なぜ人は他人から好かれようとするのか。
私は人見知りだ。
というと私の周りの大概の人はウソだと言う。
一見人当たりがよく、誰とでも笑顔で話すことができるので人見知りとは思われないだろう。
でも実際は相手がどう思ってるのか分からず不安で、初対面の人には必要以上に話しかけてしまう。
多く喋りすぎてしまうタイプの人見知りとでもいうのだろうか。
周りと上手くやろう。そう思えば思うほど話の内容は浅く、社交辞令っぽくなってしまう。
その場は一瞬和むのだけれど、後に来るのは疲労感となぜ私はこんなに無理をしているのだろうという自分自身への疑問だ。
みんなから好かれたい。
嫌われたくない。
そう思えば思うほど空回りしてしまう。
なぜみんなから好かれたいと思ってしまうのだろうか。
それはこれまでの私が環境に恵まれみんなから比較的好かれて生きてきたからだ。
好かれて生きていた人間は嫌われるのが怖い。
又吉直樹の名作「劇場」の中に
誰にも好かれていないから
嫌われないように努力する必要がない楽さ。
という文章があった。
まさにこれは今の私と正反対のような気がした。
世間一般では好かれる人の方が仕事、恋愛、人間関係においてうまくいきやすいだろう。
だからみんな好かれようとする。
仕事で上手くいきたいから。
いい人間関係を築きたいから。
でも最近は果たしてそれが本当に自分が求めていることなのかと疑問に思う。
誰かに好かれようと無理してしまう自分が嫌いだからだ。
嫌いな自分でいるのは辛い。
誰かに好かれることよりも、自分が好きな自分でいれることの方が大事なんだ。
そう思った。
たまに多く喋りすぎ人見知りが発動することがあるけれど、これからは意識して無理に周りとコミュニケーションをとるのをやめよう。
そう思うと楽になる。
今日もありがとう。
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