖然とした。
九死に一生を得たことより、彼女の啖呵に意識が行く。
(このお姉さんは、さっきの子の関係者なんやろうか……)
とりあえず彼女が敵ではないこと、窮地を救ってくれたことはわかった。
「初めまして。八神はやてさん、ですよね」
差し伸べられた手を遠慮がちに握り、はやては何とか起きあがる。
「は、はい」
「よかったです。あなたがご無事で」
おかげで、頭も働くようになってきた。東京支局との回線を繋ぎなおすと、エイミィの心配そうな顔がアップになる。
『大丈夫ですか? はやてさん!』
「うん、平気。襲われたけど、制服のお姉さんに助けてもろたよ」
『……制服? お姉さん?』
セーラー服の女性はバイクを起こしながら、淡々とまくし立てた。
「申し訳ありません。妹とは戦闘になると思います」
「妹って、さっきの赤い女の子が?」
「いいえ。彼女が妹に手を貸してるのは、間違いありませんが……私の妹はキリエ。髪がピンクでウェーブが掛かっている女の子です」
『ターゲットのことかも……』
彼女のおかげで、少しずつ状況が見えてくる。
今朝からクロノたちの東京支局が追っているブレザーの女子高生は、キリエ。
「それと、みなさんの魔導はおそらく通じません」
「あなたは一体?」
「アミティエです。アミタとお呼びください」
そして今、はやての目の前にいるのがキリエの姉、アミティエ。
「ゆえあって、私はさっきの子と、私の妹を追いかけています。妹の目的は八神はやてさん、あなたの『その本』なんです」
「……!」
思い出したようにはやては夜天の書を抱き締める。
アミティエのおかげで奪われずに済んだ――でも、なぜ狙われたのだろうか。
「あなたからはその本を。なのはさんとフェイトさんからは力を無断で借りようとしています。私は妹を止めないといけません」
「なのはちゃんとフェイトちゃんまで狙われとるんかっ?」
夜天の書と、魔導士の力。嫌な予感がする。
アミティエはバイクに跨ると、はやてにも後ろへ乗るように促した。
「乗ってください。八神はやてさん」
「ええと……どこへ?」
「妹のところへ。本当は大事になる前にキリエを押さえたかったのですが、こうなっては仕方ありません。そちらの応援が来るまで、私がお守りしますので」
彼女としては、敵の目的であるはやてを戦線へ連れていきたくはないのだろう。しかし先ほどの『赤いドレスの少女』が、まだ近くに潜伏している可能性もある。
『どのみち結界の中にいてくれるほうが、僕たちも守りやすい。同行してくれ』
「了解や。クロノ君がそう言うんやったら」
はやてが後ろに乗ると、アミティエが自分とはやての身体を紐でしっかりと結ぶ。
(そんなにスピード出す気なんやろか)
一抹の不安に駆られたものの、同行ははやても望むところだった。次は自分がなのはとフェイトを助けにいかなくてはならない。
「色々教えてください。と……アミタさん、でしたっけ」
「あなたがたを巻き込んでしまった責任は、私にもあります。お話しましょう」
アミティエのバイクで、まだ重機の残骸が燻っている戦場をあとにする。
走りながら事情を聞くうち、重要なことが次々と判明した。
「クロノ君、聞こえる?」
『ああ』
大型トレーラーの横転事故によって一部の高速は封鎖されているが、別のルートへ抜けると、交通量は並み程度に多くなる。
騒音に負けじと、はやては声を大きくした。
「事件の犯人はザフィーラたちが追ってる子で、キリエ=フローリアン。で、こっちのひとはその子のお姉ちゃん。妹を止めるために来たんやて」
『さっきはやてが交戦したのは?』
「妹さんの協力者で、そう……イリスや。イリスは人工知能で実体があらへん。妹さんが持ってる石板みたいな端末が、本体らしいで」
『なるほど。状況はわかった』
その交通量にもかかわらず、アミティエがバイクのスロットルを全開にする。
「私は引き続きこのひとに聴取を……ひゃああっ?」
『ど、どうした?』
「スピード違反にノーヘル! 進路無視! 違反が山積みです~!」
生きた心地がしなかった。
同じ頃、アルフとザフィーラはターゲットへ迫りつつあった。
銀狼のザフィーラに跨りながら、アルフはクロノの指示に相槌を打つ。
『はやては大丈夫だ。君たちは当初の作戦通り、ターゲットの確保を頼む』
「わかったよ。……じゃない、了解しました」
ザフィーラの声色から安堵の度合いが伝わってきた。
「主はご無事だったか」
はやてが襲撃を受けたとの一報が届いた時は、アルフたちも救援に向かおうとした。しかし位置が遠いのと、すでにシグナムたちが動き出していたため、任せている。
「主を保護したのはシグナムですか?」
『いや。アミタ……アミティエと名乗る女性だ』
走行中のザフィーラに代わって、アルフが首を傾げた。
「誰だろ?」
『ターゲットの姉で、妹を止めに来たらしい。彼女の話によれば、ターゲットの名前はキリエ=フローリアン。はやての夜天の書と、なのは、フェイトを狙ってる』
「フェイトをっ?」
アルフにとっても見過ごせない事態になってくる。
クロノは真剣な面持ちで続けた。
『彼女には魔法が通用しないそうだ。おそらくミッド式、ベルカ式を問わず、ね』
「犯人はAMFを使ってるのですか?」
AMFとは現在も研究が進められている、魔力の結合を阻害する装置のこと。その影響化では大半の魔法が発動できなくなる。
『さすがにそれはないだろう。ただ、君たちなら魔法抜きでも、充分な力を発揮できる。キリエ=フローリアンを捕獲する分には、相性がいいはずだ』
ザフィーラは狼の顔でやにさがった。
「確かに」
魔法の扱いはシグナムやシャマルに及ばないものの、ザフィーラには獣人タイプならではの怪力がある。魔法が通用しない敵のために、物理兵器を持ち出すまでもない。
クロノの背後で部下の声がした。
『臨海道方面へ大型車が多数、暴走しています』
『機動外殻だな。このコース……キリエ=フローリアンと合流するつもりか』
『そのようですね。すでに警察は臨海道方面の高速道を封鎖。じきに大規模な追跡が始まるものと予想されます』
『その前に確保しないと、もっと面倒なことになるな。よし』
「心得ております」
と、ザフィーラは即答。
アルフも幼い顔立ちなりに表情を引き締める。
「接触まであと少しだよ。機動外殻は私が引きつけるから、ザフィーラは容疑者を」
「ああ。主のためにも、ここで――」
ところが、アルフたちの背後に迫る影があった。
肩越しに振り返り、アルフは驚愕する。
「な……?」
追ってくるのは一機のヘリ。しかも攻撃のための砲門を備えている。
こんな市街地の真っ只中で、あるはずがなかった。動揺しながらも、アルフはヘリの操縦席を睨みつけ、目を白黒させる。
「誰も乗ってないぞ?」
その間にもヘリは高度を下げ、アルフたちに迫ってくる。
「ザフィーラ、後ろだ! 来るぞ!」
「しっかり掴まってろ!」
ザフィーラの速度なら振り切れる――その計算はミサイルの発射によって覆された。二発のミサイルがアルフたちをぴったりと追尾してくる。
「こんなところで爆発させたら、街が……!」
「わかっている!」
アルフとザフィーラはとにかく上昇した。
道路や建造物を巻き添えにしないためにも、ミサイルを上空へ引きつけ、自前の防壁で凌ぐほかない。ミサイルはみるみる肉薄し、アルフたちを挟み撃ちにする。
(――やばい!)
次の瞬間、高速道路の上空で爆発が起こった。
その直前にザフィーラは人間に変身。アルフと互いを足場にして跳躍し、ミサイルの脇をすり抜ける。
黒煙を抜ければ、ターゲットは目と鼻の先にいるはず。
「ザフィーラはこのまま容疑者の確保を!」
「承知……むっ?」
しかし高速道路に犯人、キリエ=フローリアンの姿は見当たらなかった。無人の道路を、無人のバイクがオートで走っているだけ。
「残念」
上だった。ヘルメットをつけた女子高生が、アルフたちのさらに頭上を取る。
不意打ちでワイヤーが伸び、アルフもザフィーラも拘束されてしまった。
「し、しまった!」
「さっきのヘリは囮か?」
それも一瞬にして上腕、腰、膝の三点を縛る鮮やかさ。ワイヤーも機動外殻と同等の改造が施されているようで、アルフたちの怪力でも簡単には引き千切れない。
ワイヤー越しに引っ張られ、ザフィーラとアルフはZ軸以外の位置を揃える。
「ゴメンね。邪魔されると困るの」
そう囁くと、女子高生は猛烈な踵落としを放った。
まず上のザフィーラが直撃を受け、下のアルフも巻き添えに。
「あああっ?」
ふたりして墜落し、その衝撃で高架道路をウエハースみたいにへし折る。