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久しぶりに髪を切ってもらった


 半年ぶりぐらいに、髪を切ってもらった。

 まず、補足しておきたい。筆者は定期的にセルフカットをするので、決して半年間マジで髪を放置してボーボーになっていた訳ではない、ということだ。

 デフォルトはセルフカットだが、美意識、モチベ、世界経済、ウクライナ情勢、気の流れ様々な要因によって「よし、今回は美容院に行くか!」という気分になる。その間隔は、短くて数ヶ月、長くて一年ぐらいだが、今回がたまたま半年だったというだけだ。

 美容院は高いのだろうか?

 これはいつも思う。しかし、この問題に対して、いくつかの側面が複雑に絡み合って問題の本質を見えづらくしているような気がしてならない。

 そこで、髪を切るという行為に対する価値を、

  • メンテ

  • 技術

 という 観点からまとめてみたい。

メンテ

 髪を切るということは、伸び続ける髪を適正な長さに抑えるための定期的なメンテである。そのような、髪を物理的に切るという行為に対してつけられる値札は、おおむね以下のようになるだろう。

  • セルフカット:0 円

  • QBハウス的な店:1,000 円

  • 平均的な美容院:4,000 円

 こう並べると美容院はべらぼうに高いように思える。

 髪型に何もこだわりがない人ならば、セルフカットで済ませるのが最善である。特に、バリカンで丸刈りすれば、素人でも技術的に問題はない。しかし、諸々の事情で、それをするのは難しいので、QBハウス的な店で済ませるあたりが現実的な落とし所になるだろう。

 つまり、髪の社会的に最低限必要なケアにかかる必要経費は 1,000 円/数ヶ月であり、それを超える分はなんらかの付加価値に対して対価を払っていることになる。

技術委託

 言うまでもなく美容師さんはカットのプロである。そして我々顧客は料金を支払うことにより、その技術を顧客のために使わせることができる。つまり、我々は委託しているのである。

 ここで難しいのは、髪型という仕様がファジーであることだ。資材の購入みたいな仕事なら、寸法や数量でその仕様を簡単にチェックできる。A さんと B さんで買ったもので大きな違いが出るということは、ほとんどない。

 一方、髪型というのはその仕様化が難しい。精密な 3 Dモデルでもない限り、厳密な指定は不可能だし、そもそも顧客がそこまで明確なイメージを持っていないことが多い。むしろ、専門知識がない顧客の潜在的な要望を汲み取ることも美容師の実力に事実上含まれるのかもしれない。

 ある種の開発では、仕様策定段階から委託側が積極的に協力することがある。ソフトウェア開発的に言うと、美容師は実装だけでなく要件定義も求められている。髪型を仕上げるというのは、そのような開発の一種と考えることもできる。

「協力」は難しい

 客は実現したい理想の髪型がある。でも、自分ではできないから、美容師さんにお金を払い、指示をする。その過程で認識のすり合わせをする。クライアントとワーカーの適正な役割分担である。

 って、本当にそんなことある?

 これが、美容マニアの客と、10 年間担当していて何でも話せます、みたいな美容師だったら、そういうこともありえるかもしれない。けど、そういう関係は稀だろう。ほとんどの客は美容素人だし、ほとんどの美容師は客と多くても数回話した程度の間柄だ。そこに特別な信頼関係があるかと言われたら、まあないだろう。

  1. 完成像を具体的にイメージすること

  2. それを過不足なく指示すること

  3. 間違いがあった場合は、その理由を説明して作業し直してもらうこと

 これはできて当たり前のことではない。ディレクションという立派な技術だ。どっちが上とかではなく、どっちも必要であり、どっちも難しいのだ。難しいからこそ、ゼネコンやシステムインテグレーターといった仕事が成り立つ。

 そして更に問題なのが、「2.」と「3.」にはある程度の信頼関係が必要不可欠であるということである。ディレクションは難しいので、指示を伝えてもどうしても仕様通りにならないことがあるので、そういう時はリテイクをしてもらう必要がある。

 だが、これは冷静に考えてかなり気が重い作業だ。真正のサイコパスじゃない限り、誰だって他人に嫌われるリスクを犯してまでリテイクなんて頼みたくない。金がかかっている仕事ならともかく、髪を切る程度のことで。

美容師「仕上がり、気になるところがありますか?」
客「いや、ちょっと気に入らないんだけど……」

美容師「ここについてはこのような考え方で行ったのですが」
客「いや、その点については認識の違いがあって……」

 お互い、言える訳がないよ!

「カット料金」が持つ矛盾

 思うに、「カット料金」というのは、このような問題がすべて解決された後の実装に対する料金である。実現したい髪型はこうです、誤解の余地はありません、あなた(受託者)はその通りに切ってください、という金額。これなら 4,000 円は適切だと思う。

 しかし、現実にはコミュニケーションが必須だ。美容師さんだって、ハサミを扱う技術は学んできただろうけど、接遇やカウンセリングの技術を専門的に学んできた訳ではないだろう(実は、美容専門学校ではそういう技術も教えているとかだったらごめんなさい)。

 もし、美容師さんが話術のプロみたいな人で、こちらの曖昧な要求を魔法のように汲み取り、顧客の理想を越えた仕上がりにしてくれるなら、10,000 円でも適正価格だと思う。一部のカリスマ美容師にはそういう人もいるのかもしれない。

 つまり、カット料金というのは、「メンテ」料金にしては高すぎるし、「コミュニケーションも含めて全部任せる」料金にしては安すぎる。髪型を仕上げるというファジーかつ高度な作業に関わるコミュニケーションコストを、意図的に無視しているように思えてならない。ここが美容院の価格設定の持つ一番の問題点だと思う。

人間は他者を信頼していない

 料金の多寡については置いといて、たぶん多くの美容師さんはこう思っているのではないか。

「いや、言ってよ」と。

 多くの美容師さんは、顧客を格好良く/美しくするために働いているはずである(たぶん)。しかし、今まで多くを述べた通り、本当に良い髪型を実現するためには、顧客側からの積極的な働きかけなくしてはありえない。顧客がテキパキ指示してくれた方が安心して働けるし、顧客にダイレクトに価値を提供している感じがして嬉しいものだと思う(たぶん)。

 しかし、これも述べてきた通り、明確なイメージを持って明確な指示をするというのは特殊な技術である。それに、指示をするというのは責任が伴う。顧客もそんなことはしたくない。もし自信満々に指示をして、それが間違っていた場合、恥をかくのは自分だ。それに、美容知識では美容師に敵うはずがない。素人からすれば、美容師に指示を出すのは怖いのだ。

 ここで、私事になるが、個人的に開発/運用している Web サービスの話をしたい。Web サービスというのは、事前にテストを行っても、実際の運用で思わぬバグが起こったりする。そういう時にはユーザーの報告が役に立つ。なので、(ただしい手順を踏んだ上での)バグ報告というのはとても助かることなのだ。良いサービスは良いユーザーが作る、これは綺麗事ではなく事実だ。

 でも、開発者仲間みたいな人ならともかく、通常のユーザーから「こういうバグがありました、状況はこうです」みたいな行儀の良いバグ報告が上がることは稀で、多くの場合 Twitter(現:X)でツイート(現:ポスト)を見かけたり、後で話した時に「そう言えばこんなことが~」という形で話されたりする。

「いや、直接言ってよ……(全然、普通に直したのに)」
「いや、見てよ……(がんばってマニュアル書いたのに)」

 と思わずにはいられないが、一瞬考えればわかる。ユーザーだって怖いのだ。勇気を出して質問やバグ報告を出して「仕様です」「ここに書いてます」「確認不足です」なんて返事が来たらもう二度と立ち直れない。もう二度と利用するか、そう思うだろう。

 私自身、あるアプリについて、困ったことがあって、藁にも縋る思いであるコミュニティで質問したらわりと馬鹿にされた(と私には感じられる)対応をされて、二度と利用するかと思ったことがある。そして二度と利用していない。

 ただね、こういうケース、ユーザー、運営、どちらも悪くない

 ユーザーも余裕がないし、運営も余裕がない。私はユーザーの立場もサービス提供の立場のどちらも経験したことがあるから、心の底からそう思う。ユーザーは必死だし、運営だって真面目に管理している。個人としての彼らの能力/性格に問題はないはずなのに、それが合わさると事故が起こる。

 結局、何が悪いのかというと、信頼関係がないからである。信頼関係がないから適切な協力ができなく、事故だって起こる。チーム作業は信頼関係がほぼすべてだ(Google のプロジェクトでは、これを Psychological Safety、心理的安全性と言っている)。では、その信頼関係をどうやって作るか?

 私にはわからない。「心理的安全性の作り方」を買って読んでみたが、それでもわからない。そして、信頼関係というのは、見知らぬ人達があつまって、はい、頑張りましょうという感じで作られるものでは決してない。人間は基本的に他人のことを信頼していないのだ。

 だから、皆様、安心してエアリプを続けて欲しい。私はそれを見て対応するかもしれない。対応しないかもしれない。というか私も、運営との距離が遠い(と考えている)サービスに対してはエアリプを結構する。もちろん、直接連絡をくれた方が対応する可能性は高いだろうけど……。

 何の話をしていたっけ。そうだ、美容院の話だ。今まで話を単純にまとめると以下のようになる。

  • 髪型を切る作業を適切に行うには信頼関係が必要である

  • 他人同士がすぐに信頼関係を築くのは不可能である

 これを踏まえた上で、「信頼関係がなくても最高の髪型を作れる社会」の話をしたいと思う。

考えられる対応策(絵空事)

国民全員に美容と工程管理の教育を施す

 顧客が指示を出すのは大変だという話をした。しかし、国民全員が髪型について高い理想を持ち、プロジェクト管理について高いスキルを持てば話が違う。

 すべての美容師は明確な指示のもと、気持ちよく働くことができるだろう。顧客は理想の髪型で手に入れることができ、美容師も余計なコミュニケーションコストを払わない。カット 4,000 円は両者ともに納得できる金額になる。

 問題はそのような意識改革と教育をどう行うかだ。 

コミュニケーションを仲介するプロを雇う

 髪を切るプロと、顧客の要求を引き出すプロを雇って、二人体制で顧客の対応をする。人件費がすごいことになりそう。

考えられる対応策(将来的には現実的?)

ホログラムを使う

「この方針だとこうなりますよ」というシミュレーション結果をホログラムで再現して、顧客がすぐに確認できるようにする。

 人間というのは不思議なもので、具体的な完成像が見えると急にビジョンが明確になったり、粗が見え始めたりする。これが実際の作業が完了した後に行われると「今更言っても……」になるが、高速かつ正確なシミュレーションが可能ならば問題ない。

 もしこれが可能になれば、仕上がりに関する顧客と美容師に関するすり合わせの事故はかなり減るだろう。

対話型 AI アシスタントを使う

 髪型についてあれこれ言ってくれる AI アシスタントを使う。美容師さんが直接言いづらいことでも AI が言えばカドが立たないし、逆に、美容師さんに直接言いづらいことでも AI に言えばカドが立たない。対話型 AI を会話の呼び水に使うイメージだ。

 第三者が協力するのに一番大事なのはきっかけだったりアイスブレイクだったりする。もし、その部分を AI が適切な補助をすることで信頼関係の確立の触媒になれるとすれば、対話型 AI の応用として幅広い活用が期待できる。

考えられる対応策(極論)

 人間は外に出るな。生身を晒すな。アバターを使え。

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