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魔法少女リリカルなのは Detonation 01

 真夜中の東京湾――その遥か上空にて。
 今、一輪の花が開こうとしていた。
 見慣れない異形の『それ』を目の当たりにして、八神はやては息を飲む。
(なんや、あれは……私らの甲冑に似とるけど)
 高純度の魔力が結晶化したものだろうか。
 ただ、その出力は天文学的な数値にまで達している。それを包囲する時空管理局の局員たちも、プレッシャーのせいか二の句を告げない。
 今回の事件の首謀者らしい少女が、包囲網の真中で悠々とおさげを波打たせた。
 イリス。先ほどまでキリエ=フローリアンのサポートに徹していたはずの人工知能が、肉体を有し、永遠結晶とともに上空にある。
「やっと会えたわね。ユーリ」
 ついに『花』が開いた。
 その中から、いたいけな風貌の少女が解放される。
 ブロンドの髪を背丈ほどに従えた、不思議な女の子だった。成り行きで包囲に加わるディアーチェが、その名を反芻する。
「ユーリ? ……どこかで」
 そんなディアーチェを一瞥しつつ、イリスは淡々と少女に言い聞かせた。
「あんた専用のウイルスコードを打ち込んである。すべてはあたしの思い通りに」
 突然、イリスの拳がユーリの頬を殴りつける。
「あうっ!」
 か弱い呻きが漏れた。
(あかん! 早く助けな――)
 反射的にはやては動きかけるも、イリスの剣幕にぎくりとする。
「抵抗は不可能。これは復讐よ」
 イリスはユーリの前髪を乱暴に掴みあげると、憎悪の表情を深めた。
「あたしはあんたからすべてを奪う。あんたがあたしにそうしたように」
「イ、イリス……うっ?」
 イリスの瞳を赤い文字列が流れていく。
 それに呼応してか、ユーリのつぶらな瞳にも同じものが流れる。ユーリはうなだれ、再び顔をあげた時には人間らしい表情を失っていた。
「か、確保!」
 包囲網の局員が俄かに行動を始める。
「近づいたらあかん! 下がって!」
「チッ! 愚か者どもめ」
 はやてとディアーチェが距離を取るのと入れ違いになった。
 クロノ支局長が戦線を離脱してしまったため、抑えられる者がいない。四方八方からターゲットに迫り、照準を重ねる。
 にもかかわらず、イリスは平然と吐き捨てた。
「まずは邪魔者の片付け。手伝ってもらうわ」
「――!」
 ユーリの小さな身体がどくんと跳ねる。
 一瞬、得体の知れない魔力がはやての五感を通り過ぎていった。
(今のは……?)
 異様に不快な感触だ。ディアーチェも同じものを感じたのか、表情を強張らせる。
 しかし局員たちの反応はそれだけではなかった。
「うぐっ? ウ、ウァア……!」
 今にも吐きそうな形相でもがき、全身を痙攣させる。
 と思いきや、彼らはどす黒い『枝』のようなもので体内から貫かれてしまった。まるでモズのはやにえのように、串刺しの恰好で次々と落下していく。
 イリスは酷薄に笑った。
「生命力を結晶化して奪い取るのが、この子の力のひとつ。近づくだけで皆殺しよ」
 その左手が指を集めるだけで、ユーリの四肢に枷が嵌まる。
「意志も力も自由にさせない。さあ……大切な命も、無関係な命も」
 イリスの声が殺意を含めた。
「すべてを殺して、誰もいなくなった世界で泣き叫びなさい」
 そこへ無事だった面子が駆けつける。
「止めるぞ!」
「はい!」
 剣の騎士シグナムとフェイト=テスタロッサの乱入だ。
「シグナム! 用心しいや!」
「承知のうえです!」
 シグナムであれば、はやてに制する理由はなかった。夜天の書の守護騎士を束ねるシグナムには、はやても絶大な信頼を寄せている。
 後続のフェイトも顔つきが変わっていた。相棒のバルディッシュを携え、シグナムとともに新たな『敵』に狙いをつける。
「これなら!」
 近づかなくても――と、フェイトが魔導砲を放った。
「はあああッ!」
 同じタイミングでシグナムもレヴァンティンに炎の矢を番え、狙い撃つ。
 はやての目にも完璧なコンビネーションだった。爆炎がユーリとイリスを包み込む。
(やったんか……?)
 その黒煙が千切れるように晴れた。
 特大の光弾が猛然と飛び出してくる。あまりにも速い。
「し、しま……っ」
 ミドルレンジで攻撃の直後にあったフェイトたちでは、対応が間に合わなかった。ところが、激突の寸前でベルカ式のシールドが割り込む。
 ディアーチェは腕組みのポーズのまま、ユーリの光弾を弾き返した。
「ふん」
 シグナムは呆気に取られる。
「お前が助けてくれるとは……」
「ほらね、シグナム。やっぱり悪い子じゃない」
 フェイトは微笑むと、改めてディアーチェの隣で構えた。はやてとシグナムもディアーチェを陣形の一角としつつ、イリスたちと対峙する。
 イリスが苛立ちを滲ませた。
「こんなものじゃないでしょ? あんたの力は。蹴散らしなさい」
 ユーリの瞼の裏にウイルスコードが走る。
「うあああっ!」
 苦悶するユーリの小さな身体に、黒い影の群れがまとわりついた。それが腕を、脚を、首を絞めあげ、命令を強制する。
『了解』
 またもユーリの表情が感情を失った。
 眼下の海が大きな渦を巻く。
「――ッ!」
 反射的にはやては六枚の翼で跳び退いた。
 荒れる波間から夥しい数の『枝』が伸びてくる。生命力をダイレクトに奪い取るらしいエナジードレインが、上空の広範囲を一挙に網に掛けた。
 残る局員も近づけず、包囲網は瓦解する。
「こいつに触れるなよ、羽虫ども!」
「そ、そうは言うても……!」
 ディアーチェは自前のシールドで遮断できる一方、はやてたちは回避に専念するほかなかった。これは単純な攻撃魔法ではない。
 ユニゾン中のリインフォースが慌てふためく。
『分析できました、はやてちゃん! こ……これは治癒魔法の術式です!』
「なんやてっ?」
 はやては耳を疑った。
 怪我を治すための魔法が、生命力を食い荒らそうとする。
「主はやて! この力は危険です!」
「その通りや! 王様、もっと大きいシールド張ってくれへん?」
 ただ、ディアーチェだけは防御で凌いでいた。
「私もお願い」
「貴様らの面倒まで見てられるかっ!」
 シグナムとフェイトもディアーチェの後方へ下がり、猛攻が止むのを待つ。
 その最中、イリスの背後を取る者がいた。