忘れられない言葉
誰かに褒められたことはありますか?
私はあります。
その服いいですね、とか髪型似合ってますね、って言われた時なんか天にも昇るほど嬉しい。
意外と真面目なんですね、とか面白いんですね、って言われたときは後から後から思い出して、にやにやしちゃいます。
でも一番嬉しかった言葉は、まだ一度しか言われていないのです。
その言葉に出会った時、私はカナダに滞在していました。当時アルバイトをしていたパブの仲間と私の送別会のためにカラオケバーに行ったときのこと。そろそろ帰ろうか、というタイミングで私がトイレに行くと赤のタンクトップ姿の男が用を足しています。隣の便器に立つ私。用を足していると何やら視線を感じ、横を見るとやはり赤タンクトップが私の下半身をジロジロ見ています。普通でしたら恐怖を感じても不思議はないのですが、その時は全く感じませんでした。なぜなら赤タンクトップの目は不思議なほど澄んでいて、人懐っこく親切なカナダ人そのものの典型的な雰囲気を感じたからです。
用を足し終えた私に赤タンクトップはおもむろに声をかけてきました。
"Heyyyy! Nice pe◯is! Good job!"
一応私は公立高校で英語を教えていますので、赤タンクトップが何を言った言葉は瞬時に理解できました。が、脳内にはいくつもの疑問の火花が弾けました。
例えば、
①"good job"とは何に向けられた称賛なのか。
私の日頃の入念な息子のお手入れへのものか、それとも生まれ持った息子のクオリティへの称賛であるのか、もしくはただの社交辞令、スモールトークの一環であるのか。
②隣から一見して分かるほどの入念なお手入れとはどんなものなのか。そしてそんなお手入れはした覚えがないが、それを見出す赤タンクトップとは一体何者なのか。
と言うような疑問です。
私の脳内が火花で満たされているその一瞬の隙を突いて、赤タンクトップは颯爽とダンスフロアへと舞い戻っていきました。私はかろうじて、小さくなる赤タンクトップの背中めがけて "Thanks!!"と叫びました。
私をそのカラオケバーに誘った同僚はゲイです。彼が行きつけにしていたそのカラオケバーはやはり、ゲイの人々が集まるスポットだったと聞いたのは翌日のことです。それで合点がいきました。きっと赤タンクトップは「その服いいね!」くらいのテンションで"Nice pen◯s! Good job!"とトイレを同席した相手に話しかけているのでしょう。
落ち込んだ時、何となく気分が乗らない時、私はトイレで用を足します。そして心の赤タンクトップの声に耳を傾けるのです。
"Nice p◯nis! Good job!"